STAND UP TO THE HERO HEART

第18話「コンビニニュータント」

 真逆連児マサカレンジは幸福の絶頂にあった。

 正しくは、幸福の絶頂が目の前にあると思っていたのである。

 完璧に勘違いなのだが、彼の思考にそういった考えは浮かばない。

 初恋の想い人、爪弾冥夜ツマビキメイヤの背後にちらつくオトコの影……それは、。どうみても姉にしか見えない、兄だったのだ。つまり、冥夜には彼氏や恋人いいひとはいないのだった。

 自分しかいないのだ、くらいに思うおめでたさが連児にはある。

 そのことが自分にだけ打ち明けられたので、連児は有頂天うちょうてんなのだった。

 今日も今日とて、コンビニの前で買い食いの真っ最中。付き合わされているのは、寶大五郎タカラダイゴロウだった。


「――っていう訳なんスよ、大五郎さん! いやあ、俺ってば感動したなあ! はっはっは!」


 炎天下の下、コンビニが陽光を遮る影の中で連児は笑う。今日は奮発して買ったハーゲンダッツのクリスピーサンドをバリボリ頬張る。

 大五郎は少し眠そうな目で、ちびちびと缶チューハイを飲んでいた。ご丁寧にグレープフルーツの氷菓子アイスボックスを持って、その中に冷たい缶チューハイを満たしている。


「……連児君。その話、みんなにしてるよね?」

「まあまあ! まあまあまあ! いーじゃないスかあ、大五郎さん。ほらほら、俺のおごりッスから。飲んで飲んで」

「や、どうも……っとっとっと」


 連児は上機嫌で、大五郎の氷のカップに酒をぐ。無駄遣いゆえの貧乏学生が嘘のように、今日の連児は気前がいい。大五郎は突然携帯のメールで呼び出されて、来てみれば先程からのろけられているのだ。

 無論、連児が冥夜と結ばれたという話は聞かない。

 ただ、冥夜に恋人がいなかったというだけの話なのだ。


「で、連児君。その……エンプレス・ドリームのお兄さん。確か」

天輝タカキッス。爪弾天輝ツマビキタカキ。でもそいつ、男なんスよー! 残念ながら」

「残念ながらって、君ねえ」

「いや、でも見た目はホント! ガチで! 全然男だってわからないと思います。ってか、わかんなかったです!」

「そう、その天輝君……能力は確か、【第XXの選択肢ネクスアンサー】」


 ――【XX】。

 それがニュータントとしての天輝の能力。

 人間の可能性は無限に分岐し、選択肢の数だけ存在する。

 言い換えれば、。人間の未来は全て、あらかじめ存在する選択肢の数しかないのだ。

 その可能性を、増やす。

 本人の無自覚に、本来はない可能性を追加できる能力が【第XXの選択肢】だ。

 だが、連児にはこの力の恐ろしさがわかっていない。

 普通のニュータントならば皆、大五郎と同じ反応をしてしまうのに。


「俺の見立てでは、エンプレス・ドリーム……冥夜ちゃんの能力、【創滅与奪ジェネサイド】は未来を確定させる。可能性の中から、任意の未来を決定付けることができる」

「えっと、なんかよくわかんねーんスけど。冥夜の奴は敵を消しちゃったりしますよ」

「うん、それは……という可能性を確定させてる訳で」

「あーっ! 頭いてえ! キーンってキター! ……え? なんスか、大五郎さん」

「あ、いや……いいんだ。ほら、アイス食べなさいよ。溶けてきてるから」

「おっと、あぶねっ! ガリガリ君の何倍もすっからな、ハーゲンダッツさんは」


 連児には、難しい話はわからない。

 ただ、普段食べてるガリガリ君より何倍も高いので、ハーゲンダッツはさん付けして呼ばないといけないような気がする。とどのつまり、その程度の脳味噌のうみそしか頭に入っていないのだった。

 けだるい暑さの中で、奮発したアイスをぱくつけば頭の奥がキンキン痛んだ。

 そんな連児にティッシュを差し出しつつ、手酌で大五郎は話を続ける。


「冥夜ちゃんの力は、無限に等しい可能性を一つだけ選び、それを確定させる……それはつまり、無数に存在する可能性のどれかを選ぶしかできない。でも、お兄さんは……天輝君の【第XXの選択肢】は、その可能性自体を増やしてしまう」

「あ、でもなんか、どんな可能性が増えるかは本人もわからないって言ってたスよ」

「それでも、ね……この兄妹きょうだいの力を組み合わせれば、将来的には脅威になる。つまり、都合のいい未来を相手に付与ふよし、それを確定させることができるんだ」

「……あー、えっと、つまり? 大五郎さん、話が難しいッスよ」

「あの二人なら、連児君に『明日、たんすのかどに足の小指をぶつける』という絶対回避不能な未来をなすりつけることができるね」

「なにそれ、超スゲェじゃないスか!」


 真逆連児、彼は頭が悪かった。

 知識がどうこう以前に、根本的なバカだった。

 だが、大五郎は缶チューハイの残りを注ぎ足してじっとプラスチックの容器を見詰める。ほんのり果実の味がついた氷が、炭酸を弾けさせる酒の中に溶け消えていった。


「それは、とても恐ろしいことだ。完全無欠、純粋なる悪を名乗る彼女が……冥夜ちゃんが、お兄さんの天輝君と組めば無敵だよ。天輝君がもし、任意の可能性を自由に付与させることができるようになったら……ま、杞憂きゆうだろうけど」

「キユウ! それ、どういう意味スか? キユウ……すんません、俺ってば英語が苦手で」

「杞憂、いらない心配かもしれないってこと。……強過ぎる力に多分、天輝君の肉体が耐えられないんだね。それで彼は、郊外のサナトリウムに隔離状態って訳だ」


 大五郎からもらったティッシュで手をきつつ、連児は名残惜しそうに指を舐める。ハーゲンダッツを自分の小遣いで買うのは初めてだったし、芳醇ほうじゅん甘味あまみが名残惜しい。

 大五郎も缶チューハイを飲み干し、ベコリとプラスチックの容器を握り潰す。


「ま、そもそも天輝君はアトラクシアの構成員じゃない。それに……たとえ悪の女王だろうと、その家族をどうこうするつもりはないんだ。それは狂月キョウゲツさんにも先日確認した」

「あれ? 大五郎さん、狂月の兄貴に会ったんですか? あの人、俺に全然教えてくれないんスよ、冥夜のメアド。会っても缶コーヒーくらいしかおごってくれないし」

「はは、狂月さんも忙しいからね。……最近、また大きな事件が動いてるみたいなんだ」


 そんなもんかと、連児は白いスーツの伊達男だておとこを思い出す。

 狂月こと魔装探偵まそうたんていアラガミオン、御門明ミカドアキラは以前の事件を経て知り合った謎の男だ。多くのニュータントたちが理解できぬ冥夜の力を、包帯塗ほうたいまみれの左手で完全に把握した人物でもある。今は、コアという不思議な少女を守りつつ仕事に大忙しだ。

 だが、連児にとって狂月は特別な人間である。

 それは、連児が悪の秘密結社アトラクシアの戦闘員だから……では、ない。

 狂月は何故なぜか、どういう訳か、

 ――爪弾冥夜のメールアドレス。

 連児が、のどの奥から手足やアレが出そうな程に渇望かつぼうしている文字列である。一文字につき500円まで出してもいい、分割払いが効くなら頭金に全財産をそそいでもいいと思えるメールアドレスである。勿論、狂月は教えてくれない。

 彼が教えてくれるのは、冥夜とどんなやりとりをしてるかだけである。


「狂月さん、マジでイケズなんスよ……ガチで冥夜のメアド、知りてー」

「直接本人に聞けばいいじゃない、連児君さあ」

「いやいや、大五郎さんは冥夜の恐ろしさがわかってないッスよ。こないだフランクに『冥夜、ちょっとゲームでもしようぜ? 負けた方が勝った方にメアド教えるなんてどうだ?』って言ったら――」

「ボコボコにされた?」

「あいつ、ました顔してめっちゃハメてくるんスよ! ぜってーいつかゲーセンから出禁食らうッス。多分、『腰砕けになるまでハメて、連児くぅん』って無言のアピールだと思うんスけど。……俺、格ゲー自信あったんスけど……」


 そう言って、連児が身をもって思い知った即死コンボや無限コンボを解説する。大五郎は普段はあまりアーケードゲームはやらないのか「ごめん、マリオブラザーズで例えて」と困惑こんわくしてたが、自然と笑みを浮かべてくれた。

 意外と週に二度三度のペースで、連児は大五郎と会っていた。

 この青年は仕事の合間に、自分の時間で街をいつもフラフラしている。

 メールで声をかければ、こうして青春をこじらせた男子高校生のおやつに付き合ってくれるのだ。それはもう、冥夜に彼氏的なサムシングがいないと発覚した日には、連児は缶チューハイをおごりたくもなるというものである。

 大五郎はほろよい一歩手前という感じで、鼻の下を指でこすって静かにつぶやいた。


「まあでも、よかったじゃない。一緒にゲーセン、行ったんでしょ」

「それ! それなんスよ、大五郎さん! なんか真璃瑠マリルスバルまでついてきて、あのやろー……あ、いや、野郎じゃなくて女だけど。なにが悲しゅーて、冥夜と一緒なのに真璃瑠とペアでエアホッケーやったり、昴に頼まれてUFOキャッチャーでゆるキャラのぬいぐるみを取ったり、あまつさえ三人で撮るプリクラに金だけ出して外で正座待機せにゃならんのですよぉ!?」

「でも、楽しかったでしょ」

「おうっ! ……あ、あれ? なんか俺……すげえ、ダメじゃないですか?」

「わりとね」


 そんなやり取りで笑っていた夏の午後だった。

 不意に街に悲鳴が響き渡る。

 陽炎かげろうに揺らぐ中、空気を震わせる悲痛な叫び。

 その瞬間、二人はくだを巻いていたコンビニの軒先のきさきで立ち上がった。


「大五郎さん、女の子の声だっ! 年の頃は中学生から高校生、発声量から察するにせたスレンダー体型! 距離は300mくらい……そうか、薬局! あっちにディスカウントな女子に人気の大手薬局が!」

「連児君、才能の無駄遣い。ってか、君……アトラクシアの戦闘員でしょ。仮にも一応、悪の尖兵せんぺいでしょ」

「あ、俺今日はシフト入ってないんで。てか、女の子なら年齢や容姿を問わずレスキューOKッス」


 声の響いた先を睨む大五郎は、瞬時に酒気しゅきを払って真顔になる。

 連児には緊張感が微塵みじんもなかったが、彼はいつでも飛び出せるように身構えていた。


「いいの? 君んとこの仕事じゃない? アトラクシアの」

「や、それは見てから考えるッス。ほら、一応……狂月さんから会う度に缶コーヒーくらいはおごってもらってるし。その恩は返すッス! ヒーローじゃないけど……ゴホン! 悪の戦闘員は、悪事も悪行も働かないんスよ。純粋な悪そのものとしてエンプレス・ドリームの――って、ちょ、ちょっと、大五郎さん! 待ってくださいよー! 俺の決め台詞ぜりふ!」

「ごめん、急ぐから」


 咄嗟に駆け出す大五郎が風になる。

 連児は慌てて、へろへろと猛ダッシュのつもりでついてゆく。

 二人が向かう先では再度、きぬを裂くような乙女の悲鳴が響き渡っていた。

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