第17話「ダメ・ジャン」
終始ゴキゲンではしゃいでいた天輝は、連児の前で
真っ赤な夕日の中を二人は家路につく。
あの病院のような白い施設に近付くと、天輝はギュムと連児に強く抱き付いてきた。
冥夜とは違って、真っ平らな胸の奥で、鼓動が小さくときめきを
「おーしっ、着いたぜ?」
「うん……着いちゃった、ね」
「ほら、冥夜がお待ちかねだ……なあ、怒られっか?」
「大丈夫、だと、思う。冥夜ちゃんは優しいから」
「だな」
施設の玄関には、腕組み冥夜が待ち構えていた。
相変わらずの無表情で、
まさかとは思うが、何故か少し不機嫌なようだ。それを連児は、自分が姉を連れ回したからだと思っていた。
だが、開口一番に冥夜は、見下し
「連児君、どういうことかしら……説明して頂戴」
ちょっと目付きが、怖い。
ベスパを降りた連児も、いつも以上に凍った美貌にタジタジである。
そして、並んだ天輝と互いを肘で小突き合った。
「これは、その、あれだ! なあ、天輝」
「そ、そぉだよ! あれだよ、あれ! ね? だから、冥夜ちゃん……ねっ?」
互いにニヘヘとゆるい笑みを浮かべて、連児と天輝は冥夜の顔を
やがて、冥夜は深い溜め息を零す。
「ま、いいわ……天輝さんの気まぐれは、今に始まったことじゃないし」
「だよね、だよねっ! ほら、連児! 許されたじゃん、やたっ!」
「それに、この施設にずっと閉じ込められっぱなしなのも、
「うんうん! うんうんうんうん! じゃあさ、冥夜。今度は三人で出かけようよ! ボク、連児のことが気に入っちゃった。それに――」
天輝が表情を
彼女は突然、胸を抑えてその場に倒れ込んだ。
呼吸も荒く全身を震わせ、天輝は
慌てて起こそうとした連児の手は、駆け寄った冥夜の手と重なった。だが、今はそのことを気にする余裕もなく、急いで二人で天輝を抱き起こす。
苦しそうに肩を上下させながら、必死で天輝は呼吸を
「あ、あれ……おかしいな、
「おい! 大丈夫か、天輝! 冥夜、天輝の病気か? これは」
「そのようなものよ。大丈夫、連児君。大丈夫だから落ち着いて」
努めて冷静を
だが、敏感に連児は察したし、だからこそなにも言わずに天輝に寄り添う。
初めて見る、冥夜の慌てた表情。それは、顔に感情を浮かべてはいないが、明らかに動揺だった。連児が見る限り、彼女が自分の心境を顔に出したのは初めてだろう。普段と変わらぬ
「はは、大丈夫だよぉ……心配した? 冥夜ちゃん」
「当たり前です。天輝さん、もしかして」
「あ、うん……一回だけ、使っちゃった。あのね、牧場に行ってたんだけど、ソフトクリーム作るの下手っぴなお姉さんがいて、それで」
「……いけないと言われているのに。天輝さんの【
「でもさ、やっぱ……誰かのために、ボクの力があるんだから。それは、ヒーローを目指すボクには、眠らせてはおけないんだよ。ね、だから……心配しないで、冥夜ちゃん」
――【第XXの選択肢】。
それが恐らく、天輝に謎のウィルス『ニュートラル』がもたらした力。連児も見た……はっきりと目撃した。天輝は『無限の数しかない可能性』を『足してあげる』と言ったのだ。その意味を冥夜は、僅かに震えた声で教えてくれる。
「天輝さんの【第XXの選択肢】……それは、
「でも、やっぱりボクは駄目だね……身体が、力についてこれないんだもの。これじゃ、ボク……ヒーローになれないのかなあ」
「そんなことはないです、天輝さん。私が必ず……必ず天輝さんを」
切実な表情に目を
そんな彼女の横顔を見て、連児は初めて知る。
この世のヒーローを、一人を残して
冥夜が秘密結社アトラクシアのエンプレス・ドリームとして戦う理由は、ここにあったのだ。彼女は、天輝だけがヒーローの世界を作り上げるつもりだ。そして恐らく……姉がヒーローをやるために、自分が悪となって立ちはだかるのだろう。
自ら倒されるべき悪となって、姉の願いを叶える。
その日が来るまで、他のヒーローを根絶やしにする。
そこには、
それが感じられて、連児は改めて冥夜に惚れ直す。
怖いとは思わない。
異常だとさえ感じない。
姉のために全世界を敵に回す女、爪弾冥夜。
ならば、彼女がエンプレス・ドリームでいる限り、その敵全ての前に連児は立ちはだかる。己の命を増やしては潰し、その都度増やしてまた使い続ける。そうして冥夜と、冥夜の夢とを守るのだ。
近いも新たにしていた連児だったが……次の瞬間、衝撃的な言葉が鼓膜を貫いた。
「エヘヘ、冥夜ちゃんは優しいなあ。ボクの自慢の妹……」
「過大評価し過ぎですよ、天輝さん。本当に、もう……困った兄様です」
思わず連児は「ふぁっ!?」と気の抜けた声を発してしまった。
――兄様!?
思わず連児は、チベットスナギツネみたいなフラットな顔になってしまった。そのまま見詰める冥夜と天輝は、見目麗しい姉妹に見える。
だが、思い出した……確かに天輝はきょーだいと言っていた。
そう、
こんなにかわいいが、天輝は男だ。
男だったのだ。
次の瞬間、楽しい午後の一時が黒歴史となって連児を襲い来る。
ほんの少しだけ、僅かに揺らいだ冥夜への恋心……その絶対的な初恋を脅かしたぬくもりは、男! 連児と同じ男! 同じものがぶら下がったりしてる、男なのである!
だが、連児は立ち直りも早かった。
急いで手の甲を確認する。
刻まれた数字は『07』……さっきの二人での
つまり、純粋に楽しかったし、
「そうか、天輝は男か! そっかそっか」
「あ、言わなかったっけかぁ。ゴメンね、連児。でも、ボクはオッケーだから」
「いやいや待て待て、確かに俺の身体も反応している、【残気天翔】もそれを裏付けてる」
「じゃ、付き合う? ボクはいいよぉ」
「いや、そういうのは! ……少し考えさせてください、お兄さん」
「ふふ、いいよぉ~」
少し呼吸が落ち着いてきたようで、天輝は汗の光る顔で笑った。
弱々しい笑みだが、やはりかわいい。
顔の作りが冥夜と似ているから、自然と美しさは高水準。その上で、通りの良い鼻に大きな
そして、連児は気付く。
先程から冥夜が、凄く冷たい視線で連児を切り刻んでいるのを。
少し、いやかなり怒ってる。
それがわかるくらいには、連児は冥夜のことをなんでもお見通しである。
「な、なあ冥夜……これは、違うんだ。その」
「冥夜ちゃん、いいお友達ができてよかったね。ボク、すっごく嬉しかった!」
「グハッ! お友達! ち、ちが……冥夜は、俺の……」
「ねえ、連児。冥夜ちゃんとずっと友達でいてあげてね!」
「ゲファッ! く、や、やめ……俺の
だが、弱々しく立った天輝は、連児の手を取る。
そして、その手を冥夜の手に重ねた。
「冥夜ちゃんも、いい? 連児のことを大事にしてね」
「……使いこなしてはいます、兄様」
「そういうんじゃなくて! ね、連児っ! 連児も、冥夜ちゃんのこと守ってね……お願い、守ってあげてね? ボク、ずっと冥夜ちゃんが心配だったから……だから、今とっても、とぉぉぉぉっても! 安心したよっ」
なにも言えずに冥夜は連児を見詰めてくる。
ただ頷くしかできない連児も、曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。
こうして二人は、天輝と別れた。
この施設が特殊なニュータントを隔離する施設だと、あとから連児は冥夜に聞かされた。ニュートラルは人間にのみ感染し、その体組織を変えながら大きな力を与えてくれる。だが、その力に耐えることができない人間は、ただ
それを許さないと、冥夜は
絶対に兄をヒーローにする、兄の夢を叶えると。
背中でそう呟く冥夜を乗せて、連児は街へとベスパを走らせるのだった。
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