第16話「夢をかなえるロウ」

 真逆連児マサカレンジは今、まれに見る美味おいしい状況にあった。

 そして、これから美味しいものを食べるのだ。

 二人で。

 二人きりで。

 謎の病院と思しき施設から連れ出した、さっき会ったばかりの少女……天輝タカキ。彼女を連れて連児は、牧場のパーラーに来ていた。しぼりたてのミルクで作ったソフトクリームが食べれるらしく、注文したそばから楽しみである。

 だが、なにより天輝が嬉しそうにしているのがたまらない。

 真逆連児、16歳……生まれて初めてのリア充体験である。


「かーっ、待て! 待て待て! 俺には冥夜メイヤという心に決めた両思いの恋人が!」

「どしたの? 連児」

「ん、ああ、いやいや……なんでもないさ」

「そ、ならいいんだあ。ふふ、なんか楽しいね! 嬉しいねえ!」


 屈託くったくのない笑顔で笑って、天輝は店内のテレビに首を巡らす。

 丁度、夕方四時のニュースが始まっていた。

 今日も今日とて、ニュースの主役はヒーローである。謎のウィルス『ニュートラル』によって、爆発的に増えたニュータント……その何割かは今、正義のヒーローとして社会に貢献していた。

 そのヒーローたちを『一人を残して』抹殺するのが、連児たちアトラクシアの使命である。あの爪弾冥夜ツマビキメイヤが望むのだから、連児にとっては考える必要はない。

 ただ、感じるままにヒーローを倒す。

 それだけだ。

 なんとはなしに連児も、天輝の視線を追ってテレビを見やる。


『御覧ください! 今日も街を脅かす危険から、我々市民を守って……あ、ああっ! 今、今です! たった今! 行ってしまいました――我らの味方、正義の戦士、が!』


 画面の中では、興奮気味にニュースキャスターがマイクに叫んでいる。

 どうやら事件を解決したのは、マイティ・ロウという名のヒーローらしい。

 連児はあまり、その名に聞き覚えがなかった。

 だが、天輝はワクワクが隠せない様子で連児に語りかけてくる。


「マイティ・ロウって知ってる? すっごい強いの。ニュータントは身体能力も常人を上回る事が多いけど、彼の場合はその極限なんだあ。あの神速スピード怪力パワーだけで、一つの能力みたいなものだと思う」

「お、おう……そんな奴もいたのか」

「加えて、マイティ・ロウの能力は【絶対神判マイティジャッジ】……彼の法が悪と断定した敵からは、あらゆる能力の干渉を無効化する。例えば――」

「例えば?」

「アトラクシア最強の特醒人間とくせいにんげん、【骸終一触ワンタッチ】っているよね? 彼女がマイティ・ロウに悪だと判断されたら……触れても殺せなくなる」

「まじかよオイッ! ……ん?」


 鈍い連児でも、流石に首を傾げた。

 天輝が何故、そこまでヒーローに詳しいのか? そして……まがいなりにも秘密結社であるアトラクシアの、あの榊昴サカキスバルこと【骸終一触】をどうやって知ったのか?

 そのことを聞いてみたが、天輝の返答はあっけらかんとしたものだった。


「ボク、好きなんだあ。ヒーロー!」

「お、おう。しかし、あのなあ……【骸終一触】ってのは」

「それはね、妹から聞いたの」

「妹……え、ちょっと待て、お前まさか」

「うんっ! ボクの名前は爪弾天輝ツマビキタカキだよっ」


 思わず連児は手で顔を覆った。

 つまるところ、話はようやくつながった。

 あの冥夜の姉、それが天輝なのだ。

 同時に、今まで気にしていた疑念が一気に弾けて消える。

 冥夜の周囲にそこはかとなく漂う、男の気配……時折口にする『あの人』の存在。それは全て、姉の天輝だったのだ。

 そう、姉だったのだ。

 冥夜の周囲に男はいない。

 いなかった。

 そしてこれからは、俺しかいない。

 あっという間に連児は、清々すがすがしい気分で笑顔になった。


「あっ、ああ! あーっ、なるほど! そう、そうなんだ! なーる!」

「そ、きょーだいだよっ」

「おう! ……あれ? 姉と妹なら普通は」


 連児が口をもごつかせた、その時だった。

 ウェイトレスが特大のソフトクリームを二つ持って現れた。

 そこで天輝が「わぁ!」と無邪気な歓声をあげて、連児も気を取られた。

 既にもう、ひんやり冷たいソフトクリームの山から目が離せない。

 だが、申し訳なさそうなウェイトレスがテーブルに置いたのは、微妙にかたむき少し危ういソフトクリームだ。とぐろを巻く甘い純白は、なんだかちょっと窮屈きゅうくつそうである。

 慌てて連児は、崩れてきそうな傾斜にかぶりつく。

 冷たい、そして甘い。すなわち、美味い。


「ふふっ、連児ってダイナミック! ボクもっ」

「あ、あの、お客様……すみません。私、何度練習しても上手くならなくて。ソフトクリーム、苦手なんです。本当に申し訳ありません」

「そなの? んーん、味は一緒だよ? 美味しいっ!」


 連児もうんうんと頷く。

 それでウェイトレスの女性は、少し気恥ずかしそうに笑った。

 だが、口の周りを真っ白にした天輝は、突然妙なことを言い出す。


「んー、お姉さん。頑張って練習すれば、上手くなる可能性もあるよ? その可能性自体がないことも考えられるけど……そういう時はね、ボクが

「えっ? お客様、あの」

「無限に分岐する可能性は、。ないものはない、だから……欲しいと思ってる人には増やしてあげなきゃね! 可能性!」


 そう言って、天輝はウェイトレスの頭にそっと触った。

 ただ、触れた。

 それだけでウェイトレスの女性は、目をしばたかせながら……特になにが起こったわけでもなく、固まってしまった。天輝だけが笑顔で、再びソフトクリームを食べ始める。

 連児には訳がわからなかったが、それはウェイトレスの女性も同じようだった。


「え、えっと……あ、ありがとう、ございます」

「いいのいいの。ね、連児。美味しいでしょ、ここのソフトクリーム! 搾りたてのミルクだからね。あっちに牛さんが沢山いてさ……ねね、あとで見に行こうよ」

「お、おう。はは、なんだか……まあ、そんな感じで。は、はは」


 ウェイトレスの女性も苦笑しつつ、優しい笑顔に変わって一礼、そしてキッチンの方へと帰っていった。天輝はもう、ソフトクリームを食べながら再びテレビに夢中だ。

 テレビでは、今日の事件を偶然撮影した防犯カメラの映像が映っている。

 すらりと細身だが、筋肉質で無駄のない肉体を浮き上がらせた戦闘スーツの男……その純白をまとう者こそ、マイティ・ロウだ。背中で全てを語るように、全身から闘気を発散させる彼は、カメラへと肩越しに振り返る。

 目元を覆う覆面で素顔は見えないが、細面の口元は端正な表情を感じさせる。

 白いマントをなびかせ、彼は飛び去った。

 まさに、これぞヒーローというおもむきである。


「すげえなあ……やっぱ、ああいうのが正義の味方ってやつだよな。それに比べたら俺ぁ、キャプテン・アオモリとかいうのと小突き合ってるだけだもんなあ」

「ん? 連児、キャプテン・アオモリ知ってるの!?」

「まあな。何度かやりあったことがあらあ……っとっとっと、これは秘密な? な?」

「うんっ! いいなあ、ボクもキャプテン・アオモリに会いたいな」

「正義の味方なら、さっきのマイティ・ロウの方が数倍は上だぜ?」


 だが、ペロペロとソフトクリームを舐めながら……天輝が不意に真剣な表情になる。

 その横顔は、確かに連児の想い人に似ていた。

 白い肌に白い髪、酷く線の細い美貌が冥夜に重なる。

 天輝はじっとテレビ画面を見詰めて呟いた。


「マイティ・ロウは……正義の味方じゃないよ、連児」

「へ? そ、そうなの?」

「彼は、。法を犯した者を断罪して倒す、絶対無敵の法の守護神」

「でも、それって正義の味方と違うのか?」

「ん、ちょっとね」


 意味深に笑って、再び天輝はソフトクリームを舐め始めた。

 その笑顔は本当に眩しくて、その名の如く天国で輝くような笑みだ。

 彼女はそれ以上語らず、連児は煙に巻かれたままでソフトクリームを食べる。しかし、ニュースの話題が切り替わっても、マイティ・ロウの名は心の中に居座り続けた。

 自らを悪そのもの、何者でもなく純粋な『悪』だとうそぶく冥夜。

 その覇道の前に、純白のヒーローは立ちはだかることになるのか?

 それはまだ、誰にもわからない。

 ただ確実なことは、アトラクシアは多くの法を破り、ないがしろにして、なかば無視している。ただ悪であるというだけで、法とは相容れぬ存在の集合体と言えた。

 それがなにを意味するか……まだ、連児には想像もつかないのだった。

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