第16話「夢をかなえるロウ」
そして、これから美味しいものを食べるのだ。
二人で。
二人きりで。
謎の病院と思しき施設から連れ出した、さっき会ったばかりの少女……
だが、なにより天輝が嬉しそうにしているのがたまらない。
真逆連児、16歳……生まれて初めてのリア充体験である。
「かーっ、待て! 待て待て! 俺には
「どしたの? 連児」
「ん、ああ、いやいや……なんでもないさ」
「そ、ならいいんだあ。ふふ、なんか楽しいね! 嬉しいねえ!」
丁度、夕方四時のニュースが始まっていた。
今日も今日とて、ニュースの主役はヒーローである。謎のウィルス『ニュートラル』によって、爆発的に増えたニュータント……その何割かは今、正義のヒーローとして社会に貢献していた。
そのヒーローたちを『一人を残して』抹殺するのが、連児たちアトラクシアの使命である。あの
ただ、感じるままにヒーローを倒す。
それだけだ。
なんとはなしに連児も、天輝の視線を追ってテレビを見やる。
『御覧ください! 今日も街を脅かす危険から、我々市民を守って……あ、ああっ! 今、今です! たった今! 行ってしまいました――我らの味方、正義の戦士、マイティ・ロウが!』
画面の中では、興奮気味にニュースキャスターがマイクに叫んでいる。
どうやら事件を解決したのは、マイティ・ロウという名のヒーローらしい。
連児はあまり、その名に聞き覚えがなかった。
だが、天輝はワクワクが隠せない様子で連児に語りかけてくる。
「マイティ・ロウって知ってる? すっごい強いの。ニュータントは身体能力も常人を上回る事が多いけど、彼の場合はその極限なんだあ。あの
「お、おう……そんな奴もいたのか」
「加えて、マイティ・ロウの能力は【
「例えば?」
「アトラクシア最強の
「まじかよオイッ! ……ん?」
鈍い連児でも、流石に首を傾げた。
天輝が何故、そこまでヒーローに詳しいのか? そして……
そのことを聞いてみたが、天輝の返答はあっけらかんとしたものだった。
「ボク、好きなんだあ。ヒーロー!」
「お、おう。しかし、あのなあ……【骸終一触】ってのは」
「それはね、妹から聞いたの」
「妹……え、ちょっと待て、お前まさか」
「うんっ! ボクの名前は
思わず連児は手で顔を覆った。
つまるところ、話はようやく
あの冥夜の姉、それが天輝なのだ。
同時に、今まで気にしていた疑念が一気に弾けて消える。
冥夜の周囲にそこはかとなく漂う、男の気配……時折口にする『あの人』の存在。それは全て、姉の天輝だったのだ。
そう、姉だったのだ。
冥夜の周囲に男はいない。
いなかった。
そしてこれからは、俺しかいない。
あっという間に連児は、
「あっ、ああ! あーっ、なるほど! そう、そうなんだ! なーる!」
「そ、きょーだいだよっ」
「おう! ……あれ? 姉と妹なら普通は」
連児が口をもごつかせた、その時だった。
ウェイトレスが特大のソフトクリームを二つ持って現れた。
そこで天輝が「わぁ!」と無邪気な歓声をあげて、連児も気を取られた。
既にもう、ひんやり冷たいソフトクリームの山から目が離せない。
だが、申し訳なさそうなウェイトレスがテーブルに置いたのは、微妙に
慌てて連児は、崩れてきそうな傾斜にかぶりつく。
冷たい、そして甘い。すなわち、美味い。
「ふふっ、連児ってダイナミック! ボクもっ」
「あ、あの、お客様……すみません。私、何度練習しても上手くならなくて。ソフトクリーム、苦手なんです。本当に申し訳ありません」
「そなの? んーん、味は一緒だよ? 美味しいっ!」
連児もうんうんと頷く。
それでウェイトレスの女性は、少し気恥ずかしそうに笑った。
だが、口の周りを真っ白にした天輝は、突然妙なことを言い出す。
「んー、お姉さん。頑張って練習すれば、上手くなる可能性もあるよ? その可能性自体がないことも考えられるけど……そういう時はね、ボクが可能性を増やしてあげる」
「えっ? お客様、あの」
「無限に分岐する可能性は、たった無限の数しかない。ないものはない、だから……欲しいと思ってる人には増やしてあげなきゃね! 可能性!」
そう言って、天輝はウェイトレスの頭にそっと触った。
ただ、触れた。
それだけでウェイトレスの女性は、目を
連児には訳がわからなかったが、それはウェイトレスの女性も同じようだった。
「え、えっと……あ、ありがとう、ございます」
「いいのいいの。ね、連児。美味しいでしょ、ここのソフトクリーム! 搾りたてのミルクだからね。あっちに牛さんが沢山いてさ……ねね、あとで見に行こうよ」
「お、おう。はは、なんだか……まあ、そんな感じで。は、はは」
ウェイトレスの女性も苦笑しつつ、優しい笑顔に変わって一礼、そしてキッチンの方へと帰っていった。天輝はもう、ソフトクリームを食べながら再びテレビに夢中だ。
テレビでは、今日の事件を偶然撮影した防犯カメラの映像が映っている。
すらりと細身だが、筋肉質で無駄のない肉体を浮き上がらせた戦闘スーツの男……その純白を
目元を覆う覆面で素顔は見えないが、細面の口元は端正な表情を感じさせる。
白いマントを
まさに、これぞヒーローという
「すげえなあ……やっぱ、ああいうのが正義の味方ってやつだよな。それに比べたら俺ぁ、キャプテン・アオモリとかいうのと小突き合ってるだけだもんなあ」
「ん? 連児、キャプテン・アオモリ知ってるの!?」
「まあな。何度かやりあったことがあらあ……っとっとっと、これは秘密な? な?」
「うんっ! いいなあ、ボクもキャプテン・アオモリに会いたいな」
「正義の味方なら、さっきのマイティ・ロウの方が数倍は上だぜ?」
だが、ペロペロとソフトクリームを舐めながら……天輝が不意に真剣な表情になる。
その横顔は、確かに連児の想い人に似ていた。
白い肌に白い髪、酷く線の細い美貌が冥夜に重なる。
天輝はじっとテレビ画面を見詰めて呟いた。
「マイティ・ロウは……正義の味方じゃないよ、連児」
「へ? そ、そうなの?」
「彼は、法の味方。法を犯した者を断罪して倒す、絶対無敵の法の守護神」
「でも、それって正義の味方と違うのか?」
「ん、ちょっとね」
意味深に笑って、再び天輝はソフトクリームを舐め始めた。
その笑顔は本当に眩しくて、その名の如く天国で輝くような笑みだ。
彼女はそれ以上語らず、連児は煙に巻かれたままでソフトクリームを食べる。しかし、ニュースの話題が切り替わっても、マイティ・ロウの名は心の中に居座り続けた。
自らを悪そのもの、何者でもなく純粋な『悪』だと
その覇道の前に、純白のヒーローは立ちはだかることになるのか?
それはまだ、誰にもわからない。
ただ確実なことは、アトラクシアは多くの法を破り、ないがしろにして、
それがなにを意味するか……まだ、連児には想像もつかないのだった。
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