第12話「果てても死なない物語」

 真逆連児マサカレンジ戦慄せんりつした。

 悪の人材派遣組織、アクゥーの白い影。

 ゆらゆらと漂うその姿は、幽鬼ファントムのような不気味さで一同を見渡していた。

 そして、彼が連れてきた悪意が絶叫をほとばしらせる。

 恰幅かっぷくのいい悪趣味な背広姿は、この公園を地上げしていた土建会社の重役だ。その肉体は今、甲殻と鱗で覆われ膨れ上がっている。彼もまたニュータント……そして、その力を欲望のままに振るうことに躊躇ちゅうちょがない。

 巨大なバケモノと化した男が、吠え荒ぶ。


「アトラクシアァァァァァァ! 手前ぇ、同じ悪党の分際で……なにしてくれやがったあああああっ!」


 その声を吸い込む、凛とした立ち姿が長い黒髪を風に遊ばせていた。

 誰もがその方向を振り向き、驚愕に凍る。

 アラガミオンもシュランケンも、仮面で覆った鎧の下でニヤリと笑った。

 そこには、華美な白い制服がまるでドレスのように棚引いている。そして、黒い髪の少女は右目の眼帯を外した。

 真紅しんくの眼差しが、世界のすべてを眇めて見据える。


「貴方は悪党、悪事をはたらくやから……その資金源だけはありがたく頂戴したわ。でも、駄目ね……この公園を潰して私腹を肥やそうなんて」

「なぁぁぁぁぁにを言って、やがぁぁぁぁぁる!」

「教えてあげるわ……貴方は悪党。でも、私は違う。私は、私たちは……

「ハッ! 面白え! ……こちとら昔は、岩竜鬼がんりゅうきと呼ばれた渡世人とせいにんよぉ! 娘ぇぇぇぇぇっ、ブッ殺してやる!」


 だが、既にエンプレス・ドリームの覇気を開放した爪弾冥夜ツマビキメイヤは、揺るがない。

 真っ直ぐ岩竜鬼を見定め、そっと手を伸べる。


「さあ、始めましょう……貴方たちに教育してあげる。純粋悪のなんたるかを」


 先に動いたのは、岩竜鬼だった。既に獣と化した彼は、雄々しく叫んで全身で突っ込んでくる。それは、超硬質の鎧をまとった砲弾だ。

 だが、その前にシュランケンが立ちふさがる。

 千鳥足ちどりあしのステップが、奇妙で不規則な構えと共にゆらぐ。

 そして……そっと無造作に突き出された脚が、大質量の突進を止めた。

 そう、止めた。

 さして力を入れた様子もなく、トンと触れてき止めた。


「なっ、なにいいいいいいい! うっ、動かねえ!」

「ちょいと悪酔いだねえ、おじさん。……悪と悪党の違いは、俺には関係ない。けど、誰かを泣かせてる奴がいるとしたら、それは俺の敵なのさ」


 ひゅん、と空気が渦を巻く。

 ふらふらと定まらぬシュランケンの構えが、無数の陽炎をゆらめかせながら踊り出した。まるで舞うように、次々と岩竜鬼に拳を放つ。

 巨岩にも似た巨体は、無数の突きを浴びて後ずさった。

 だが、ダメージはない……強固な防御力は鉄壁だ。

 そのことを知る故に、白い影がクククと笑う。


「無駄ですよぉ、シュランケン……そしてアラガミオン。彼のニュータントしての力だけは、ピカイチですからねえ? さて、私は私の仕事をしましょう」


 アクゥーの白スーツ姿は、まるで死神だ。

 そして、その眼差しは冥夜に……エンプレス・ドリームに注がれている。

 揺るがず受け止め一歩を踏み出す、そんな彼女の前に連児は立ちはだかった。背にエンプレス・ドリームを守って、治りかけの拳を突き出す。

 死神は愉快そうに喉を鳴らし、両手を広げて笑った。


「おやおや……また死んで世界を巻き戻しますかあ? ……私は知っていますよぉ、真逆連児。いえ、戦闘員零号せんとういんゼロごう。貴方の能力の弱点もねえ」

「……マジか!? くそっ、知らなかったぜ……おい、教えやがれ! 俺の弱点ってなんだ! すんません、マジでわかんないんスけど。教えてくださいやがれ!」

「まず、そのノウタリンで馬鹿なところです」

「なるほど! そっか、盲点だったぜ!」

「そして……おおっと!?」


 死神の唇が喋るのをやめた。

 その笑みさえ凍りつかせて、表情を失う。

 一秒前の彼を殺した拳を、アラガミオンは再び引き絞って身構える。


「いつのまに……私のふところに。アラガミオンッ!」

「悪いね……高説垂れてる余裕があんなら、俺が相手さ。……消えな」


 そして、二人の攻防が風を呼ぶ。

 見えない一撃が無数に行き交う中で、連児にはそれが全く見えない。

 ただ、背に冥夜を庇って立っていることしかできない。

 伊万里真璃瑠イマリマリルの能力で治った拳は、まだ痛む。

 だが、絶対に死なない。

 今という時は巻き戻したくない。

 見えないなにかが、この瞬間を選ばせたのだ。

 そして恐らく、あらゆる可能性と未来を刈り取り選択する力……エンプレス・ドリームの【創滅与奪ジェネサイド】も同じものを感じているだろう。

 目の前では今、シュランケンとアラガミオンが戦っている。

 そんな異次元の戦場へと、エンプレス・ドリームは迷わず歩んだ。

 連児の背中を出て、そのまま進んでゆく。


「連児君、スバルと真璃瑠をお願いするわね。……少し、未来を確定させてあげようと思うの」

「っしゃ、任された! お礼のアレコレはチューでいいぜ!」

「そういうのは後にして頂戴」

「……へ? お、おいっ、マジか!? あとでならいいのかよ!」


 その問いには答えず、エンプレス・ドリームは行ってしまった。

 その隣に、マジカルみーあが並び立つ。

 二人の少女は互いを見もせず、全く相反する力と意思を持ち寄り並べたのだ。


「今はとにかくっ、あいつをやっつける! 小さな公園でも、ここに暮らしてる人がいる。いこいに集う人がいるっ! だから、私が魔法をかけるんだ」

「そう、よろしくして頂戴。私は……無限に分岐する可能性の全てを、断ち切る」


 二人は同時に地を蹴った。

 ステッキを手にするマジカルみーあから、光が溢れて周囲にハートのエフェクトをきらめかせる。同時に宙を舞うエンプレス・ドリームから、漆黒の闇が広がった。

 巨大なデスサイズを現出させたエンプレス・ドリームが、周囲を暗黒で包む。その漆黒の闇は、マジカルみーあの輝きを一層まばゆく光らせた。

 そして、二人が舞う空を見上げて、怒龍どりゅうの闘気が逆巻く。


「龍酔拳、奥義……如空じょくう! のぼって、いきなっ!」


 ぐらりと上体を揺らして、全身のバネでシュランケンが岩竜鬼をカチ上げた。強烈な拳の一撃は、シュランケンを中心に巨大なクレーターを陥没かんぼつさせる。

 巨大なニュータントの肉体が宙を舞う。

 二人の少女が広げた、夜に輝く流星の空へ。

 それを見上げて、アクゥーの魔人は始めて表情に焦りを浮かべた。


「ッ! なにをやっているのです、岩竜鬼!」

「おっと、お前さんの相手は俺だ。余所見してる暇ないぜ?」

「チィィィ、アラガミオン! あの力を使いこなしつつあるようですね。コアを泳がせすぎましたか」

「コアちゃんは関係ないんでね。こうして力を借りてるだけさ。ただ、泣いてる女の子は守ってやる、それが大人で! 男っ、なんだよっ!」


 アラガミオンが乱打戦を制して、アクゥーの死神を下らせる。

 その時にはもう、決着は全てついていた。


「マジカルハンマーッ! コメット☆インパクトッ!」

「その顔、もう見飽きたわ……消えなさい」


 星が舞い散る鉄槌ハンマーで、マジカルみーあが岩竜鬼を痛打した。そのまま地面に叩きつけられる巨体を、エンプレス・ドリームの死の鎌が一閃する。

 そして、彼の可能性は全て閉ざされた。


「あ、あがが、ああ……アトラクシア、エンプレス・ドリーム……何故、貴様ら……この公園、土地を……共に」


 大地に墜落して埋まりながら、徐々に岩竜鬼が薄れてゆく。あらゆる世界線の全ての可能性、無限に分岐する未来を今……【創滅与奪】の力が残さず刈り取ったのだ。

 ここから先の未来にもう、彼の可能性は存在しない。

 そして、そんな彼の顔面を片足で踏みにじりながら、怜悧れいりな無表情が言い放つ。


「覚えておくことね……悪は何にも染まらない。悪はただ、触れる全てを奪って染める。安心して頂戴、貴方の築いた利権やアクゥーの情報、私が有効的に活用してあげるわ」

「手前ぇ……胸糞、悪ぃ、ぜ……この女がぁ」

「そうよ、私は悪いの。だって、悪なんですもの」


 改めて連児は、なにもできぬまま戦慄を新たにした。

 それは、シュランケンやアラガミオン、マジカルみーあも同じようだった。

 一切合切、有象無象の別なく彼女は運命を選ぶ。彼女が望むままに、全ての未来を選び取る。それは、夢幻の女皇帝が持つ最凶にして最悪の力なのだ。

 だが、連児はそれ以上に恐ろしいことに額の汗を拭う。


「あの鎧のバケモノ……なあ、シュランケンさんよぉ」

「ん? ああ……連児君、君も凄いに惚れちゃってるね。あの娘、あの力は」

「シュランケンさん、アラガミオンのおっさんも」

「ちょっと少年、おじさんはよしなさいよ」

「あれ……あの甲羅こうらオバケのデブ……あのアングル! !」


 その場の全員が「は?」「お?」「や!」「うん」「だね」と凍った。

 そして、岩竜鬼が消えてゆく。

 エンプレス・ドリームは手にした大鎌を消すと、眼帯をつけて右目の紅光スカーレットを閉ざす。それで全ては終わったとかばりに、一同はアクゥーの白いスーツ姿に向き直った。

 だが、驚愕に固まっていた彼は……身を揺すって笑い出す。


「ク、クク……ハハハハッ! 素晴らしい! それがヒーローたちの力、そしてエンプレス・ドリーム! 貴女の力! 素晴らしい……まさしく、ニュータント・グリモワールにふさわしい!」


 ――ニュータント・グリモワール。

 確かに謎の白い怪人はそう言った。

 何故だろうか、その単語は聞くだけで心胆を寒からしめる。まるで、ニュートラルウィルスを身に招いた全てのものが、誰もが等しく感じる恐怖、憎悪、そして……欲望。遺伝子レベルで身体に刻まれた衝動が、その言葉に反応しているようだった。


「アラガミオン、しばらくコアは預けます。そして、シュランケン……今度飲みにでもいきましょう。あ、これは社交辞令でして……次は、皆さんそろって死んでもらいます。では――!」


 白い怪人は、その輪郭を周囲の空気に溶かして消える。

 薄らいでゆくその姿は、まるで幽霊のように消え去ってしまった。

 そして、気付けば真璃瑠が壊れた公園を直し始めている。どうやらマジカルみーあも手伝うようで、二人は顔見知りのようだった。


美亜ミアちゃん、奇遇だね! ねね、美亜ちゃんもアトラクシア、やらない? フッ、かなりイカすぜ? なんてー」

「や、遠慮しとく……って、便利な能力ねー。なんでも直るんだ」

「直るし治せるよー、馬鹿くらいかな? 上手くいかないのは」

「あー、納得」


 何故か二人の少女は、フラットな表情で連児を見る。

 なんだかよくわからないが……酷く誇らしい気持ちで、連児は胸を張った。

 そして見る。

 シュランケンとアラガミオンは、どちらからともなく拳を突き出し、互いにコンとぶつけて、そして去っていった。

 こうして、駅前の公園は平和を取り戻す。

 だが、誰も知らない。

 二人のヒーローと悪そのものが、紆余曲折を経てこの土地を守ったことを。

 そのことを知らぬまま、明日も未来もずっとずっと、この公園には笑いが満ちて憩いの場となる。そのことを考えたら、もう連児の拳は痛みを忘れていたのだった。

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