第11話「ノーブルブレイブの酒盛り」
その背を見送って、
先程の、どこかぼんやりとした好青年の雰囲気はない。
また、大五郎を静かな気迫が包んでいる。その姿はまさに、
そして、軽やかなリズムで徳利が歌い出す。
『ナーンデモッテルノ♪ ドーシテモッテルノ♪ ノミタリナイカラ、モッテルノ♪』
周囲のホームレスたちも、上機嫌の赤ら顔で手を叩いた。
「よっ、大五郎ちゃん! ソーレソレソレ♪ イッキ! イッキ!」
「イッキ! イッキ! ア、ソーレソレソレ♪ いい飲みっぷりだねえ、一気飲み
大五郎が浴びるように、徳利から酒を飲む。
まただ……また、変身する。
荒ぶる龍神の力を肉体に招いて、一人のヒーローが
胸に理想を
あっという間に真っ赤になった大五郎は、
「――出来上がったぜ? さあさ、
大五郎は天高く口から炎を吹き上げ、真紅の業火を
そして、無敵のヒーローが姿を現す。
龍人、世界を酔わす
その姿が全身から闘気を発散すると、ベンチを立った
彼もまた、ニュータントウィルスで得た正義の力を
静かに
ベルトは凍れるような声で『るしふぁ』と呟いた。
「……トランスフォーメーションッ!」
『ぶらんく』
スーツ姿を食い潰すように、白い装甲が狂月を覆った。その姿は、
二大ヒーローの本気の変身。
それは連児には、心なしか先程より強い覇気を感じさせた。
そして、冥夜も動き出す。
「……
「はい、喜んで」
「ちょっと
「仰せのままに……ディー・ドリーム」
華美な名門私立女子高の白い制服が、まるで死者を
そう、ただ触れるだけ。
恐ろしいまでにあっけなく、生命を奪う死の触れ合いだ。
昴は痩せた長身をゆらりと向けるや、シュランケンやアラガミオンに先んじて地を蹴った。連児とは比べ物にならない程に、強いニュータントの力が躍動する。
あっという間に昴は、
慌てて連児も、後を追う。
「おい、待てって昴! 真璃瑠、お前も来いっ!」
「ほいほーい。ってか、みーあちゃんが心配だしねっ」
「そういうこった! えっと、あんちゃんたちも! ヒーローなんだろ? 俺らアトラクシアの前に、やべえ奴がいるってことだぜ!」
走り出す連児を見て、シュランケンとアラガミオンは顔を見合わせた。
表情のないヒーローの仮面は、互いに不敵な笑みを浮かべている。
それが連児には、不思議とわかった。
「と、言うわけだけど……大五郎君改め、シュランケン。どうだい?」
「まあ、異論はないかなあ。狂月さん。アラガミオンと俺とで」
「ああ……少しこの公園を脅かす敵がシンプルになったみたいだ」
「なら、共に戦いましょうか。俺は……友人たちの場所を、守りたい」
二人の声を背中で聴いて、連児は全力疾走で昴を追う。
だが、悲しいかな戦闘員レベルの力では、引き離されるだけ。あっという間に昴は見えなくなった。隣では真璃瑠が、余裕の笑顔でぽてぽてと追い抜いてゆく。
そして、息を荒げる連児は見た。
公園の入口で身構える、マジカルみーあの姿を。
既に変身を終えた魔法少女は、油断なく敵に向かっている。
その先にいるのは……
そして、肥満体のむくんだ顔には、憎悪の表情が浮かんでいた。
何者かと連児も警戒すると、背後で声が響く。
「おやあ? これはこれは……随分と弱い力のニュータントもいたもんですねえ? アトラクシアは、よほど人材不足と見える。我らがアクゥーが少し、逸材を派遣しましょうか?」
振り向くとそこには、戦慄の姿が立っていた。
世界を巻き戻す前、自分を盾に三大ヒーローと戦い、そのまま自分を殺した男だ。白いスーツ姿は、冷たい微笑で顔を凍らせている。
即座に連児は、察知した。
黒幕は、コイツだ。
ならば、コイツをやる……逃さずブチのめす!
――自分以外の誰かが。
「手前ぇ、さっきはよくもやってくれたな! だが、今度はそうはいかねえ」
「おやあ? なんの話でしょうか……無価値な
「ギッタンギタンにしてやるぜ! 俺が! ……俺が、好きな奴を一緒に好きな、アトラクシア最強の特醒人間、【躯終一触】がな!」
マジカルみーあと並んでいた昴が、嫌そうな顔で振り返った。
真璃瑠が「えー、そうなの? やっぱ昴ちゃん、そうなの!?」と好奇心丸出しな笑みになる。
だが、嫌々といった態度を露骨に現しながら、溜息を零して昴はやってきた。
彼女が触れる時、全ては生命活動を終了する。
「……連児。声が大きい。それは……エンプレス・ドリーム様への想いは、私の、私だけの
「わかってるぜ、昴!」
「本名を叫ぶな」
「おっと、そうだった! ワンタッチ! やっちまえ! 触り殺してくれ! モミモミさわさわ、やってくれ!」
「すごく、嫌だ……だが、エンプレス・ドリーム様の敵は……残らず、
だが、彼女が振るう死神の力が空を切る。
長身でスラリと手足の長い、少年のような昴。
そんな彼女をも上回るリーチが、男にはあった。
男はゆらりと手を伸べて、昴に触れていた。
ワンタッチと呼ばれる最強のニュータントが触れる前に、逆にその平な胸に触れたのだ。
いつもの物静かで
「フフフ……最強の一角と言われる【躯終一触】の力……ワンタッチ。貴女のデータは、我らアクゥーでもしっかりと調べさせていただきました」
「こいつ……私の胸に触れていいのは、エンプレス・ドリーム様だけだっ!」
「おお怖い。でも……知っていますよ? 触れた全てに死をもたらす力。それは、触れられる前に逆に触れることで無効化できる。先に触られた時点で、貴女の負けです」
「! ……何故それを」
「侮らないで欲しいですねえ。我らアクゥーの真の目的の一つ……ニュータント・グリモワールの力を」
――ニュータント・グリモワール。
男は確かにそう言って笑った。
心胆を寒からしめる笑みだ。
そして、昴の意外な弱点に連児は凍りつく。あの絶対無敵の昴が、ただの少女のように立ち尽くしていた。そのまっ平らな胸へ手を押し付け、ニイイと醜悪な笑みを男は浮かべている。
瞬間、連児は怒りで己を爆発させた。
「手前ぇ! 女の子の胸を……おっぱいを触るんじゃねえっ!
考えもなく殴りかかった。
そして、握った拳が炸裂する。
拳そのものが破裂する。
男の顔面を囚えた鉄拳が、骨と肉とを砕けさせる。手首そのものがグズグズに壊れて、腱がブチブチと裂ける音を聴いた。
男は身動きせず、避けることすらしなかった。
ただ、激昂に殴りかかった連児は、弱い自分の力で弱すぎる己の肉体を壊した。
言葉にならない痛みで、それでも連児は拳を押し込む。
「昴はぁ、俺と同じでっ! 俺と一緒でっ! あいつが、エンプレス・ドリームが、大好きなんだよおおおおおおっ!」
「なんですか、それは? ワンタッチはエンプレス・ドリームの腹心、最強の駒では」
「そういう風には、あいつは……俺の女は、仲間を見てねえ!」
グシャリと肘から先が痛みで包まれ、痛みそのものとなってひしゃげた。
ようやく男から離れた連児は、着地と同時に
その背は、頼もしい声を既に聴いていた。
連児のような弱き者、牙を持たぬ者に変わって牙を剥く……悪から全てを守って戦う、ヒーローの声だった。
「やるじゃないの、少年。熱いねえ……嫌いじゃないのよ、そういうの」
「狂月さん、いや……アラガミオン。あの太ましい人は、地上げ屋だ。表向きは土建屋だけど、あちこちでアコギな商売をしてるケチな悪党だね」
「オーケー、シュランケン。あっちの薄気味悪い奴は俺がやる。おデブちゃんを頼めるかい?」
「任された……さて、ほどよく酔も回ってきたし、最後の出し物といきますか」
アラガミオンとシュランケンが、連児を挟んで立つ。
二人の間で連児も、熱い痛みに痺れる身を起こした。
その視線の先で……不意に巨漢の男は肥満体を膨れさせる。まるで風船のように膨張した肉体が、見る間に異形へと姿を変えた。
そして……昴から離れた白スーツの男もまた、全身から鋭い殺気を放つ。
だが、連児は臆することなく敵を睨み返した。
左右で気持ちを支えてくれるヒーローの存在が、彼の若い血潮に勇気を注いでいた。
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