第11話「ノーブルブレイブの酒盛り」

 えんたけなわ、昼から盛り上がる酒盛りの中央へ、寶大五郎タカラダイゴロウが踏み出してゆく。

 その背を見送って、真逆連児マサカレンジは戦慄に震えた。

 先程の、どこかぼんやりとした好青年の雰囲気はない。

 また、大五郎を静かな気迫が包んでいる。その姿はまさに、明鏡止水めいきょうしすい……彼は手にした龍の意匠が踊る徳利とっくりを持ち、ほろよいで輪を作るホームレスたちの中心で飲み出した。

 そして、軽やかなリズムで徳利が歌い出す。


『ナーンデモッテルノ♪ ドーシテモッテルノ♪ ノミタリナイカラ、モッテルノ♪』


 周囲のホームレスたちも、上機嫌の赤ら顔で手を叩いた。


「よっ、大五郎ちゃん! ソーレソレソレ♪ イッキ! イッキ!」

「イッキ! イッキ! ア、ソーレソレソレ♪ いい飲みっぷりだねえ、一気飲みすすめられるの、大五郎ちゃんだけだよホント!」


 大五郎が浴びるように、徳利から酒を飲む。

 まただ……また、変身する。

 荒ぶる龍神の力を肉体に招いて、一人のヒーローが顕現けんげんする。

 胸に理想をくゆらせ、静かにたけおとこ

 あっという間に真っ赤になった大五郎は、すわわった瞳で虚空をにらむ。その先には先程、伊万里真璃瑠イマリマリルの同級生だという少女が走っていったはずだ。そして、連児でもわかる……この公園、巻き戻って可能性が書き換えられた世界線に、先程とは違う気配が増えている。それは今、凄まじい殺気で公園を覆っていた。


「――出来上がったぜ? さあさ、しめといくかい……ようやく見えたぜ。戦う相手がな」


 大五郎は天高く口から炎を吹き上げ、真紅の業火をあおく広げる。それは龍の姿へ変わって、あっという間に大五郎本人を包んだ。

 そして、無敵のヒーローが姿を現す。

 龍人、世界を酔わす美技アーツの使い手……その名は、冥帝めいていシュランケン。

 その姿が全身から闘気を発散すると、ベンチを立った狂月キョウゲツもまた身構える。彼の手には、例の蝙蝠こうもりを象るバックルがあった。それをベルトに装着すれば、狂月の左腕がわななくように震える。

 彼もまた、ニュータントウィルスで得た正義の力を励起れいきさせようとしていた。

 静かに爪弾冥夜ツマビキメイヤが見守る中、狂月が変身する。

 ベルトは凍れるような声で『るしふぁ』と呟いた。


「……トランスフォーメーションッ!」

『ぶらんく』


 スーツ姿を食い潰すように、白い装甲が狂月を覆った。その姿は、けがれを許さぬ無慈悲な純白……白亜に輝く魔人だ。

 魔装探偵まそうたんていアラガミオンは、左手を軽く振って身構える。

 二大ヒーローの本気の変身。

 それは連児には、心なしか先程より強い覇気を感じさせた。

 そして、冥夜も動き出す。


「……スバル、頼まれてくれるかしら?」

「はい、喜んで」

「ちょっと一撫ひとなでしてきて頂戴ちょうだい。それでするりと片付くわ」

「仰せのままに……ディー・ドリーム」


 華美な名門私立女子高の白い制服が、まるで死者をとむらう衣に見える。秘密結社アトラクシアで、最強の特醒人間とくせいにんげん……榊昴サカキスバル。またの名を【骸終一触ワンタッチ】。触れた全ては、一切合切が等しく死を迎える。

 そう、ただ触れるだけ。

 恐ろしいまでにあっけなく、生命を奪う死の触れ合いだ。

 昴は痩せた長身をゆらりと向けるや、シュランケンやアラガミオンに先んじて地を蹴った。連児とは比べ物にならない程に、強いニュータントの力が躍動する。

 あっという間に昴は、旋風つむじを巻いて見えなくなった。

 慌てて連児も、後を追う。


「おい、待てって昴! 真璃瑠、お前も来いっ!」

「ほいほーい。ってか、みーあちゃんが心配だしねっ」

「そういうこった! えっと、あんちゃんたちも! ヒーローなんだろ? 俺らアトラクシアの前に、やべえ奴がいるってことだぜ!」


 走り出す連児を見て、シュランケンとアラガミオンは顔を見合わせた。

 表情のないヒーローの仮面は、互いに不敵な笑みを浮かべている。

 それが連児には、不思議とわかった。


「と、言うわけだけど……大五郎君改め、シュランケン。どうだい?」

「まあ、異論はないかなあ。狂月さん。アラガミオンと俺とで」

「ああ……少しこの公園を脅かす敵がシンプルになったみたいだ」

「なら、共に戦いましょうか。俺は……友人たちの場所を、守りたい」


 二人の声を背中で聴いて、連児は全力疾走で昴を追う。

 だが、悲しいかな戦闘員レベルの力では、引き離されるだけ。あっという間に昴は見えなくなった。隣では真璃瑠が、余裕の笑顔でぽてぽてと追い抜いてゆく。

 そして、息を荒げる連児は見た。

 公園の入口で身構える、マジカルみーあの姿を。

 既に変身を終えた魔法少女は、油断なく敵に向かっている。

 その先にいるのは……恰幅かっぷくのいい大男だ。悪趣味なスーツは蛍光ピンクで、それも内側からの脂肪でパンパンに膨れ上がっている。

 そして、肥満体のむくんだ顔には、憎悪の表情が浮かんでいた。

 何者かと連児も警戒すると、背後で声が響く。


「おやあ? これはこれは……随分と弱い力のニュータントもいたもんですねえ? アトラクシアは、よほど人材不足と見える。我らがアクゥーが少し、逸材を派遣しましょうか?」


 振り向くとそこには、戦慄の姿が立っていた。

 世界を巻き戻す前、自分を盾に三大ヒーローと戦い、そのまま自分を殺した男だ。白いスーツ姿は、冷たい微笑で顔を凍らせている。

 即座に連児は、察知した。

 黒幕は、コイツだ。

 ならば、コイツをやる……逃さずブチのめす!

 ――


「手前ぇ、さっきはよくもやってくれたな! だが、今度はそうはいかねえ」

「おやあ? なんの話でしょうか……無価値なくずは人材登録されてないんですよねえ。アクゥーの名簿にも、私の記憶にも」

「ギッタンギタンにしてやるぜ! 俺が! ……俺が、好きな奴を一緒に好きな、アトラクシア最強の特醒人間、【躯終一触】がな!」


 マジカルみーあと並んでいた昴が、嫌そうな顔で振り返った。

 真璃瑠が「えー、そうなの? やっぱ昴ちゃん、そうなの!?」と好奇心丸出しな笑みになる。

 だが、嫌々といった態度を露骨に現しながら、溜息を零して昴はやってきた。

 彼女が触れる時、全ては生命活動を終了する。


「……連児。声が大きい。それは……エンプレス・ドリーム様への想いは、私の、私だけのごと

「わかってるぜ、昴!」

「本名を叫ぶな」

「おっと、そうだった! ワンタッチ! やっちまえ! 触り殺してくれ! モミモミさわさわ、やってくれ!」

「すごく、嫌だ……だが、エンプレス・ドリーム様の敵は……残らず、ほふる」


 刹那せつな、昴の輪郭が揺れてぶれる。そして、にじむように消えた。残像を残して跳躍した彼女は、高速で白スーツの男に迫った。

 だが、彼女が振るう死神の力が空を切る。

 長身でスラリと手足の長い、少年のような昴。

 そんな彼女をも上回るリーチが、男にはあった。

 男はゆらりと手を伸べて、昴に触れていた。

 ワンタッチと呼ばれる最強のニュータントが触れる前に、逆にその平な胸に触れたのだ。

 いつもの物静かで凛々りりしい表情を、昴が僅かに歪める。


「フフフ……最強の一角と言われる【躯終一触】の力……ワンタッチ。貴女のデータは、我らアクゥーでもしっかりと調べさせていただきました」

「こいつ……私の胸に触れていいのは、エンプレス・ドリーム様だけだっ!」

「おお怖い。でも……知っていますよ? 触れた全てに死をもたらす力。それは、。先に触られた時点で、貴女の負けです」

「! ……何故それを」

「侮らないで欲しいですねえ。我らアクゥーの真の目的の一つ……の力を」


 ――ニュータント・グリモワール。

 男は確かにそう言って笑った。

 心胆を寒からしめる笑みだ。

 そして、昴の意外な弱点に連児は凍りつく。あの絶対無敵の昴が、ただの少女のように立ち尽くしていた。そのまっ平らな胸へ手を押し付け、ニイイと醜悪な笑みを男は浮かべている。

 瞬間、連児は怒りで己を爆発させた。


「手前ぇ! 女の子の胸を……おっぱいを触るんじゃねえっ! うらやましいっ!」


 考えもなく殴りかかった。

 そして、握った拳が炸裂する。

 拳そのものが破裂する。

 男の顔面を囚えた鉄拳が、骨と肉とを砕けさせる。手首そのものがグズグズに壊れて、腱がブチブチと裂ける音を聴いた。

 男は身動きせず、避けることすらしなかった。

 ただ、激昂に殴りかかった連児は、弱い自分の力で弱すぎる己の肉体を壊した。

 言葉にならない痛みで、それでも連児は拳を押し込む。


「昴はぁ、俺と同じでっ! 俺と一緒でっ! あいつが、エンプレス・ドリームが、大好きなんだよおおおおおおっ!」

「なんですか、それは? ワンタッチはエンプレス・ドリームの腹心、最強の駒では」

「そういう風には、あいつは……俺の女は、仲間を見てねえ!」


 グシャリと肘から先が痛みで包まれ、痛みそのものとなってひしゃげた。

 ようやく男から離れた連児は、着地と同時にうずくまる。

 その背は、頼もしい声を既に聴いていた。

 連児のような弱き者、牙を持たぬ者に変わって牙を剥く……悪から全てを守って戦う、ヒーローの声だった。


「やるじゃないの、少年。熱いねえ……嫌いじゃないのよ、そういうの」

「狂月さん、いや……アラガミオン。あの太ましい人は、地上げ屋だ。表向きは土建屋だけど、あちこちでアコギな商売をしてるケチな悪党だね」

「オーケー、シュランケン。あっちの薄気味悪い奴は俺がやる。おデブちゃんを頼めるかい?」

「任された……さて、ほどよく酔も回ってきたし、最後の出し物といきますか」


 アラガミオンとシュランケンが、連児を挟んで立つ。

 二人の間で連児も、熱い痛みに痺れる身を起こした。

 その視線の先で……不意に巨漢の男は肥満体を膨れさせる。まるで風船のように膨張した肉体が、見る間に異形へと姿を変えた。

 そして……昴から離れた白スーツの男もまた、全身から鋭い殺気を放つ。

 だが、連児は臆することなく敵を睨み返した。

 左右で気持ちを支えてくれるヒーローの存在が、彼の若い血潮に勇気を注いでいた。

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