第10話「今、すべてがパーに」

 真逆連児マサカレンジの異能の力、【残気天翔エクステンダー】。

 手の甲にカウントされた命の数だけ、死に戻るニュータント能力だ。

 だが、初めて連児は見た……あの爪弾冥夜ツマビキメイヤ以外に、未来から過去への逆走を知覚した人間を。正確には本人もよくわかっていないのかもしれない。

 それでも狂月は、確かに言った。

 連児が自分の記憶以外を巻き戻したことを。

 そのことは今後脅威になる、それは馬鹿な連児でもわかる。しかし……周囲の状況を見渡せば、今はそれどころではなかった。


「うおーい! ノッポのねーちゃん! こっちにもいでくれよ、酒だ酒!」

「いいねえ、べっぴんさんだねえ! 色気はねえが、もっと笑ってくんねえかな、ガハハ」

「大五郎ちゃんも飲んでるー? ガハハ、やっぱ店で買ってきた酒はうめえなあ!」


 今、駅前の公園では盛大に酒宴が催されていた。

 冥夜がポケットマネーで購入した酒とさかなとが、人の手から手へと渡ってゆく。それは笑顔を連鎖させて、この場所のホームレスたちに朗らかな笑い声を響かせていた。先程から冥夜のボディーガードにして最凶の特醒人間とくせいにんげん、あの【骸終一触ワンタッチ】の榊昴サカキスバルがおしゃくをして回っている。

 その彼女が気にする背後へと視線を滑らせれば……そこだけ異様な雰囲気があった。

 輪を作っての宴会を見守り、ベンチで離れて座る一組の男女。

 冥夜と狂月キョウゲツは、闇夜と朧月おぼろづきのように並んでいる。

 二人の会話は、不思議と騒ぎの中でよく聴こえた。


「アトラクシアのエンプレス・ドリームが女子高生たぁ……参ったね」

「私も驚いているわ……こんなに危険なヒーローがいるなんて」

「いやいや、俺は人畜無害、しがない探偵さ。ただ……悪事は少し、見過ごせない」

「悪事ではないわ。

「そうなの?」

「ええ」


 まるで賢者と賢者の禅問答ぜんもんどうだ。

 連児はコーラを飲みながら、二人のことを見守る。

 すると、背後からガシッ! とひっつかれて、甘い匂いが首に抱きついてきた。


「ねね、連児。なに飲んでるの?」

「ああ? なんだ、真璃瑠マリルか。見りゃわかんだろ」

「その黒い液体は……コーヒー! もしくは、醤油!」

「ボトルに書いてあんだろ、コーラだよ! ええと……ミー、ティーエス?」

「メッツだよ、メッツコーラ」

「おう、それだそれ」


 真逆連児、どこまでも頭の弱い馬鹿だった。

 そして、伊万里真璃瑠イマリマリルは頭脳は高校生、実際は中学生、身体はギリギリ小学生だった。そんな彼女のいつものスキンシップに負けて、張り付かれながら連児は目を凝らす。

 それは、周囲の老人たちに一升瓶を持って接する昴も一緒だ。

 我らが首魁しゅかい、エンプレス・ドリームこと冥夜が、ヒーローと一対一だから。

 なにかあれば連児は、すかさず飛び込んで冥夜を守る。

 なにがなんでも守ってみせる、そういう気概きがいだけは確かにあった。

 だが、緊張感がないのは真璃瑠だけではなかった。


「そう怖い顔しなくても大丈夫じゃないかなあ? ええと、連児君、だよね?」


 缶ビールを片手に、気付けば隣に一人の青年が座っていた。

 気配を全く感じさせないのは、彼自身が周囲に馴染んて溶け込んでいるから。喉をゴクゴク鳴らしてビールを飲むと、彼は気持ちよさそうに長い溜息を声に重ねた。


「やっぱりお天道てんとうさまの下で飲むビールは美味しいねえ。で、だ」

「えっと、あんたは」

「俺は大五郎ダイゴロウ寶大五郎タカラダイゴロウだ。……あの二人が気になるかい?」

「え、あ、まあ、その。とりあえず、あの探偵……そうとうやばいぜ。マジやばい」

「そうかなあ? ま、俺も驚いたけどね。夢幻むげん女皇帝じょこうていは女子高生だったのか」


 全く警戒心を見せないが、大五郎もニュータント、それもヒーローだ。それを先程見たから、連児は素直に接することができない。

 しかし、多くの者たちがそうであるように、彼も前回の記憶を持たない。

 死に戻りで世界を巻き戻した時、記憶を維持しているのは連児と冥夜だけ。だが、そのイレギュラーな人物がもう一人増えたのだ。それも、ヒーローとして。

 ベンチを見守る連児は、真璃瑠が差し出すままにチョコやラムネをバリボリ食べつつ、ゆくすえを見守る。一触即発いっしょくそくはつのムードにしては、冥夜も狂月もいやに落ち着いて穏やかだった。


「とりあえず……この公園の今後についてだけ聞こうかなあ。調べはついてるんだけど、土地の買収に動いた会社、かなりブラックだね。違法な政治献金に根回し、強引な地上げに不当な取引とまあ……派手にやってる」

「知ってるわ」

「で、そいつらが公園を潰す資金を、お前さんとこのアトラクシアが吸い上げてる訳だ」

「そうよ。一つ教えてあげるわ、探偵さん。悪は悪事を働かないの。悪事に人を働かせる者こそ、真の悪だわ」


 今、アトラクシアはこの公園を潰そうとする企業と結託している。しかし、その企業から資金を吸い上げつつ……本当は地上げするつもりなど毛頭ないのだ。申し訳程度に戦闘員をたむろさせてみて、その実スポンサーである企業の根腐れを促している。

 冥夜にとって、悪事は手段ですらない……選ばないし使わない。

 彼女はただ、悪として人を使い、従え、使い捨てるのだ。

 だから、彼女は狂月を見据えてはっきりと明言する。


「アトラクシアは全てのヒーローを抹殺するわ。……ただ一人を残して」

「怖いねえ。っと、リリス。まだ黙っててくれよ? 肝心のことを聞いちゃいない」


 狂月は左手を抑えつつ、不敵にニイイと笑った。

 それは、見守る連児の心胆しんたんさむからしめる。まるで野獣のような、地の底の魔王のような笑みだ。表情こそ変えないが、冥夜はわずかに気圧けおされて息を飲む。

 狂月はゆっくりと、確認するように言い放った。


「その、残すべき一人が……お前さんの大切な人かい? そうなんだろう?」


 瞬間、連児は心の中でガッツポーズに飛び跳ねる。

 そう、それだよそれ、ナイスだ探偵のあんちゃん! 大喝采で拍手ものだ。それが連児は知りたかった。日頃から冥夜の周囲にちらつく謎の影……彼女が唯一、生きてていいと許したヒーローがいるのだ。

 それが誰なのか、連児は気になってしかたがない。

 恋敵だと勝手に決めつけて、彼は真璃瑠をぶらさげたまま意気込む。

 そして……冥夜が右目の眼帯を引っ張る。

 顕になる真紅の瞳が、狂月をめつけた。


「……そうよ。彼こそが本当のヒーロー、唯一ヒーローでいていい人間。そう望んでる彼のために、私は全てのヒーローを狩り尽くす。その可能性を全て、刈り取る」


 その美しい声音は、言葉の刃となって狂月に吸い込まれた。

 だが、狂月は動じた様子も見せずに肩を竦める。


「お前さんは……大事な人をひとりぼっちにする気かい? それは、悲しいことだねえ」

「私がいるわ。悪である、対なる私が。ヒーローは孤独、そして孤高よ。ウルトラマンも仮面ライダーも、常に一人で戦ってきた」

「最近じゃ仲間のライダーが沢山出るし、ウルトラマンは大家族だろう? そもそも、スーパー戦隊はいつだってチームじゃないか。あれ? 最近のは見ない?」

「ええ。あまり好きじゃないわ」

「そいつはもったいない。あとでオススメをメールするよ。アドレス、いい?」


 狂月が携帯を取り出し、へらりと笑う。

 抜き身の刃のような凄みがあるかと思えば、柔らかに微笑むこともできる。

 そんな狂月を前に、冥夜はパチン! と眼帯を手放した。

 そして、自分の携帯を取り出し赤外線通信に応じる。

 連児を強烈なショックが襲った……冥夜のメアド、めっちゃ欲しい! こうなったら狂月に、いや狂月先生に聞くしかねえ! くらいに思って、それも悔しくてアレコレちびりそうだった。


「そうか! ああしてメアドを聞けばよかったのか……メアド欲しさに俺ぁ、何度死んだことか。俺にできないことをさらりとやってのける! そこに痺れる憧れるっ!」

「あ、連児ー? 冥夜ちゃんのメアド欲しいの?」

「おっ、真璃瑠。お前、イイ奴だな! ついでに電話番号とスリーサイズも頼む!」

「わはは、おっしえなーい。……はれ? ほれれ? 今の……みーあちゃん? かなっ?」


 不意に、背中にのしかかている真璃瑠が視線を巡らせた。

 その先に、真璃瑠と同じ中学の制服を着た少女が歩いている。強い歩調でしっかりとした足取りだ。そして、彼女の行く先を見据えて、隣の大五郎も立ち上がる。

 それは、この大宴会の活況の中、一部の人間だけが気付いた異変だった。

 そして、その中に連児は含まれていない。

 冥夜と狂月も携帯から目線をあげて、同じ方向を見詰めていた。


「……やべえ空気だな。なあ、巻き戻って別の方向に……ゲームだと、セーブした場所から違う選択肢を選ぶと、世界はどうなる? お前さん、知ってるんだろう? エンプレス・ドリーム」

「その先には無限の可能性が分岐しているわ。私にはその全てが見えるけど……貴方は、探偵さんは左手で感じているんでしょう?」

「まあ、な。なら、行くしかねえか」


 なにかが変わった。空気が、違っていた。

 大五郎は腰のとっくりを手に、ホームレスたちの輪の中心へと躍り出る。その足取りは、とても酔っ払った人間の者とは思えない。

 盛り上がって手を叩くホームレスたちを他所に……なにかが再び始まろうとしていた。

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