第9話「もう、なんどでもデジャ・ヴ」
記憶はそのままに、全ての事象が過去の一点に再構成された。
気付けば連児は、例の駅前公園に出勤する前の時間帯へと顕現する。全身が刺し貫かれた痛みは、もうない。だが、その苦痛を今もはっきりと記憶している。
そして、手の甲の数字が一つ減ったのを確認して、周囲を見渡した。
「っし! これは……まだうちの班が公園に集まる前だな? ……っべーな、ヒーローが三人にアクゥーのニュータントもかよ。因みに確か、前回の俺は――」
連児が、記憶の糸を
不意に背後に気配が立って、自然と振り返る。
手を伸ばせば届きそうな距離に……一人の男が立っていた。
その男は、黒いスーツ姿で語りかけてくる。
「前回は、君は……仲間たちとの集合時間まで、そこのスタバでコーヒーじゃなかったかな? どうだい、合ってるだろう?」
「あー、そうだ! そうそう、って……あ、あんたっ!? な、なぜここにーっ!?」
そこには、魔装探偵こと
変身前だが、確かに間違いない。
ただ、彼は彼で少し戸惑っているようだった。
「ええと……君、アトラクシアの戦闘員……らしいよね?」
「はあ、まあ。って、その手は食わないぜ、あんちゃん!」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか……うん、手は食わせられないさ。その手が……大事な左手が、そう言ってるんでね」
狂月は何故か、彼自体が言ってる意味をわかっていないようだ。ただ、まるで誰かにそう言えと促されたかのように、言葉を続ける。
「まあ、かく言う俺もニュータントでね。……それも、ちょっと特殊な」
「知ってるぜ、魔装探偵アラガミオン!」
「げっ! どっ、どど、どうしてそれを!?」
「フッ、戦闘員28号こと真逆連児に不可能はないっ! ……き、決まったぜっ!」
「あ、そういう君は真逆連児君ね。ほうほう、戦闘員28号と……メモメモ。あ、写真いい?」
「ういーっす、じゃあこんな感じで一つ……って、おいこらー!」
携帯を取り出しメモってから、狂月がとぼけた表情でカメラを向けてきた。思わずキリリと真顔でポージングしてから、慌てて連児は詰め寄る。
だが、狂月は携帯をいじりつつ、左手をかざしてきた。
無言の圧力で、思わず連児は立ち止まる。
否、硬直する……身動きが、できない。
まるで、狂月とは別のなにかが宿ったかのように、彼の左手が強烈な覇気を放っていた。それはどこか凛として澄み切っているのに、人間ならざる力を感じさせた。
そして、狂月が喋り出す。
「俺も実は、よくわからなのよねえ。ただ……俺の相棒が、左手のリリスが言っている。ここを今から、時間を逆行して復活するニュータント、【
「なっ……そ、それは!?」
「彼女はなんでも御存知なのさ。経験、ないかい?」
狂月は左腕の袖をまくってみせる。手の平と同様に、白い包帯が厳重に巻かれていた。
まるでなにかを封じて
彼はその左腕をしまうと、喋り続ける。
「実は、ちょいとこの先の公園に用があってな。アトラクシアがアクゥーとつるんでなにを……調べてるうちに、地上げの話も聞いちまったしな」
「じゃあ、あんたは」
「ああ。俺は正直、今も訳がわからんがね……ただ、俺の左手は嘘はつかねえ。そう、先代の狂月から言われてるんでね」
「先代の? じゃあ」
「俺の名は
「源氏名みたいなもんか! それとも、ハンドルネーム!」
「……ま、まあ、いいか。そーゆー感じだ。君が理解できる範囲で構わないヨ」
狂月はそう言って、自分から緊張を解く。どうやら戦う意志はないようだ。
そして、それは結果的に連児にとって救いだった。
まともに戦っても勝ち目はない……アラガミオンはそういう相手だ。そして、連児は既に命のコンテニューを多用するわけにもいかない。アラガミオンの強さを覚え切るには、もっと大量の命のストックが必要だった。
焦る連児の前で狂月は肩を竦めると、やれやれと首を横に振って笑う。
「ま、ニュータントウィルスに関しちゃわからないことも多くてね。その辺はもしかしたら、そっちのお嬢ちゃんの方が詳しいんじゃないかい?」
「えっ? そっちのお嬢ちゃんって……ほっ、ほああああっ!?」
連児が驚きに声を張り上げる。
振り向いたそこには、行き交う往来の誰もが振り返る美少女が立っていた。
長い長い漆黒の髪。
右目を覆う、白い眼帯。
彩りを忘却したかのような、モノクロームの女の子。身にまとう有名私学の御嬢様女子校の制服ですら、元から華美なデザインがまるでドレスのようだった。
そこには、何故か
宴会の流れとは、全く違う……スタバでお茶どころではない。
冥夜は静かに、凛として涼やかな声を響かせた。
「連児君、ご苦労様。もういいわよ。さっき、
「へ? そ、それって?」
「連児君のせいよ」
――連児君のせいよ。
何度も冥夜の声が、連児の頭の中でリフレインした。
その言葉は勝手に尾ひれ背びれがついて膨らみ、都合よく解釈され始める。
「そ、そっか……俺のせいか!」
「そうよ」
「俺のせいか、そうかあ! 俺のせいで冥夜はいてもたってもいられず出てきたと!」
「まあ、そういうことになるわ」
「へへっ、なんだよ冥夜……もっとこっちこいよ。二人の一日は夜までまだ長えぜ? そっかー、参っちまうなあ。そうかそうか……俺のせいで
だが、勝手に妄想を広げる連児を無視して、冥夜は静かに視線を横へと滑らせる。
そして彼女は、右目を覆う眼帯を片手で小さく引っ張った。
鮮血のように真っ赤な瞳に、狂月が映り込む。
狂月もまた、震える左手を抑えながら冥夜に相対した。
「……ただもんじゃないね、お嬢ちゃん。こいつは……なるほど、リリス。この娘が」
「魔装探偵アラガミオン、狂月の名を継ぐ者。私と同じ力、あらゆる異能の理解と把握を
「参ったね、こりゃ。……やるかい? エンプレス・ドリーム」
「貴方が戦いを望むならば。貴方の広げる無限の可能性を、一つを残らず全て……刈り取る」
ただならぬ殺気と殺気が渦巻きぶつかり合う。
二人は、互いのプレッシャーが広がる中で、その制空権同士が触れそうになる。
今、この瞬間に二人の間に分け入って割り込む者は……双方の繰り出す攻撃で即座に散るだろう。
だが、そんなことを全く考えないバカがいた。
連児は一生懸命迫力の顔を作って、ドスドスと狂月に歩み寄る。
「おうこら、あんちゃんっ! 冥夜とやるだあ? 聞き捨てならねえぜ!」
一瞬、冥夜の殺気が緩んだ。
エンプレス・ドリームの本性を露わに仕掛けた彼女が、以外そうに目を丸くした。
狂月も、突然場違いな上に命知らずな連児に絶句する。
そう、連児は……弱い。
この二人の前では、圧倒的に弱いのだ。
それなのに、彼は自分や相手の力を知らぬままに声を荒らげる。
「よーく聞けっ、狂月のあんちゃんっ! ……冥夜はやらせねえ」
「……エンプレス・ドリームを守るのかい?」
「そうだっ! なぜならば……冥夜とやるのは、俺だ! 冥夜の処女は俺がもらうことになっているっ!」
場の空気が凍った。
重苦しい静寂が満ちる。
そして、冥夜は……ゴム紐を伸ばして引っ張っていた眼帯を、パチーンと自分の目に戻す。唯一の
そのまま彼女は……ツカツカと連児に歩調も強く迫る。
「……連児君。私の処女は私のもの、私が誰に
「おう! そいつぁいい、遠慮すんなよ。俺ならいつでもバッチコイだぜ!」
「あとで昴に殺してもらうわ。いつもより入念にね」
「おいおい照れるなよ、かわいいなあ……って、あぶねっ!」
咄嗟に連児が飛び退くと、背後には長身の少女が立っていた。冥夜と同じ白黒の可憐な制服だが、背が高く少年のように中性的だ。そんな彼女の隣には、小さな小さな少女が一緒だ。小動物のような彼女は、どこかで見たような制服を着ている。
確か、隣町の
「おーっす、連児ー! 今日も元気に死んでるかー?」
「……連児、お前……私のエンプレス・ドリーム様を。こ、殺したい…ッ!」
「わーっ、待て待て、待てって昴!
現れた少女二人組は、
表情を少し強張らせた狂月には、わかるのだろう……この二人が、【
そう、エンプレス・ドリームの正体を唯一知る、アトラクシアの幹部たちだ。
そして、彼女たちの背後から意外な人物が現れる。
「あ、昴ちゃん。真璃瑠も……俺が荷物、持つからさ。重いでしょ、缶ビールも酒も」
そこには……巻き戻った少し前の時間の
この時間、前回は公園の飲み仲間に会うために歩いていたのだが……今回はそこを冥夜たち三人組につかまったのだ。そして、前回のことなど知らぬまま……前回からの巻戻りを察して介入してきた冥夜が同行。不思議なことを言う黒髪の美少女が、有無を言わさず彼を連れてきて、ついでにコンビニに寄って酒を買わせたのだそうだ。
呆気にとられる連児だったが、狂月が小さく笑う。
「まあ……
「はあ。いや、なんで名前を」
「
「そう、だけど……なんか、お土産にお酒まで買ってもらっちゃったけどね。ただ、俺はなんとなく……只者じゃないことと、あともう一つ。ただの悪党でもなさそうだと思って」
そう言って目を光らせる大五郎も、恐らく知らない。
ここが、この世界線が連児の死で巻き戻った、二度目の……無限に派生して繰り返される一瞬の一部だということを。
あらゆる可能性の
そんなこんなで六人は、そのまま冥夜に促されて公園に向かうことになったのだった。
そこは、前回と違ってアトラクシアの戦闘員がいない平和と……前回とは違う方向と流れになった故の、恐るべき戦いが待ち受けているのだった。
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