第8話「三匹のヒーロー」

 全く気負きおった素振りも見せず、真逆連児マサカレンジこと戦闘員ゼロ号の前に立つ男。

 名は、狂月キョウゲツ

 探偵を自称する不思議な男だ。

 そんな彼が、連児の手にするベルトのようなものを指差し、静かに言い放った。


「さて……始めようか? それ、返してもらうよ。変身するからサ」

「やっぱ、あんた……変身型のヒーローかっ!」

「そゆこと。アトラクシアは最近、怪人派遣アクゥーと契約してるでしょ? 色々厄介なのよね……ここらでいっちょ、大掃除といきたい訳だが」

「なら、捨て置けねえな。エンプレス・ドリームの敵はっ、俺の敵ぃ! 全部が全部、恋敵こいがたきだっ!」


 遠くではまだ、冥帝シュランケンがマジカルみーあと戦っている。どうやら大いに盛り上がっているようで、結構なことだ。

 そして、ここでもまたニュータント同士の戦いが始まろうとしている。

 余裕たっぷりの狂月は、無造作に歩み寄るや手を伸ばした。


「さ、それ返して。それとも、なに? 置いて逃げるかい?」

「上等ぉ! ……って、なあ。あんた、これがないと変身できないんだよな?」

「ン、まぁね。って、まさか……ちょ、ちょっと待ったぁ! ストーップ!」


 思い出したように狂月が慌てた、その時にはもう遅かった。

 連児は振りかぶって、思い切り背後へとベルトをブン投げる。


「全盛期のイチローばりのぉ、レェェェザァァァッ! ビィィィィィムッ!」

「ああ、待って! 投げちゃ駄目だって!」


 ニュートラルウィルスで強化された肉体が、豪速球の如く空の彼方へとベルトを投擲とうてきする。

 青い空の下へとキラリ光って、狂月の変身アイテムは消えた。

 かに、思われた。

 だが、次の瞬間には鈍い悲鳴が響く。

 そして、目の前に二人の男女が降りてきた。

 その片方は、どうも落ちてきたという風体だが、立ち上がる。

 先程の酔っぱらい、泥酔でいすいして変身した男……冥帝シュランケンだ。彼は、顔面を直撃したベルトを手に、ふらりと連児に、そして狂月へと振り返った。


「……これ、投げたの……誰? 俺がかばわなかったら、みーあちゃんに直撃だったんだけど」


 そして、背後で口元に手を当てオロオロしてるのは、そのマジカルみーあだ。


「だっ、大丈夫ですか? シュランケンさん、顔面に今……」

「あ、いや、女の子に当たらなくてよかったけどね。ぶっちゃけ、結構痛い……こゆの、駄目だよね。酔いが覚めちゃうからね」


 どうやら二人の激突は、この公園全体に広がっていたようだ。そして、連児の投げたベルトは不幸にも、バトル中だった二人に当たってしまったらしい。

 シュランケンはマジカルみーあの無事を確認し、肩を竦める狂月を見て、最後に連児を見た。その瞳は、酒精を招いて定まらぬ中で、あらゆるものを見据えたかのように真っ直ぐだ。

 気付けば連児は、半歩後ずさりして身構えていた。

 シュランケンは小首を傾げつつ、連児を指差し狂月と言葉を交わす。


「えと、お兄さんは。どこかで見たような……」

「まあ、この街じゃちょいと顔でね。狂月ってんだ」

「ああ、探偵さんの。飲み友達のゲンさんが、よく話してたよ」

「そうかい? まあ、機会があったら俺も一杯付き合いたいね」

「ぜひぜひ……で、彼? あれ、あかい……レアキャラ? 戦闘員の」

「リオレウス希少種的なやつじゃないか、って」

「ああ。なんかレアアイテム落とす系の。で……これは」

「あ、それは俺の。いい?」

「ほいよ」


 あっさりと狂月の手に、変身アイテムは戻ってしまった。

 そして、連児は最悪な瞬間を迎える。

 さっきから熾烈なバトルを演じてはいたが、基本的にシュランケンとマジカルみーあの間に遺恨はない。先程のバトルは激しさの中に、見るものを魅了する弾んだ気持ちが見て取れた。じゃれあい力を試し合うような、純粋な戦い……否、闘いだ。

 そういう二人と、狂月と……三者三様に連児を見ている。

 うん、

 これ、詰んでるわ。

 ヒーロー一人分の力もない連児に、三人がかりは無理ゲーだった。加えて言えば、死んで覚えようにも残機が圧倒的に足りないし、連児は知っている。

 この手のヒーローは皆、末端の戦闘員を殺したりはしない。

 彼らは皆、むにまれぬ事情でしか、人をあやめない。悪の怪人でも一緒だ。


「えと、じゃあ、まあ……あとは若い者同士ということで。俺はこのへんで――」

「おっと、少年。いいから見てけ、ここからが本番だぜ?」


 そう言って狂月は、例のベルトのバックルを腰に当てる。

 不気味な、それでいて荘厳な声が『るしふぁ』とささやいた。

 そして、狂月の声に呼応するように輝き出す。

 刻まれた蝙蝠こうもりの意匠が、瞳をかっと開いた。


「……トランスフォーメーション」

『ぶらんく』


 そして、ベルトを中心に光が走って狂月を包む。眩い閃光の中で、スーツ姿が白い装甲に包まれていった。

 あっという間に連児の前に、三人目のヒーローが現れる。

 白亜の魔人は、左腕を気にした様子で軽く振って、マジカルみーあやシュランケンと共に連児の前に並び立つ。その姿は正しく、荒ぶる神の化身……神秘的な威厳を象る、白き戦士だった。


「人呼んで、魔装探偵アラガミオン……覚悟はいいかい? レアキャラ君」

「え、えと、じゃあ! 魔法少女マジカルみーあっ! リリカル、マジカル、悪を狩るっ!」

「あー、うん。ども、冥帝シュランケン……とっくに出来上がってるぜ?」


 ズシャリと三人が身構え、その正義の心が連児に殺到する。

 やる気満々、勇気凛々ゆうきりんりん

 どう見ても詰んでいた。

 だが、どうにかして逃げようとする連児の背後にも、ゆらりと不気味な気配がよどむ。それは、シュランケンとマジカルみーあの対決を追ってきた、仲間の戦闘員たちではなかった。既に野次馬と化した仲間たちは今、黒尽くめの装束でこちらを指差している。

 お前らも働けよと思ったが、ゆるーい雰囲気が連児たちの班の特色だ。

 そこが気に入ってるし、顔も名も知らぬ仲間に怪我してほしくはない。

 だが、アトラクシアの戦闘員たちは、おっとり刀で駆けつけるや口々に叫んだ。


「ぜー、はー、ぜーはー! ふぅ、運動不足に全力ダッシュは効くなあ、って、あれ?」

「ヒーローが一人、増えてる!?」

「それより、あれ! 赤い……紅い戦闘員だ。レアキャラ?」

「って、そこの紅いの! 気をつけろ、後! 後だ、うしろーっ!」


 そこで初めて振り向いた連児は、絶句する。

 この気配……アトラクシアで言えば、強い能力を持つ特醒人間とくせいにんげんに匹敵する。

 突然、連児の太陽から引きずり出された影が、膨れ上がった。

 連児の影から、突然現れたのは……殺意と敵意。


「探しましたよ……魔装探偵アラガミオン。そして、冥帝シュランケン。ついでに、マジカルみーあ」


 すかさずマジカルみーあが「私はついでかっ!」とツッコミの声をあげたが、それ以上動けない。声が出るだけ、流石はヒーロー、噂の魔法少女だけはある。

 連児など、影から這い出た男の声に、金縛りにあっているのだ。

 強力な害意の固まりが、周囲の全てを戦慄で沈黙させていた。

 そんな中で、シュランケンとアラガミオンだけが平気そうにしている。

 二人は油断なく構えつつ、顔を見合わせ言葉を交わす。


「えっと、アラガミオンさん、でしたっけ? あの人は」

御同輩ごどうはいに見えるかい? ま、同じニュータントなんだろうけどね」

「……やな感じ、ですよね。臭うんだよなあ、プンプン臭う。悪党の臭いだ」

「同感だね。ちょいと以前から、俺の相棒……というかまあ、依頼主でもある女の子を狙ってるのさ」

「なるほど、じゃあ」

「やっちまおう、ってなるわな」


 次の瞬間だった。

 不意に背後の男は、着込んだ白スーツをひるがえしてポーズを取る。

 たかだかと天にかざした両手から、白い糸のようなものがほとばしった。それは男を包んでさなぎのように覆い尽くすと……純白の怪人がゆっくりと動き出す。

 振り返ることすらできず硬直していた連児は、背後から頭を掴まれた。

 そのまま持ち上げられて、なすすべもなくアラガミオンとシュランケンに突き出される。

 背後の声は、まるで地獄の底から湧き上がるかのような冷たさだ。

 凍れる炎というものがあったら、こんなふうに燃える音が聴こえるだろう。


「我らが怪人派遣アクゥーでは、戦闘員の派遣もしてますのでご安心を。……はて? 紅いのはなんでしょうね。レアキャラ、的な? まあいいでしょう。単価も安いですし、こうして盾にするなどの使い方も……ククク」

「な、なあ、シュランケンさんよ。どうする? さっき、トイレットペーパーの恩義があってだな、ちょっと、その」

「いやあ、これは……やな感じだなあ。……本当に切れそうだぜ、俺ぁよう。どこの誰だか知らないが。蛹野郎。道理も仁義もねえ悪なんざ、こっちも加減できないぜ?」


 シュランケンの飄々ひょうひょうとした態度が、豹変する。そのゆらめく全身から発散する酒気が、怒りの闘気へと昇華してゆく。

 そして、アラガミオンもまた、軽薄でどこか親しみのある声を脱ぎ捨てていた。

 それは、二人の背後でなんとか前に出ようとピョンピョン跳ねていたマジカルみーあも同じである。


「ちょっとー、私も! 私も、なんか言う! えっと……そ、そうよ! 仲間を盾にするなんて最低っ! 先手必勝……マジカルアームッ! んでっ、ロケットパーンチッ!」


 マジカルみーあのマントが、突如巨大な拳へと姿を変えた。

 ――魔法(物理)、正しく物理魔法である。

 彼女は重そうな鉄拳を押し出し、射出する。

 当然、蛹男は連児を盾に、火を噴く鉄槌を正面から受け止めた。

 この時点で連児、瀕死である。骨がぐずぐずになって、内臓がぐしゃぐしゃになる感触だけは、何度味わってもなれるものではない。そして、遠くなってゆく意識の奥底で、かろうじて外の声を拾う。

 不鮮明な反響でたわむ歪な声は、マジカルみーあの悲鳴だ。


「あーっ、戦闘員さんを盾に! なんて悪い奴っ! ……ね、ねえ、アラガミオン。シュランケンさんも。今の、ちょ、ちょっと……失敗かな」

「うん、凄くね」

「かわいそうに……直撃だったね」


 だが、連児にはわかっている。

 マジカルみーあのロケットパンチは、炸裂する瞬間に手を開いていた。自分を救おうと、器用な指の動きを見せていた。

 そこに、背後の蛹男は全力で連児を叩きつけ、すり潰し、こすり付けたのだ。

 そして、まだ連児を手放さずに笑っている。


「じゃあ、次はこちらの番です。いやあ、手出しを躊躇ちゅうちょしていますね? 敵である戦闘員すら、できれば殺したくないと思ってますね? その甘さが、貴方たちヒーローの弱点だ。敵の命を気遣うから……自分の命すら守れないっ!」


 男は、盾にした連児ごと、その背後から三人のヒーローを攻撃した。

 連児を刺し貫き、無数の糸が三人のヒーローを襲う。散るように三方向に回避した三人を追って、糸は意志ある触手のようにしなってうなった。

 周囲ではよせばいいのに、仲間の戦闘員たちが市民の避難を手伝っている。

 ヒーローバトルから一片、怪人の登場で公園は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 そして、連児の心臓はようやく止まり……彼の本当の能力が発動するのだった。

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