第7話「魔装探偵はカミがない」
理想論は理想でしかなく、現実性を持たない。
そして、正論だけでは誰も救えない。
互いにわかって知った二人が
何故なら、二人はヒーローだから……酒に酔えども世に酔えぬ男と、よかれと思えば即行動なただの女子高生でも、ヒーローだから。アトラクシアの戦闘員たちが見守る中で、マジカルみーあと冥帝シュランケンの距離がゼロになる。
「みーあちゃん、手加減してくれないかなあ。でないと、こっちも本気になりそうだからさ」
「出来ない相談ですっ! 肌で感じるこの
「退かない?」
「退きません!」
それは、恐らく周囲の戦闘員たちも同じだろう。
両者は全速力でぶつかると同時に、互いが生み出す衝撃波で宙に舞った。マジカルみーあの魔力が嵐となって、シュランケンを巻き上げる。だが、激流に
――激突。
それはあたかも、アニメのコマ送りを並べたような、昇りゆく連舞。
疾風のドレスを
その風に揺れる柳のように、しなやかな身のこなしでシュランケンが
両者はまるで、地に足をつけてるかのような安定感だ。
本気と本気のぶつかり合うダンスに、戦闘員たちは目を見張る。
「くっ、これが高レベルのニュータント同士の戦いかっ!」
「見えねえ……戦いが見えねえよ!」
「俺たちに見えてるこれは、二人が残した軌跡、残像だ」
駅前の公園に突如出現した竜巻の中で、二大ヒーローが激闘を演じる。
しかし、不思議と殺意や敵意を感じない。
それどころか、見守る連児の身体を熱く焦がす、強烈な高揚感が胸の奥より湧き上がった。そしてそれは、周囲の戦闘員仲間も同じようだ。
「うおおっ、すげえ! これが……これが本当の、本物のニュータント!」
「俺たちアトラクシアの
「うおおっ、頑張れシュランケン! ……おう、どっちに賭ける!?」
「みーあちゃんに一万! 誰かオッズを作れ、急げよ!」
「押すな、押すなって! どっちが勝っても恨みっこなしだからな!」
これだ。
これである。
この馬鹿騒ぎが、アトラクシアの戦闘員、取り分け連児の所属する班の特徴だ。基本、皆が皆、副業やアルバイトで戦闘員をやっている。本名も素顔も知らぬ者同士だから、普段の暮らしや仕事なんか知らない。
連児だって普段は高校生だ。
基本、連児の班はお気楽な連中が集まっていた。
だが、皆が見上げて声援を送っているのは、ヒーロー同士のガチバトルである。
そう、ヒーロー……それは全て、連児の敵。
彼の恋路に立ちふさがる、無数の壁だ。全てを超えたり
皆が空を見上げて盛り上がる中で、そっと連児は後ずさった。
そのまま振り返るや、
向かう先には、公園にはつきものの公衆トイレがあった。
「二人同時に覚えられっか? いや、漁夫の利で行くぜっ! 勝った方を、残機の全てを使って潰す! 今日こそ俺は……冥夜のためにヒーローをっ、倒すっ!」
決意新たに、勇気を
彼が戦闘員のスーツを裏返す時、本来いない筈の男が現れる。
真紅のスーツに、ニュータント能力【
連児は勢い良くトイレに駆け込み、個室へと向かう。
管理の行き届いたトイレは清潔で、遠くにのどかな戦闘員たちの歓声が聴こえた。
「っし、行くぜぇ……今日こそ俺もっ、ヒーローを倒すんだ。そして、冥夜に褒めてもらって、あんなことやこんなこと、あまつさえあの暴力的なまでにけしからん乳であれこれを……ん?」
ふと、連児は奇妙な気配を感じて脚を止める。
一番奥の個室がふさがっていて、そこから異様な気を感じるのだ。
殺気や敵意ではない、むしろ気にとめる必要もない程に日常の光景……なにも不思議ではない。だが、秘密の変身を行うべくトイレに駆け込んだ連児の、秘密を持つ者特有の緊張感が辛うじて拾った、それは違和感。
なにが違和感なのかは、わからない。
ただ、わからぬなにかがいるという、違和感。
そして、身を固くする連児に声がかけられた。
「あー、悪ぃ……少年、ちょっとその……紙、取ってくれねえか?」
「……へ?」
「紙、切れてんだよ。困ってたとこに、ありがたいねえ……頼むよ」
「あ、ああ、いいッスよ」
連児は慌てて洗面台に駆け寄り、上の棚からトイレットペーパーを取り出す。日本の治安の良さと民度を無言で語る、予備の紙が手付かずで置いてあった。
一つ取り出して、奥の個室に戻る。
「上から投げるけど、いいスか?」
「助かるよ、頼む」
トイレットペーパーを投げ込むなり、隣の個室へ連児は脚を向けた。
だが、次の瞬間……奇妙な音が響いた。
まるで、銃の発砲音。
だが、硝煙の匂いは無い。
もっと乾いた、コルクを抜いたような柔らかい音だった。
振り向くと、ありえない光景が広がっていた。
「なっ、なんだ? 芯? トイレットペーパーの、芯……はっ、まさか!」
最奥の個室のドアに、穴が空いていた。
トイレットペーパーの
そして、連児を金縛りにする強烈な視線。
丸い穴から、真っ直ぐ強い
「ごめんな、少年。これも仕事でね……クエスチョンだ、戦闘員君。なに、恩人を手ひどく痛めつける趣味はないよ」
質問の形を取った声は、酷く落ち着いている。
それなのに、抗えぬ凄みがあって動けない。
動けばどうなるかを、無言で伝えてくる眼力があった。
「アトラクシアの
「あ、スンマセン。目しか見えないッス」
「お、おう。まあ、どう見えてもアレなんだが、探偵でね。色々と独自に調べさせてもらった。かなりの情報が掴めたよ」
「なっ……!?」
「まず……エンプレス・ドリームは、女だ。女の子だな、男じゃない」
「ア、ハイ」
「次に……若い女だ。少女と言ってもいい。マジカルみーあと同世代じゃないかな?」
「そうスね」
「次に、どうやらこれは重要な話になるが……バストサイズは96前後」
「加えて言うならEカップ」
「そうそう、それ! それだよ! ……で? 彼女の正体、知らない? 戦闘員君」
食えない男の声は、本気なのか冗談なのか読めない。
だが、連児は直感で察していた。
この男は、危険だ。
触らずにエンプレス・ドリームの、冥夜の美乳を知るなど、連児にしかできぬ芸当だと思っていた。因みに連児は一度、触れて揉んで揉みしだき、その手に張りと
その三秒後に即死したが、そこは【残気天翔】の能力がある。
巻き戻ってしれっとしていたら、冥夜から「次やったら消すわよ?」と
「あれ? でも、そういや……あいつ、俺の能力で巻き戻したこと、知ってんのか? いや、それより今は! 探偵さんっ! エンプレス・ドリームを探るってんなら、あんたは……俺の、敵だっ!」
「……流石にボロは出さないか。君、やるね。よほど質のいい戦闘員なのか、それとも……シンプルなバカなのか」
「強いて言えば後者だっ! ……へへ、照れるぜ。んじゃま……いっくぜええええっ!」
容赦なく連児は殴り掛かる。
たかだか戦闘員の腕力とはいえ、ニュートラルのウィルスに感染した人間である。常人とは比べ物にならない身体能力が
個室のドアが、内側から蹴り飛ばされる。
金具が綺麗に外れて、ドアが連児へと倒れてきた。
顔面から木の板に全速激突して、連児は情けなく「ぷぎゃ!」と悲鳴を噛み締めた。
そして、個室の中から男が現れる。
ドアを受け止めそのまま床とサンドイッチになって、連児は倒れた。
木製のドアに空いた先程の丸い穴から、男の姿が見える。
「悪いね、戦闘員君。俺の名は、狂月。しがない探偵さ」
丸く切り取られた狭い視界に、黒いスーツの男が立っていた。
だが、連児は危険を察した。
先程彼から動きを奪った目は、危険なまでに妖しい美しさで輝いている。
世界の宝石を砕いてまぶしたような瞳には、強い意思の光が宿っていた。
それを察した瞬間、連児はジタバタとドアの下で暴れ出す。
だが、片足を軽く乗せて踏んでるだけの鏡月は、力を込めた様子がまったくない。それでも、連児は縫い止められた標本箱の昆虫のように、身動きが取れなかった。
「さて……もう少し話そうか? エンプレス・ドリームの正体は?」
「誰が教えるかっ!」
「あ、知ってはいるんだ。ふーん、そうか」
「ヤッベ! くそっ、汚えぞ!」
「いや、勝手に喋ったんでしょ。その調子で言っちゃいなよ、彼女の正体は、誰?」
「冥夜のためだ、絶対に口は割らねぇ! 戦闘員舐めんなよ!」
「ほうほう、メイヤちゃん……冥府に夜、で冥夜かな? っとっとっと、おいおい」
不意に、狂月の表情が真剣味を帯びる。
それは、彼が見下ろす穴の下が、黒から赤へと変わるのと同時だった。
そして、下からトイレのドアが木っ端微塵に砕かれる。
狂月は微動だにせず、舞い散る木片を見もせずに避けた。
彼の靴を掴んで、真紅の影が立ち上がる。
「ありゃ?
「心配すんなよ、あんちゃん。俺はただの戦闘員だ……戦闘員、零号。エンプレス・ドリームのために戦う、愛の奴隷! 悪の尖兵! 戦闘員零号だ!」
咄嗟に連児は、床とドアとの隙間で着衣を抜いで、裏返した。それを再び纏えば、彼は死んでもただでは死なぬ、死に戻りのヒーローだ。
狂月は嬉しそうに頬を崩して、野性味のある笑みを浮かべた。
それは、温厚な
「面白いぜ、戦闘員君……久々に熱くなれそうだ。さて、それじゃあ」
狂月は不意に、腰の後からなにかを取り出す。
それは、妙にゴツいベルトだ。ベルトのバックルのようで、そのデザインは見るものを圧倒する程に
それを狂月は腰に装着。……しようとした。
そして、一瞬止まって、すぐに手放す。
突然
「……ま、ちょっと持ってて。手、洗ってくるからさ」
「お、おう。……って、なあ! これは!」
「んー? 変身ベルト、の、ようなもの。いやね、男は清潔感が第一よ? 戦闘員君だって、トイレのあとに手も洗わないような奴に殴られたくないでしょ」
「もう、足蹴にされてんですけど、さっき」
「まあまあ。ノーカンだよ、ノーカン」
手を洗ってハンカチを取り出し、水の
奇妙なベルトらしきものを持って、連児もその後を追った。
外ではまだ、マジカルみーあとシュランケンの苛烈な空中戦が観衆を魅了している。戦闘員たちは皆、呑気に声援を贈り、賭けを集まった一般市民たちにも持ちかけていた。好評のようで、サラリーマンのおじさんも子連れのおかーさんも、みんなワイワイ楽しんでいる。
そんな激闘を尻目に、誰もが気付かぬ秘められた戦いが始まろうとしていた。
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