対決!アラガミオンvsシュランケン

第5話「まほろばウェストゲートパーク」

 東京都であっても、23区ではない。

 都心であっても、都会ではない。

 町であっても、街中ではない。

 ないものだらけの町、まほろば町。

 真逆連児マサカレンジが顔と名を隠す時、この町が悪に満ち満ちる。超地球規模の非合法組織、秘密結社アトラクシア……その末端の構成員、戦闘員28号。それが彼のもう一つの姿。

 否、本当の姿かもしれない。

 そして、さらにその奥に真の姿が、ある。

 ……という設定を今考えた、格好いいから。

 だが、今日も今日とて時給1,500円の戦闘員28号として、連児はいつものチームで仕事をこなしていた。晴れ渡る空、うららかな午後の日差しは温かい。


「なんつーか、なあ……おやっさん。このスーツの黒って熱を吸う色だから、暑くないッスか?」


 額に汗する、という形容がぴったりな肉体労働。

 仲間たちと同じ真っ黒なスーツで全身を覆った連児は、陽気の中でリーダーを振り返る。仲間たちは皆、ほどほどの怪力でこの場所の遊具ゆうぐを壊し始めていた。

 ここは、まほろばウェストゲートパーク。

 要するに、まほろば駅西口を出てすぐの公園だ。

 遊びに来ている子供たちの奇異の視線を受けつつ、アトラクシアの戦闘員たちは遊具の破壊と撤去を行っていた。

 連児がおやっさんと呼ぶリーダー、この班の戦闘員1号が振り返る。


「いいかあ、28号! 今日はこの公園の清掃業務だ!」

「……めっちゃ破壊活動ですよね、これ」

「いいとこに気付いたな、28号。ぶっちゃけそうだわな、ガッハッハ! あ、因みにトイレはあっちな? 腹が痛くなったら一言かけてくれや」

「あ、ども」


 1号は多分、笑顔だと多分思う。顔は見えないが、唯一あらわな口元と両目が笑っていた。中肉中背の中年太り、肥満気味だが気がいいまとめ役が1号、通称おやっさんだ。その彼は今、常人が目を疑うような作業に従事しながら笑っている。

 1号はあっさりと両手で、ジャングルジムを引っこ抜いた。

 それをそのまま、まるでダンボールをたたむように小さく折り曲げてゆく。

 周囲の戦闘員たちも皆、ブランコやシーソーといったお馴染みの遊具を使用不能にしていた。遠巻きに見守る子供たちから、不思議そうに声があがる。


「ねーねー、アトラクシアのわるいひとでしょ? なんでこわしちゃうのー?」

「やっぱり、わるいひとだから?」

「わたし、しってる! オトナノジジョーってのだよ、きっと! フカコーリョクなの」

「なおちゃん、すげえ! むずかしいことしってんのな!」


 子供たちに緊張や恐怖は、ない。

 どちらかというと、遠巻きに見守る大人たちの方が戦々恐々せんせんきょうきょうとしている。

 彼らにはわかるのだ……悪の組織が今、市民のいこいの場を荒らしていると。そして、理解しているのだ。瞬く間にヒーローが駆けつけ、悪と正義の決戦が始まる。それは多くの市民たちにとって、『いいから他所でやってくれ』というレベルの戦いに他ならない。

 このご時世、ヒーローは珍しいものではなくなっていた。

 お人好しの正義感か、自己顕示欲の塊か、それとも善意をこじらせたか。

 そういう人種がだけがヒーローをやってる……そう思われている。

 概ねそうだが、連児は初恋の少女にして悪の首魁ドン、夢幻の女皇帝ことエンプレス・ドリームから聞かされていた。本当に恐ろしいヒーローは、そうした小さな存在ではない。その全てを持ちながら、さらに強い欲やこころざし、気持ちや想いを持った存在だと。

 だから抹殺すると、彼女は宣言した。

 世界の敵として戦うと、爪弾冥夜ツマビキメイヤは誓ったのだ。

 そんなことを思い出していると、1号は他の戦闘員たちに声を張り上げる。


「遊具の撤去が終わったら、清掃だぁ! ちゃんと分別しろよ、空き缶もアルミ缶とスチール缶は別だ! いいか、子供が裸足で歩いても平気な公園にすんだぞ!」


 みんな口々に「ういーっす」「へーい」「りょーかーい」とけだるげな返事。だが、この班を誰もが気に入っていた。無論、28号こと連児もだ。仲間は皆、普段はどんな顔でなにをやってるか、それはわからない。本名すら知らない。

 でも、確かに仲間で、同じ組織で働く構成員で、妙な連帯感だけは人一倍だった。

 早速連児も、またがって揺らすバネ仕掛けのうまやらうさぎやらを引っこ抜く。そのあとは仲間から手渡されたビニール袋(町の役場で売ってる、黄色いゴミ出し専用の袋だ)を片手にゴミ拾いだ。ビニール袋をくれたのは、確か14号だったと思う。

 妙にひょろりと痩せてて、手足が細長く背が高い男だ。

 その14号が、一緒にゴミ拾いを始めつつ呟いた。


「よぉ、28号。最近どうよ。悪ぃモンで腹下したりしてねえか?」

「ども。最近は大丈夫ッスね。死ぬこと少なくて、残機も10以上あるし」

「はは、なんだそりゃ? ま、いんだがよ。あ、俺? 最近ほら、漢方に凝っててさ。これが効くんだよ」

「あ、いいスね。俺にもいいのあったら紹介してくださいよ」

「腹はともかく、頭につける薬はねえっていうからなあ」

「わ、ひっでー! 俺、そこまでバカじゃないスけど……程度をわきまえたバカだしさ」


 ははは、と14号が笑う。冗談だから連児も笑った。

 そうして最近のAKBや都知事のスキャンダル、今季のプロ野球の話なんかしながらゴミを拾ってゆく。基本、こうしたボランティアのような活動もアトラクシアの重要任務の一つだ。

 14号は少し湿ったグラビア雑誌を拾い上げ、無言で連児に聞いてくる。

 基本、連児はスケベ丸出しな健康優良児だが……片思いの相手以外に興味がない。せいぜい美人はガン見で視姦しかんしたり、二次元三次元を問わずオカズにする程度である。そう、全く興味がないと自負していた……だが、ベッドの下にはお気に入りのペリカンクラブ山賊版エロマンガざっしを隠している。ご丁寧にスクラップブックにするなど、几帳面さも無駄に発揮していた。

 だから、エロ本には興味がないのだ、といつも言い張っている。

 14号はそれを燃えるゴミの袋に葬りつつ、なんとはなしに話し出した。


「そういや、28号。知ってっか? この公園の遊具撤去、裏があるらしいぜ」

「そりゃそーでしょ。あの冥夜が、意味もなくこんなことしませんって」

「ん? なんだそりゃ。誰だそれ」

「あ、いえいえ……こっちの話ッス。それで? 裏ってのは」


 手を止めた14号は、腕組み神妙な顔を気取って言葉を続ける。

 勿論、「これは秘密の話なんだが」と言う顔は、覆面に覆われ表情はよく見えない。


「ここの公園なあ、土地だけ欲しいって企業があんだよ。ビルをガーン! テナントをボーン! 駅前再開発ズダーン! ……とまあ、そんな感じ。地上げだよ、地上げ」

「はあ……まあ、なんか悪の組織っぽいスね」

「でもな、我らがエンプレス・ドリーム様はなんて言ったと思う?」


 14号は得意気に言葉を一度飲み込み、連児の言葉に期待の視線を注いでくる。

 お決まりの「へー、なんて言ったんスか」という言葉で、連児は続きをうながした。


「ここの遊具は全部、耐用年数を過ぎたものばっかなんだよ。でも、まほろば町には修理する金がない。いつ壊れてもおかしくない、さびだらけの公園でガキンチョは遊んでる訳だ」

「あー、つまり? えっと」

「エンプレス・ドリーム様は、某企業から金を巻き上げてだな……地上げのフリをして、その金で公園を新しくしようってんだ。いやー、悪いねえ、けしからんねえ! ついでにいつも、けしからんおっぱいだよねえ!」

「うーん……すんません、最後のおっぱいの話しかわかんないッス」


 自覚はあるが、連児は己が認識している以上にバカだった。

 だが、14号はよほど語りたいのか、丁寧に説明してくれる。つまり、地上げしたい企業から金を巻き上げつつ、公園を整備して絶対に土地は渡さないということらしい。

 どうやら14号は、エンプレス・ドリームが実は善人説を推してるようだ。

 猛プッシュ、倍プッシュである。

 こういう戦闘員は割りと多いが、連児は知っている。

 あの、凍れる決意で泰然たいぜんと揺るがぬ少女は、もはや善悪の概念を問題にしていない。ただヒーローを殺すという目的のために、手段として悪の女王になることを選んだ少女なのだ。

 そう思っていた、次の瞬間だった。

 突然、連児のすぐ背後で声がした。

 気配は全く感じなかった、接近に気付けなかった。そして、後で声がしたのに……距離感がつかめなかった。背後で耳元にささやくような、声を張り上げ叫ぶような、男の声。

 そう、男の声という以外なにもわからぬまま、連児は振り返る。

 そこには、奇妙な長身が立っていた。


「あー、その話、も少し聞かせてくれる? あ、これ空き缶ね。空きビンは、これはどっちの袋かな」


 その男は、手にした空き缶と空き瓶を持ったまま、両手を突き出してくる。アトラクシアの戦闘員が相手でも、全く警戒した様子がない。そして、どっちも酒が数分前まで入っていたと思われる臭いがした。

 角刈りで体格はいいが、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうというイメージではない。

 なにか、贅肉ぜいにくを全て省いた上で、必要最小限の筋肉を身につけたかのようなしなやかさ。それが、濃緑色ピープルグリーンのカンフー服越しにでもはっきりと伝わってくる。

 男は泥酔気味でいすいぎみまぶたが重そうな赤ら顔だが、不思議と強い意思が感じられた。


「いやあ、飲み仲間がね……この公園のホームレスたちがさ、困ってんのよ。みんな気のいいおっさんばかりでさあ。時々、終電逃したサラリーマンとかも一緒に飲んでて」

「は、はあ。えっと、14号さん」

「あ、ああ……なんか、真っ昼間から面倒な酔っぱらいにからまれちまったな」


 連児は14号と顔を見合わせたが、とりあえずゴミを受け取り分別して回収する。

 酩酊めいていに見えて、その実男の目だけは酒気をはらんではいない。眠そうにしばたかせる双眸そうぼうは、まるで滝壺たきつぼひそむ龍神のようだ。さながら連児たちは、水面みなもの清流越しににらまれた子鬼である。


「その、アトラクシアってのが……最近ちょっと、ヘブン・セイズっていう別の組織と揉めてるのも聞いてる訳で。まあ、でも……この公園がなくなると困る人がいる訳よ」

「そ、そッスね。……14号さん、ってどういう雑誌スか?」

「バカ、エロ本じゃねえよ。ヘブン・セイズといえばアトラクシアと同じ、数ある巨大非合法結社の一つだろ」


 小脇を肘でドかれた連児だったが、男は構わず話を続ける。彼は寶大五郎タカラダイゴロウと名乗り、話し続ける。一見してとりとめのない酔っぱらいの戯言ざれごとだが、不思議と理路整然とした内容で飲み込みやすかった。


「つまり、飲み仲間のためにも、こぉ……この公園、壊されちゃ困るのよ。だから……アトラクシアってのも、やっつけちゃおうかなあ、なんて。まあでも、今みたいな話? 聞いちゃうとこう……どうしたもんかなあ、とも思う訳で」


 大五郎は、自分からアトラクシアと戦う意志をちらつかせる一方で、その真意をも正してくる。そう言うからにはヒーロー、あるいはヒーローに類する能力者なのだろう。

 この世界が、謎のウィルス『ニュートラル』の蔓延パンデミックて随分経つ。

 だが、連児にはわからない。

 大五郎の真意も、実力も。

 こういう人間が実は、本当に恐ろしいということすら、察することも感じることもできない。真に恐るべき敵は、その恐ろしさを全く察知させないことである。

 大五郎のわった目に見詰められたまま、連児と14号は硬直した。

 まるで、へびに睨まれたかえる、龍神にすごまれた子鬼である。

 そんな時、公園に悲鳴が響き渡った。

 同時に、歓声と熱狂と、桃色に彩られた口笛と。


「そこまでよっ、アトラクシアの悪党たちっ!」


 りんとして清水しみずのようにんだ、少女の声。

 ようやく金縛りにも似た緊張から開放され、連児は声がした方へと向き直る。

 そこには……積み上げられた遊具の残骸、まるで墓標ぼひょうのような山の上に影があった。午後の日差しを逆行に浴びて、小さなシルエットがポーズを決めている。長い髪をツインテールにった姿は、間違いない。

 ヒーローだ。

 それも、女性……女の子のヒーローが登場だ。

 同時に、震える指を向けながら14号が喚き出す。


「あっ、ああ、あああああ、あれはっ!」

「知ってるんスか、14号さん!」


 思わず『知っているのか、雷電ライデン!』みたいなノリで連児は聞いてしまったが、14号はその場にへたり込んでしまった。基本、連児たちの班はガチンコでヒーローと戦ったことは少ない。どういう訳か、雑事や雑務のんきなしごとが中心の平和なチームだったのだ。

 それで連児は勝手に『ヘッ! 冥夜の奴……気を回しやがって、抱かれたいのかよ』くらいに無意味な勘違いをみなぎらせているが、それは別にどうでもいいことだった。

 太陽を背にして、少女は高らかに自ら名乗る。

 まるで、乙女おとめという名の楽器が歌う調べにも似た、可憐な声音。


「正義の魔法少女、マジカルみーあ……参上だよっ! 悪いことする子は、オシオキですよ?」


 14号が腰砕けに崩れ落ちながら、その名を呟く。

 ――

 魔法という学術体系の整った、複数の能力を同時に発症したニュータントだ。民と平和のために巨悪と戦うかたわら、地域の老人を見守ったり、神嶋市かみしましの捨てネコ問題解決に募金活動をしたりと、今一番勢いのあるヒーローの一人だ。

 そのマジカルみーあが、遊具の成れの果てが築いた山から飛び降りる。

 ……と、見せかけて、ゆっくりそーっと両手両足を使って降りてくる。

 まるで意志あるイキモノのように、羽織はおったマントが揺れていた。


「よっ、と! ふう……あ! いっ、今のは別に魔法でひとっ飛びってのもアリだったんだからね! 飛べるんだから! ……今日はまあ、ちょっと……これで五件目だし、連チャンで忙しかったし」


 聞いてもいないのにマジカルみーあが話し出した、その瞬間に戦闘員たちの目が真剣味を帯びる。あっという間に魔法少女の矮躯わいくは、アトラクシアの戦闘員たちに包囲されてしまった。

 そして、連児はメの前をゆらり揺れながら歩く背中を見送る。

 気付けば大五郎が、腰にぶら下げていた瓢箪ひょうたんを手に進み出る。赤い布が巻かれた瓢箪は、龍が描かれ栓にも龍玉の意匠があつらえてあった。


「あー、まあ……ちょっとまだ、事情を聞きたいんだけど。だけどまあ、可愛い女の子のことを思うと、なあ。……守ってやるのも一興でしょ。弱きを助け強きをくじく、と」


 連児は慌てて、大五郎を追いかけ、そして追い越す。

 仲間たちと並べば、皆で囲むマジカルみーあは、自分と同じくらいか、少し下の普通の女の子に見えた。

 だが、次の瞬間には誰もが、完成されたニュータントの恐るべき力を目にすることになる。

 大五郎以外の誰もが、驚きに狼狽うろたえてしまうのだった。

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