第4話「そして彼はいなくなった」
その日は唐突に、突然やってきた。
悪の秘密結社アトラクシア……その全てを統べるエンプレス・ドリームの玉座が今、脅かされている。東京都の外れの外れ、まほろば町の某所にある秘密のアジトに、敵が侵入したのだ。
そう、敵……正義のヒーローがやってきたのだ。
その冥夜はいつもの黒いドレスで、玉座にしどけなく頬杖を突き脚を組み直した。
「……それで? なにか御用かしら? 正義のヒーロー。ここは私の玉座、限られた者しか入れぬ聖域なのだけど」
思わず連児はうっとり聴き入り、肩越しに冥夜を振り返った。
「限られた者……俺もか、冥夜!」
「ええ。性格には、見限られた者、だけども」
「っしゃあ! 燃えてきたぜ」
「できれば燃え尽きて頂戴」
あくまで
だが、連児にとってそれは極上の
ちらりと周囲を見れば、冥夜の前に立ちはだかる連児のさらに前に、無防備な
「昴ちゃん! どどど、どーしよー! あたし、こんな超展開は初めてデス! やべー、マジやべー!」
「……エンプレス・ドリーム様の敵は……倒す。
だが、全身タイツのようなスーツに
そして皆が、例の『ニュートラル』なるウィルスの発症者だ。
感染者が発症すると、個体差こそあれ驚異的な肉体を得ることができる。人智を超えた運動神経は、むしろ副産物……真に恐ろしいのは、そのウィルスがもたらす特殊な超常力、異能の能力だ。
「よぉ、昴……俺が冥夜を守る。最悪、死んでも守って、隙を見て一緒に逃げる! 愛の逃避行のためなら、今日は7回まで死ねるぜ!」
「わかった。死んでも守れよ、28号。エンプレス・ドリーム様を守れぬまま死んだら……私が殺す」
「はいはい、んじゃま……名乗れよ、ヒーロー! 人様の
威勢よく叫んではいるが、背に冥夜を庇ったまま連児は少しずつ下がっていた。
ステレオタイプのヒーローが実は、意外と厄介だ。どんな能力かは別にして、この類はほぼ全て『目覚めた能力より、副作用の肉体強化の効果が大きかった奴ら』なのだ。つまり、ヘソで茶がわかせる程度の特殊能力より、その副作用で得られた怪力と瞬速の方が危険なのである。
そして、ヒーローは
「私の名はヤマナシ……サイキック・ヤマナシ! 都心に就職して埼玉に住民票を移した今も、山梨を愛する男! それが、サイキック・ヤマナシだ!」
気まずい沈黙に、サイキック・ヤマナシの笑い声だけが響く。
だが、連児は油断せずに腰を落として拳を身構えた。自分が捨て石になって奴の技を見てもいいが、捨てていい命は全て冥夜のために使わなければならない。
いきなり本丸、それも悪のカリスマであるエンプレス・ドリームの本陣に殴り込んできたのだ。恐らく、その名に似合わぬ特殊で強力な力を持っている可能性もある。
連児は仲間に目配せしつつ、格好良く活躍するべく叫んだ。
「気をつけろ、昴……じゃねえ、ワンタッチ! あいつは全身をキモいピッチリスーツで覆っている! つまり……お前が触れても、直接肌と肌が接触するのは難しい! 殺せないぞ!」
「……お前が言わなきゃ、ばれないと、思う、けど」
「それと、リクエイション! お前は下がってろ。最悪、お前がいればどんな怪我も治せるからな!」
「はわわ……あたし、バカは治せないよ? ネタバレするなしー!」
背中で冥夜の、ありったけの失望を込めた溜息が響いた。
彼女が
「くっ、最高かよ……エンプレス・ドリームを守って、二人の愛を守り通す! ディー・ドリームッ!」
「……私、貴方と愛を交わした覚えはないのだけど」
「へへ、素直じゃないな。それにしても、サイキック・ヤマナシ……山梨? くそっ、山梨って何県にあんだよ。名前から察するに山のねぇ港町だな? おうこら、田舎モン! まほろば町は腐っても東京都、首都だぞ、なめんな! 首の都なんだぞ!」
プルプルと、サイキック・ヤマナシが震えている。
それが連児には
背後で再び溜息が響いて、昴は露骨に嫌な顔で肩越しに連児を見下してくる。その足元では、真璃瑠が連児を指差し「バカだ、やっぱバカがいます!」と呆れていた。
しかし、連児のメンタルは鉄より硬く鋼よりもしなやかだ。
そもそも、空気も読めないし周囲の反応にも
そうこうしていると、サイキック・ヤマナシが連児を指差し声を荒げた。
「貴様っ! 貴様は今……山梨を侮辱したな? 山梨県を……私の第二の故郷を!」
「っるせー! 偉そうなこと言って、手前ぇだって山梨の人間じゃねえんだろ、実は!」
「母方の実家が山梨だ! ……茶番はこれまでだ。我がサイキックの力、【
「けっ、脳筋かよ。お前、あれだろ……目覚めた能力は微妙だけど、副作用だけデカく出たタイプだろ!」
「私の千里眼は完璧だ! 10km先のスマホに映った
連児の思った通り、能力は微妙だ。とどのつまり、視力がいい、凄くいい……しかし、千の利点というだけに今は危険だ。
それを昴や真璃瑠も察したようだ。
「昴ちゃん! じゃない、ワンタちゃん!」
「……そのあだ名、前からヤメてって、言ってる、のに」
「そう? じゃあ略してワンちゃん! ヤバイよあいつ……ここもきっと、眼力で見透かして来たんだ」
「ああ、そして……見たもの全てを記憶する力、潰さなきゃ。この場所は……私とエンプレス・ドリーム様と……みんなの、大事な場所、だから」
だが、その時連児は沸騰する血液を逆流させながら叫んだ。
「透視……透視つったか!
絶叫を張り上げた瞬間、振り向いた昴のデコピンが飛んできた。
それで連児は、すぐに少しだけ過去に飛ばされる。それは、まほろば町のひなびた商店街で、地元の老若男女が行き交う午後の昼下がりだ。放課後、シャッター街とは無縁なこの場所を抜けて、いつも連児はバイト先に、アジトに行く。
組織の中枢があって多くの人員が働く拠点は、世界中に無数にある。
だが、エンプレス・ドリームの秘密の玉座があるアジトは、連児たち四人の秘密の花園だ。急いで商店街の路地裏へと駆け込み、潰れたゲームセンターを突っ切る。奥の倉庫だった場所に飛び込むと、ようやく連児は先程死んだ時間に追いついた。
連児の特殊な能力【
「あ、連児だー! おかえりー!」
「……お前が不甲斐ないから、冥夜様が」
いつものニコニコでハスハスな笑顔の真璃瑠。そして、自分で殺しておいて酷い言い草の昴。そんな二人の前に……冥夜が立っていた。そう、玉座から立っていた。心底面倒臭そうに、彼女は優美な起伏の浮かぶ黒のドレスを、僅かに棚引かせながら歩く。
冥夜が向かう先で、サイキック・ヤマナシが
「エ、エンプレス・ドリーム! この私に、お、おっ、おおおお……臆したぴゃ!」
思わず
連児も、初めて敵の前に自ら立つ冥夜の姿を見る。それは、得も言われぬ
「いい機会だわ。サイキック・ヤマナシ……貴方でまあ、いいかと思うの。最初に倒すヒーロー、抹消するヒーローは」
「な、なにを……!」
「私たちはこれから、世界と正義に味方するヒーローを、世界ごと敵に回さなきゃいけないのよ? 忙しいの……だから、選んであげるわ。私が……
冥夜がほっそりとした手を前へと伸べると、広げた手の平に闇が集う。まるで燃え盛る黒い
僅かに空気を振動させる、その固有の波形が連児の鼓膜を
「さよなら、ヒーロー。私の力、【
サイキック・ヤマナシという名の
これが、冥夜の力。
最も恐るべき能力……【創滅与奪】だ。
冥夜は、
こうして彼女は、全てのヒーローから奪うつもりだ。
ヒーローとしての未来も、その可能性も……ついでに命も。
ここから先は存在してはならない、今からすぐに存在は消え失せる……そういう未来を選び取って。与える。そして、それ以外の全ての運命を奪う。
「さ、終わったわ。人に使うのは初めての力だったけど……まあまあね」
「冥夜、今のは……サイキック・ヤマナシは」
「サイキック・ヤマナシという可能性の全てを摘み取ったわ。つまり、これから先の未来には、そういうヒーローは存在しない。サイキック・ヤマナシだった人間は今、唯一与えた消滅という結果に帰結し、抹殺された」
改めて連児は、
エンプレス・ドリームは、夢幻にまどろむ夜の蝶のように美しく、無限に広がる未来の全てにとって、敵だ。その
彼女が全てを選んで決める先にあるもの……それは、全ヒーローの抹殺。
一人を除く全てのヒーローの滅殺だ。
大鎌を瞬時に空気に溶かして消すと、冥夜は髪をかきあげ玉座に再び沈む。そのまま彼女は、肘掛けの上に突っ伏すようにして、さらさらと漆黒の長髪を広げた。
「それにしても……この場所がこうも簡単に発見されるとはね。危うくジャンパーソンみたいになるとこだったわ」
「ジャンパーソン? なんだそりゃ、冥夜」
「特捜ロボジャンパーソン、大昔の特撮番組よ。第一話で登場した悪の組織『ギルド』は、第二話でジャンパーソンに殲滅されるの」
「超展開だな……ってか、詳しいのな、冥夜。意外っつーかよ」
その時、冥夜が初めて
微笑んだように連児には見えた。
それは
連児の胸は、次の言葉で締め付けられるように
「あの人が詳しいのよ……いつも特撮やアニメの話ばかりね。ふふ」
「あの人、ってのは」
「私の大事な、大切な人。そして、私と同じく連児君には無関係な人」
ホッとしたのか、真璃瑠は昴の太ももからふくらはぎへとズルズル滑り落ちていた。だが、緊張が解けた中でも冥夜は意味深に笑っている。それは、寒々しいまでに冴え冴えとした、凍れる刃を突き付けるような微笑だった。
人の可能性を選んで確定させ、その運命を決める夢幻の女帝。
彼女は今日も、日常の学園生活と多忙な悪の親玉の合間に……この四人だけの秘密のアジトで玉座に身を沈める。田舎町の片隅でこの瞬間も、世界を脅かす敵としてありつづける。そういう宿命を、能力ではなく意思と信念で選び続ける冥夜が、やはり連児は好きなんだと改めて悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます