お兄ちゃん
「もうハロウィーンだな」
私が帰るとお兄ちゃんは、おかえりと言わず、しみじみとそう言った。まだ6月のはずなのに。
「んでさ、真智子は父さんのこと、どう思う?」
二言目のパンチはストレートだった。お兄ちゃんはブサイクなので真面目な顔をしていてもふざけて見える。
「もう少女って年齢じゃないのに魔法少女だなんてな、どうかしちまってるよ」
お兄ちゃんは私より頭が悪いから、お父さんのことを女だと思っている。
私は鞄を置き軽く伸びをする、今日は疲れた。
「おい、無視すんなって」
キッチンから香ばしく心地の良い香りが迷い込んでくる。しかし、ずっと嗅いでいたいようなものではなかった。
「あ、お前もしかして好きな男子にチョコ渡しそびれて、ふてくされてんの?」
からかい口調でお兄ちゃんはぷぷーっと笑うが、今日はバレンタインではない、そもそも6月だ。
私がテレビを点けると、女子アナウンサーがあくせくしていた。
「まあ、それも青春だよな!心配すんな!いざってときは俺が結婚してやるからさ!」
私たちの血はママのしかつながってない、パパが違うのだ。でも兄妹で結婚はできない気がする、たとえ父親が別でも。それにお兄ちゃんとは結婚したくない、ブサイクだから。
「クリスマス独りぼっちってのも悲しいしな、今日は俺が一緒に過ごしてやんよ!」
私にはサンタの友達がいるし、なにより今日はクリスマスではなく、6月だ。
テレビのアナウンサーはいつの間にか男の人になっていた。どことなくモコちゃんに似ている。
私はテーブルの小皿のお菓子を一個つまみ、それを口に運んだ。チョコレートだった。
「そういえばさ」
お兄ちゃんはまたも真面目な声を出すが、元の声がかなりしゃがれているので、これもふざけているようにしか聞こえない。
「父さん、今朝ニュースに出てた」
私は少し注意をお兄ちゃんへと向ける。
「なんとか特集でインタビューされてたよ。あ、なんとかの部分は読めない漢字だった」
お兄ちゃんは照れくさそうのに言うが、ぼこぼこに殴られたようにブサイクなので全然可愛くない。
私は横目でお兄ちゃんを確認して、つまらないテレビを消した。男のアナウンサーは瞬く間に視界から消え失せた。
「父さん、あまりにもはきはき喋るもんだから、俺てっきり政治家かと思っちゃったよ」
お兄ちゃんは薄い顔を搔きながら、私の鼻を見る。
「でも、父さんは政治家じゃなくて魔法少女だった。きっと今もどこかで戦っているんだ」
まるで私の鼻について語っているかのように鼻に注目している。三つ目の穴が開いちゃうんじゃないかって思うくらいまじまじと見てきた。
「政治家っぽい魔法少女、傑作だよ。きっと全米が泣くね。でも、俺はヒーローのほうが良かったなあ」
お兄ちゃんは未だにヒーローが好きだ。私より年下だから特に違和感もないのだが。
「ヒーローはいいぞー、ピンチのときに必ず助けてくれるからな」
「でも、ママは誰にも助けてはもらえなかったんだね」
私はそう返すと、お兄ちゃんはばつが悪そうに、ごめん、とだけ言った。
しばらく私たちは黙っていた。時計の針さえ音を出すのをやめたかのように、リビングは静かな空間となった。
「ただいま」
静けさを切り裂くように、玄関からパパの声が聞こえてきた。ずんずん、とゴジラのように居間に侵入してくる。
「おい、真智子。やけに顔が青いがどうしたんだ」
「キッチンにいたんじゃないの」
「ん?たった今帰ってきたところだぞ」
「でも、なんか良い匂いがするよ」
「確かにな」
そう言ってもパパはキッチンを確認しに行かなかった。煙もなにも立ってないからだろう。パパは少しやれやれといった感じに腕を組みながら付け加えた。
「また幽霊の仕業かもな、ずっとここに住み着いて、いたずらばっかするもんだ。まあ可愛いもんで、特に害はないからいいんだけどな」
私はそこで、小さいころにお兄ちゃんから聞いたことをふと思い出した。
「俺さ、実は幽霊なんだよね」
曰く、お兄ちゃんはある日、ママとお買い物に行った帰り道に、突然襲ってきた男の人からママを守ろうとしたが、敵うはずもなく、怪我を負い、そして道端で死んでしまったらしい。ママはその後、長い間、その男に連れ去られどこかへ消えてしまい、しばらくしてお腹に子供を宿して帰ってきたらしい。
その子供が私だ。
心身ボロボロだったママは私を生んだ直後に死んでしまった。だから私はなんの繋がりもないパパと、そして幽霊のお兄ちゃんと一緒に住んでいる。
そういうソウゾウをしている、ずっと横たわって
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