モコちゃん
「私、実はロボットなんだよね」
モコちゃんとはいつも一緒に帰っている。使う駅が一緒だからだ。
いつも真面目で、冗談なんか言うタイプじゃないのに、モコちゃんは電車を待っているとき突然告白をした。
私は聞き返した、なにかの間違えだと思ったからだ。
「いや、だから、私はロボットなんだよ。お手伝いロボット」
幸いなことに、猫型のロボットではないらしい。
私はその事実をすんなり受け止めた。だってパパも未来ちゃんも普通の人間ではないと言い張るのだから、今更ほかの人のことについて疑ってもキリがない。
「と言っても、家事が得意だったりするわけでもないんだけどさ」
少し照れくさそうにモコちゃんは謙遜する。でも私の知っているモコちゃんは炊事洗濯掃除に裁縫とあらゆる分野の女子力を兼ね備えているはず。この前だって、手作り弁当を学校に持ってきていた。
家事うまくできそうなのになあ、私は何気なくモコちゃんに聞こえるように声を漏らしたが、モコちゃんは無視して話をつづけた。
「ロボットなのに、なんで学校に通ってるかって?」
んなこと訊いてないはずだが。
「愚問だね」
ぐもん?どういう意味の言葉かわからなかった。
「えーっと、例えば、メダカが学校に行くとする」
ちょうど快速急行が目の前を通過して、よく聞き取れなかったが多分そんなたとえ話を挙げてきた。また水族の話かあ、と私は少しげんなりした。
モコちゃんは無機質な、その高い鼻をこすりながら続ける。
「じゃあその学校の先生は何だと思う?」
私は一瞬考えた末、普通にメダカかなあ、と答える。
「そう?私は違うと思うけど」
人によって違う意見が出てくるようなら、そんな例えはしないでほしい。
「先生はね、きっとカニだよ。メダカの学校の教員はみんなカニ。つまりさ、もし種類の違った個体間でも教育は受けられるんだよね」
指を二本立てて、ちょきちょきと動かしながら得意げにモコちゃんは言った。
私は最初、なるほど、と感心してしまったが、すぐに自分の馬鹿さに気が付く。モコちゃんは適当なことを言って、ごまかそうとしているに違いない。
「私だってロボット専門学校に行きたいんだけどね、どうやら私くらい高性能なロボットはこの世に私しかいないらしいんだ。だから教育を受けようにも先生が私より性能がアホだから意味ないんだよね」
モコちゃんは機械的な瞬きを繰り返す。
「私だって人間になりたいんだよ?」
寂しげもなく、無感情にモコちゃんはそうつぶやく。
聞けば聞くほどモコちゃんは嘘をついているように見える。
私は、からかうつもりで今朝の未来ちゃんのことについて話した。ここで非現実的なことを言えばモコちゃんも正気になるかもしれないと考えたからだ。
するとモコちゃんは口角を上げ、首の関節をゴキッと鳴らしながら、私もサンタだと言ったら?と返してきた。どうやらモコちゃんはロボット兼サンタさんらしい。キャラメルマンなら七号だろうか。
「冗談」
あはは、と笑っている。
私が困り眉で睨むと、モコちゃんは垢ぬけた笑顔を浮かべた。
「私はサンタじゃないよ、ロボットっていうのは本当だけどね。でも、そっか、未来はやっぱりサンタだったのか」
薄々察してましたよ、みたいな口調で腹が立つが、私と違ってモコちゃんは頭が良いからそれくらいの予想は容易いのかもしれない。
「私の、このモコモコeyeはいつも真実を見抜いてくれるからね」
ふふん、と得意げにモコちゃんはただでさえ高い鼻をさらに伸ばす。ここにきて自慢の機能のお披露目らしい。とりあえず名前がダサいということは私にでも分かる。
「ちなみに、耳や鼻、更には髪の毛にまで充実の機能を完備しております」
なんとなく機能の内容は想像できたので、私はそれについては深く掘り下げなかった。
「これらのおかげで私はすさまじいまでの分析能力を所有してるってわけよ」
だからモコちゃんは頭がいいのか、ほうほうと私は相槌を打つ。
「でもね」
モコちゃんは一拍置いてからこう言った。
「真智子、あんたのことはなんにもわかんないんだよね」
すると一瞬だけにこっと笑った、笑ったかのように見えたモコちゃんは何の前触れもなく右足と左足を交互に前へ出し、まるで平均台の上を行くかのように真っすぐ、モデルさんのように進み始めた。やがて、ホームから落ちた。
突然の出来事だった。
電車が通った。それは輝いているように見えた。きらきらと美しかった。鈍い音とともに一本のネジが手元に飛んできた。カラスに奪われてしまいそうなくらいネジは輝いていた。血は飛んで来なかった。
モコちゃんは人間になったのだ
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