未来ちゃん
「あたしさ、どうやらサンタクロースっぽいんだよね」
学校に着くや否や、未来ちゃんはいきなりそう言った。
私はすぐにサンタさんは白いお髭のおじいさんであって、髪の長い女子高生ではないと指摘したが、未来ちゃんは首を振るばかりであった。
「逆にさ、どうしてあたしがサンタじゃないって言いきれるの?」
その逆は、なんの逆なのか知らないが、未来ちゃんは少しイラつきながら哲学的反論をしてくる。そんなこと、頭の悪い私に分かる訳がない。
ではサンタさんである証拠はあるのか、と私は反論に反論をする。すると未来ちゃんは、その長い髪をくりくりと艶めかしくいじりながら、そんなものはない、と言った。
私の頭が悪いせいだろう、何が言いたいのかこれっぽちも分からない。じゃあなんでサンタさんを自称してきたのかとても気になるが、私はそのことについては問いたださなかった。これを問おうものならキリストに呪われると思ったのだ、どうしてだか。
でも、パパが魔法少女ということが仮に事実だとすると、未来ちゃんの言い分も、もしかしたら事実なのかもしれない。
パパが魔法少女で未来ちゃんがサンタクロース、これは一大事だ。妖怪不祥事案件、不思議なことって立て続けに起こるよね~だ。
「トナカイ」
未来ちゃんはつぶやく。
「赤鼻のトナカイの名前ってルドルフらしいよ」
ニヒルな笑みを浮かべながら、未来ちゃんは天井のシミを指さす。
「あれもルドルフなのかな」
あれとは天井のシミのことだろうか、それとも誰かのことを言っているのだろうか。
「もし、あれがルドルフならさ、サンタはソリに乗ってどこへ行くんだろうね」
サンタはお前じゃないのか。行先くらい把握しとけ。
しかし、今日の未来ちゃんはいつも以上に発言が意味不明だった。
確かに普段から少しずれた発言をする子なのだが、今日のそれは絶好調だった。
「あれがルドルフじゃないのなら、サンタは八王子に行くんだと思うんだよね」
ただでさえ大きな瞳をさらにこじ開け、興奮気味に未来ちゃんは語り続ける。彼女にとってサンタさんはとても身近なようだ。
「でも、あたしはサンタだから。サンタは常にイングランドを目指すの」
やっぱりサンタさんは私の目の前にたたずむ奇妙なJKのことらしい。
「水族館は好き?」
未来ちゃんの話はいつの間にかに水族の方にシフトしていた。私が、好きだよ、とだけ言うと未来ちゃんは訝しそうに、その大きな目を細めて私を睨む。細くしても、その目が大きいという事実は変わらない。
「水族館だよ?イカとタコがたくさんいる、あの水族館だよ?」
未来ちゃんの水族館は軟体動物しか住んでいないのか。もう少し水族たちを住まわせてあげてもいいのではないだろうか。そんな返答するつもりも甚だないので私は再び、好きだよ、とだけ告げた。
未来ちゃんは大きくため息をした。空気の流れが見えるのではないか、と錯覚するくらいにそれは大きかった。
「水族館にトナカイは、ルドルフはいないんだよ」
知ってるよ、と私が言っても未来ちゃんはまるで無視だった。
「好きな水生生物は?」
どうせまた無視されると思ったので、私は未来ちゃんの大きな瞳を見つめるだけで、あとは黙っていた。
すると未来ちゃんは口を尖がらせながら「あたしはサンタだから。サンタはクリオネが好きなの」とだけ言って、長い髪をなびかせながら後ろを勢いよく振り向き、髪の匂いだけを残して、教室から出て行った。なんだか懐かしい匂いだった。
また軟体動物なのか、私は一人つぶやき、うねうねと腕を動かしてみる。
もしかしたらルドルフとは軟体動物のことかもしれない
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