第4話 保健室で二人っきり
何時間眠っていたのだろうか。目を覚ました時、すでに夕日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
「そ、そうだ、赤月……さんはっ」
俺は飛び起きて周りを見渡した。消毒液の臭いが病院を連想させたけれど、どうやらここは保健室のようだ。そして今ここには自分以外誰もいなかった。
「俺は……あれから」
ベッドの上であぐらをかき、右手を頭に当てる。赤月さんと共に自分も一緒に落ちたところまでは覚えている。でもそこからの記憶が曖昧だった。
「赤月さん、無事なんだろうな」
あの時使った両手がすでに筋肉痛になっているが、怪我はまったくない。だからきっと赤月さんも大丈夫なはずだ。そう思いもう一度俺はベッドに横になった。
「とりあえず、先生が来るまでここにいたほうがいいか」
下手に動いて保険医と入れ違いになるのはめんどくさい。赤月さんの情報も聞きたいし、動かずここで待っていよう。
「そうだ、俺あの銀髪少女に……」
少しだけ思い出したことがある。あの翼が生えた銀髪の少女のことだ。
あの時は授業をサボっているのがバレてあたふたしていたせいか、翼が生えていることとか空を飛んでいたことについて深く考えなかった。
そもそもどこから来て、赤月さんとはどういう関係なんだ。あんな種族と知り合いとか交友関係広すぎだろ。さすが学校の人気者だ。
「あ、起きてる」
「あか……月さん」
考え込んでいると、いつのまにか保健室のドアが少し開いていた。
「どこも怪我はなさそうって先生が言ってたんだけど、どう?」
「う、うん。どこも痛くないし、大丈夫、みたい」
身体を捻ったり腕を回して、怪我のないことをアピールする。
「それよりも君は……怪我は?」
「わたしも大丈夫。もしかしたら……あいつが助けてくれたのかも」
ああ、やっぱり。と俺は返した。その返答に赤月さんは目を丸くして、勢いよく俺のいるベッドに身を乗り出してきた。
「なにかされなかった!?」
「う……うん。て、てか近い……かも」
「ご、ごめんなさい!」
夕日の効果も加わり、顔が真っ赤に染まった赤月さんは飛び退くと、保健室の中央にある丸テーブル用の椅子を、ベッド脇に寄せて座った。
「どうやら今はいないみたいね」
赤月さんはキョロキョロと保健室内を見渡し、軽く安堵の息を漏らす。
「今回のことは黙っていてくれると助かるわ。あんな奴のことが学校、てゆーか人にバレたら大問題だから」
「う、うん。もちろん」
「それにしても、今度はなにやらかすかわからないわね。あの女、常識ってものが通じないから」
「そ、その。あの人とは、どういうご関係で」
「えーとその、それはちょっと言いづらいものがあって……」
目をそらす赤月さん。なにか因縁があるのは間違いなさそうだが、深く追求すると嫌われそうだからとりあえずここまでにしておくのが無難か。
「まあ、気づいたらうちにいた居候……的な? そう、突然現れて、ただ行動するのにアジト的なものが欲しいから、運悪く大きい家に住んでるのを知られたわたしが場所を貸してるっていうか……ははははは~」
「そう、なんだ」
そりゃ災難だ。そういえば赤月さんの家は大きいとか綺麗だという会話を教室内で聞いたことがあった。こんな田舎で両親はなにをしている人なんだろう。まあ、一度はそんな家に招待されてみたいものだ。
「基本的にはお互い干渉しないんだけど、用があるときと寝るときだけわたしに近づいてくるような感じ? なんかあの女、いろいろと企んでるみたいで」
「た、企んでる? そういえば、あの事件の犯人とか、たしか……」
「う……そこまで聞かれてたんだ」
「ま、まあずっと、あそこにいたし……」
赤月さんはわざとらしく頬をポリポリと掻きながら、
「んと、まあこの話は今日は終わりっ……。そういえば言うの遅れたけど、あの時は助けてくれてありがとう。感謝します」
「え、えええっ。いや、別に俺はそんな。なんか、すみ、ません」
深々と頭を下げる赤月さんに恐縮した俺は、ベッドの上で正座し、同じく頭を下げた。
「くすっ。なんで君も謝るのよ。不良のくせにおかしな人」
「いや、なんというか……はは」
お礼を言う赤月さんに「別に謝ることはねえよ。当然のことをしたまでさ」とか言えたらかっこいいんだろうが、無論そんな度胸はない。こちらも同じ立場になるのが精一杯だ。てか、この人はまだ俺のことを不良と思ってくれているのか。
「とりあえず先生呼んでくるわね。ちょっと待ってて」
俺は頷き、赤月さんの後ろ姿を見送った。
「……あ」
保健室で二人っきりという、ゲロを吐きそうになるほど最高のシチュエーションだったことに今気付き、俺はがっくりと項垂れた。二度とねえよこんなシチュ……。
それにしても。
あの銀髪少女。逆光でよくは見えなかったけれど、あの時彼女を見上げた時に僅かに見えた微笑んだ顔、綺麗だったな。そんなことを考えながら、俺はベッドで大の字になった。
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