第32話 ストッキング相撲、始まります

「それでは位置について」


 校長の掛け声。

 俺はクラウチングスタートのごとく姿勢を低くして構える。


「……はっけよ――――い…………のこった!」


「「「「「「どぅああああああッ――――」」」」」」


 凄まじい気合の雄叫びと共にストッキング相撲は始まった。

 大きな歓声と笑い声。


「ぬ、うううううう……!」


 大統領は唸りながら姿勢を低くし、前へ出る。きっとピグモンみたいな顔になっているはずだ!


『おおっと小浜選手! 攻める攻める! 一気に勝負をつけるつもりか!?』


 なんか実況始まったし! 多分この声は演説会で司会をしていた子のものだ。

 俺はとりあえず守るスタイルでいく。無理に引っ張って自滅だけは勘弁。


『赤月選手! なんかブリッジしそうなほど身体を反っているうううう! なにか作戦があるんでしょうか!?』


 絶対負けようとしてるよね!? 自ら脱ごうとしてるよね赤月さん!


「きゃっ」


『早い! ここで縁園選手ストッキングが破れてしまい脱落ううううううう!』


「よし!」


 よし言うたぞ赤月さん。


『日名子選手は仁王立ちのスタイルうううう! 開始から微動だにしていない! きっと体幹がしっかりと鍛えられているんでしょう!』


「大統領、もしあなたが敗れても、わたしは最後まで残ります。ちなみにわたしは週一で電車に乗り、ジムに通っています」


 左にいるいつも控えめな日名子さんから思いもよらぬ情報を得た。この子はいったいなにを目指しているんだ。


『クリア・ランスセール選手はというと……おお! 行進している! 歩いています! 一歩一歩、ゆっくりとではありますが前へ進もうとして攻めています!』


 見たい! なんてシュールそうな光景なんだ。

 それぞれの行動や顔を見られないのはいいのか悪いのかわからないが、なにやらすごい光景が広がっているようだ。生徒たちの笑い声が絶えない。


『開始から三〇秒、縁園選手脱落から状況は変わらず。果たして次は誰が抜けるのかー?』


 ストッキング相撲に技術が必要なのかはわからない。しかし姫さまには秘策があるはずだ。


 それは耐久性。

 新品ではなく、あえてさっきまで履かれていた物を使うということ。それは何日も使用しダメージを受けまくっているストッキングを敵に被せることで、早々に脱落させるためではないのだろうか。


 俺に二号さんのストッキングを履かせた理由が見えてきた。おそらく、さっき初めて履いたくらいの新品だったんだ。


 俺が最後まで残れば一ポイント獲得。かなり勝負に有利になる。

 せこい。実にせこいぞ姫さま。


 ――って……


『破れたあああああッ! ええっと誰だっけ、男子のストッキングが半分破れたあああ!』


「うわああああああ!」


 二号さあああああああん! なんかすげえ脆いんですけどおおおお!


『さらに破れて……しかし最後の切れ端が鼻の下に引っかかって取れな――――い! これは審判どうでしょう!?……セーフです! セーフの判定出ました!』


「痛い痛い痛い!」


 鼻が痛いいいいいいい!

 残ったストッキングがねじれて強靭な硬さを生み出した。俺の鼻が他の四人の引っ張る力で持って行かれそうだ。


 すると俺の右にいる赤月さんが唸り出す。


「ごご……あご、顎にいいい(引っかかって脱げない)!」


『赤月選手、なんと顎を使って引っ張っている! すごいパワーです! なんでしょう、てこの原理的ななにかでしょうか、他の選手が身動きがとれない!』


「くぬ、貴様たち、なかなかにしぶといの」


「あ、当たり前でしょ? あんたになんか負けるはずないわ」


「わたくしも、ですわ!」


 ぐいぐいと、俺の鼻にストッキングが食い込んでいく! そんなに強く引っ張らないでくれよみんなああ。


「一号! 気合を入れんか!」


「き、気合を入れたら鼻がもげちゃいますよおおおおっ」


「貴方はそのほうがいいお顔になると思いますわ」


「たしかにそうね」


 ど、どういうことです!? なんかひどくないですかこの人たち俺の鼻だと思って!

 俺は今顔面フルオープン、かろうじて鼻だけストッキングが引っかかっている奇跡的な状況にいる。


「はっ」


 俺は今、カメラと目が合っている。


 ずいずいとカメラが俺の鼻の穴を映す。ちょっとちょっとあんた、いくらなんでも撮っていいものと悪いものがあるだろ!


「もうむ、無理っす」


 一〇秒の接写に耐えた俺だったが、鼻は限界を迎えた。


『男子が逃げた! ここで負けだあああああッ』


「一号、貴様ああああ!」


「一号様なにやってんですかこの役立たず!」


 仲間たちにひどい罵声を浴びせられる。

 えっ、てゆーか、なんか鼻から見たことのないどす黒い血が出ているけど大丈夫かな!?


「ず、ずびまぜん姫ざま」


「く……もうよいわ、妾が勝てばよいだけのこと!」


 物語の主人公だったなら最後まで残っていたんだろうけど、俺はどう見てもモブか、よくて脇役だ。この辺りで抜けとくのが一番だろう。


 残りは美少女だらけのストッキング相撲を鑑賞しようではないか。


 ――と思ったが、直視できない光景が目の前に広がっていた。


 女芸人顔負けの、鼻フックより惨めな顔たちが並んでいる。


「うわあ」


 思わず声が出た。

 一〇〇年の恋も冷めるほどの表情。この元美少女たちは今、なにを思って戦っているんだろう。想像以上の醜い争いに、俺は思わず目を背けた。

 眩しいライトを当てられ、接写での撮影。


「わっ」


『おおっと、ついに防御に徹していた仁王立ちの日名子選手のストッキングが脱げてしまったあああ! しかし推薦者一位で一ポイント獲得だああ」


「残りの二人を倒せずすみません、ここまでのようです」


「よくやってくれました日和子。十分の活躍ですわ」


 ここで推薦者が全員脱落し、大統領チームが一ポイントを得た。


 あとは会長候補三人を残すだけだが、姫さまが確実に勝つには一位の三ポイントが必要だ。


 次に大統領を仕留めることができれば計二ポイントで優勝を阻止でき、次いで赤月さんを仕留めれば会長になることができる。

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