第29話 俺の覚悟
『あ、ありがとうございました。それでは続きまして、推薦者――』
俺の、出番。
「俺はできる俺はできる俺はできる俺はできる俺はできる俺はできる」
俺は、どうしたかった。
俺は、姫さまに誓った。ついていくと。
姫さまは、俺と同じだった。
ただの友達が欲しい、気の強い一人の女の子だった。それを大勢の前でカミングアウトしたんだ。このあとに続けば、なにも怖くない。
――行こう。
だが一歩、演壇の方へ足を踏み出すと、まるでなにかの領域に踏み込んだような感覚に陥った。まるで身体全体が通常の何倍もの重力に押し付けられているような、石化の魔法にかかったような。
――動かない。
『どうしました?』
全校生徒、教師たちの視線が一斉に俺に集まる。体育館内がざわめく。
姫さまがこんなにも勇気を出して語った自分のこと。それをすべて俺が無駄にしてしまうかもしれない。そんな考えが頭の中をかき乱す。
――くそ、このヘタレが。
俺はもともと一匹狼の不良を演じてきた。友達を作らず、空気のように存在していた。だから今更なにかを失うなんてことはないはずなんだ。
――だけど、やっぱり怖い。
俺という存在をみんなに大々的に知らせるこの場は、今後の学校生活を大きく変える。
もしも印象が悪くなったら、もうここにいられないんじゃないか。
せっかく地元を離れ、俺のことを誰も知らないこの地で新しい人生を歩もうとしたのに。それが無駄になってしまうんじゃないか。
そんなことの繰り返しは、本当はもう嫌なのに。
目の前も真っ白。なにも見えない。ただ俺の心臓の鼓動だけが、この世界の音を奏でている。
やっぱりここでブッ倒れたほうが、失敗するよりもダメージも小さいんじゃないか。
その時。
「一号」
その呼び声で。いつも聞いている、なんてことのないただの姫さまの声で。
世界に、色がついた。
腕を組みイラついた表情は、何故だろう、俺の心拍数を一気に低下させた。
「貴様、なにを突っ立っておる。貴様が大トリじゃ、しっかり妾のことをアピールせい!」
ずかずかと俺のもとへやってきた姫さまは、手を握り、演壇へ無理やり誘導した。
「ちょちょちょ、待……」
「うるさいの。一言でよい、早くせんか! 時間が押しておるぞ!」
いやいやいや、それはあなたが……。
パーンと背中を叩かれ、俺は演壇のマイクに頭をぶつけてしまった。
キーンという雑音に包まれる体育館。
「すす、すみません」
顔を上げると、正面には三〇〇人もの生徒たちが俺を見上げていた。
これが、姫さまがさっきまで見ていたもの。
俺には正直、人の顔の見分けかたなんてよくわからない。人の顔を見て話すなんてことなかったから。そもそも話さなかったし。
でも、遠くから見ると、意外と見れる。
「あの、俺は」
――今度こそ、行こう。
「クリア・ランスセール姫を、生徒会長に推薦しました、露出狂な下僕一号、といいます」
吹き出す声が横の方から聞こえてくる。赤月さんたちだろうか。
「その、みなさんに、まず一個謝りたいことがあるんです。俺、いっつも授業とかサボってる、不良という分類に属してる、はずなんですが……あの、きっと今まで俺のこと見て、怖い、とか、近づくとやられる、とか、そう思っていたと思うんです誰も話しかけてこないし。だ、だから謝らせてください…………ごめん」
俺が今まで生徒たちに抱かせていた不安を除き去る。これがまず俺のやるべきことだ。
俺は深々と頭を下げ、三秒後に戻した。
すると、三〇〇人の生徒たちは口を揃えてこう言ったのである。
「「「 誰!? 」」」
「え!?」
もしかして、誰? と申したか。
てか、いやなにその、いかにも練習してきましたよみたいな、小学校の卒業式ばりの声の重ね方と声量。
「え、えと、あの……俺のこと、知ってる人」
挙手を求める。
すると、二〇人ほど手が挙がった。
「え!?」
俺のクラスのやつだけじゃねえか!! それも一〇人くらい足りてねえ!!
ちょちょちょ、待ってくださいね。今ちょっと整理しまーす。
俺が今までこの学校でモテよるために演じていた不良男子。無理して授業サボったりしていた不良行為は、すべて無駄だったと?
いやいやいや、そんなことないですよね。だって赤月さんは俺のこと不良だって言ってくれてたじゃないですか。
ねえ赤月さん!
赤月さんは腕を伸ばして欠伸している! ちなみに日名子さんはなにかを察したような顔をしている。
「ひひ、姫さま……」
助けを乞うが、姫さまは怖いくらいの無表情だった。
『あ、それじゃあ、時間ですので。ありがとうございましたー』
今度は誰も司会者を止めることなく、俺の演説のような晒し会は終了した。
これで俺も有名人! ってやかましいわ!
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