第23話 四度目の従僕契約
「と、友?」
親や国民からの信頼じゃなく、友が欲しい。そう言ったのだ。
「笑うか?」
笑えるはずなどなかった。だって俺も――。
「別に構わん。あんな振る舞いをして友が欲しいなどと戯言甚だしいからの」
昼の出来事を言ってるんだろう。もしかすると姫さまは、自分の世界でも周りに対してあんな態度をとってしまっているんじゃないだろうか。きっと自分の立場上仕方がないんだろうけど、行き過ぎた言動が皆を困惑させているんだ。
「しかしこの性格ゆえ、どうしても強がってしまう。コミュニケーションの取り方がうまくわからんのじゃ」
姫さまは苦笑いし、だんだんと暗くなる空を見つめて言った。
「征服という言葉には、様々な意味合いがある。多くは力で圧倒し従わせることをそう呼ぶが、妾の世界征服は、そういう意味ではない。妾をすべての者に知ってもらい、友になることなのじゃ。だからこの大きなチキューを選んだ。この学校のセイトカイチョーになるという目標は、妾の夢の第一歩になるはずじゃ」
「じゃ、じゃあ、どうして大統領を襲ったんですか? 警察も倒そうとしていたし」
これが残った一番の疑問だ。支配を目的としていないなら、地位の高い者や邪魔になりそうな存在をを倒そうとはしないはずだ。
「悪の根源オ○マは必ず倒す」
「……は?」
「あやつめ、TVショーでだいぶふざけておったぞ。世界のトップがそんなことをして良いと思っておるのか。この前は裸で騒いでおったわ」
それはたぶんノッ○だ。
てゆーか顔違うの気づけいっ。性別も違うからね! ホント人の顔覚えられないな。
「それに国家権力はとりあえず倒しておけという教えを幼少期から常に受けていたからの。ケーサツに関しては条件反射じゃ。しかしな、威厳というものは常に示すべきものであってじゃな――」
笑うところではないと思ったけれど、でもやはり、真剣な眼差しを向けて熱弁する姫さまを見て、俺は吹き出してしまった。
「なな、なにを笑っておる一号! た、確かに笑ってもよいとは言ったが!」
「す、すみません。でも俺、おかしくて」
なるほど。そういうことなのね。つまりは勘違いのようなもの。
「あの、あとで、俺の知ってる政治……簡単にですけど、教えます。テレビのことも、教えるので」
「え? んん?」
夕日という柔らかな照明に照らされながら舞う黒い羽。
粒子が漂っているかのように美しい銀色の髪。
どこか悲しげな表情をした姫さまの美貌が、和らいだその瞬間の顔。
俺はそれに見とれてしまった。
「なあ一号よ」
「はい?」
「貴様、これからどうする」
「お、俺……」
「ん?」
正直今まで俺は、他人が抱える悩みとか考えたことがなかった。
ただ自分のことだけを考えて、うまくいかないのは周り――世間のせいだと自分に言い聞かせ、すべてをコミュ障のせいであると片付けていた。
自分のことを知らない人だけの土地へ逃げ、人生をやり直す。
これでだめならまた別のところに行けばいい。
そんな甘い考えは、誰がどう見ても情けないと思うだろう。
だけど、友だちのいなかった姫さまは、逃げるのではなく戦うことを選んだ。
方法は少しズレているけれど、それでも前へ進むことだけを考えている。後ろに下がることなど恐れていない。
俺はどうだ。
俺は変わる変わると言ってなにも変わっていない。前へ進むふりをして、実際は立ち止まっているだけ。
「……」
俺も、前に進めるのだろうか。
コミュニケーションもろくに取れない地味な男が。
いや、進もう。
姫さまと一緒に、前へ。
「俺、モテますかね」
「は?」
「そ、その、姫さまに仕えていたら、そのうちいい男になって、モテます……かね」
俺の変な問いに姫さまは少し驚いたのか一瞬言葉に詰まっていたが、しばらくすると笑みを浮かべて言った。
「当然じゃ。問題児であるこの妾に十分仕えることができれば、イ・オンモール王国でも活躍間違いなし。仕事のできる男として注目を浴びるじゃろうな」
「も、問題児って」
「そ、そんなこと申したかの」
確かに手を焼く姫さまのお世話をきちんとこなせば、俺の存在感は過去最大級にアップするだろう。
「そ、その俺、手伝います。姫さまのために、働かせてください」
「……よいのか。こんな妾が言うことではないが、これからも貴様をこき使うのだぞ」
「い、今までは正直、仕えるといっても形だけでした。でも、でも俺、姫さまがそんなこと考えてるなんて知らなかったし。俺も、その……」
――友達が欲しいと、ずっと思っていたから。
「そうか」
悩み、悲しそうな表情をする姫さまを、一瞬でも見たくない。そう思った。
それに、それだけじゃない。
俺も、協力してみたくなったんだ。
姫さまの願いというものに――。
そうすれば、きっと俺自身もなにか変われるはずだから。
「なら、ついてくるがよい」
そう言って、姫さまは俺に手を差し出した。
その手を握り返すこと。
これが、俺と姫さまの〝四度目〟の従僕契約だった。
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