第24話 第二の異世界人?
姫さまが自分のことを語り、俺が本当の意味で下僕になったあと。
校舎を出ると空はすでに暗く、数少ない街灯だけを頼りに帰り道を歩いていた。
「ひ、姫さま。空を飛べばよいのでは……」
「貴様、下僕の分際でいつから妾に意見するようになった」
校門を出て左に曲がり、そのまま道なりに歩き、スーパーを通り過ぎた頃。俺は背中におぶさっている銀髪美少女に意見して撃沈した。
いろいろな感触を楽しむことができたのは最初の一分だけ。そのあとは俺の華奢な身体のせいで、痛みの方がしんどくなっている。明日は全身筋肉痛だな。
「飛ぶのも疲れるのじゃ!」
「はぁ……」
確かに人間を飛ばすだけの浮力を得るのに、相当なエネルギーを使うんだろう。
ここだけの話、姫さまの背筋はえらいことになっている。当然か。パンチ力が強いのも多分このせい。
もう一つ言うと、翼の付け根部分は想像以上にグロテスクだ。欠点のないスタイルの姫さまだけど、唯一そこだけは愛せない。
「あ、あの。明日から、どうしましょうかね」
「時間がないからの。学校の皆の信頼を取り戻すのが先決じゃが、難しいかもしれんな」
「っ。消極的なんて、珍しいですね」
「無礼な。妾も人並みの考えは持っておるぞ。このくらいは今日のあれこれで十分理解した」
見えていないだろうが、俺は愛想笑いをしてごまかす。するとちょうどあの公園に差し掛かった。
「そういえば貴様のケーキ。奪いそこねたんじゃった」
「あ、あああっ」
あの時突風で飛ばされちゃった、赤月さんと話した記念ケーキ! まさかあんたがパクろうとしたのか!
「妾も暗くて見つけられんかった」
「だ、だから警察の証拠品になってたのか……」
あの時から俺についてきてたとか、ホラーだな。
そういえば。これを聞いて思い出したことがある。
姫さまは刑事のおっさん――赤月さんの父親――たちの記憶を消去した。
俺もその後、記憶が消えていることを実際に会って確認した。
でも、証拠品とか、俺のストッキング購入録画映像なんかは消えていないはず。記録をつけている手帳とか、資料も消えないはずだ。
なら。
――いや、深く考えるのはよそう。あれからかなり経つし、大丈夫だろう。
■□■
家に着き風呂の準備をする。姫さまはいつものように沸くとすぐに入っていった。
風呂場から鼻歌のようなものが聞こえるが、俺はその間に夕飯を作らなくちゃいけない。
しかしなんだろう。むずがゆい。
いつもと変わらないはずなのに、なにかそわそわしてしまう。
姫さまが自らのことを告白し、俺が契約を結んだからだろうか。
「……」
五感が研ぎ澄まされ、風呂場のお湯を流す音が鮮明に聞こえてくる。
「……」
料理に集中しろ俺……!
肉を炒めてもう完成というところで、
「一号様」
え……。
「一号様」
すぐ後ろからの声。
俺は振り返った。
その瞬間驚きでフライパンがひっくり返ったとか、はたまた炊飯器のボタンを押し忘れてたとか、そんなことを考える前に――。
「静かにしてください」
「もぐっ……!?」
後ろから呼びかけた人物は、声を出そうとした俺の口を塞ごうと、俺の顔を自分の胸へ押し付けた。
一体なにが、なにが起きた!? てか誰だよ!?
「私はイ・オンモール王国騎士隊副隊長、シャ――」
『おい一号! うるさいぞ!』
「大丈夫だと答えて」
「すす、すみません! ちょっと物を落としちゃって」
『ふん、怪我がないならよい』
フライパンを落とした音を聞き、風呂場から姫さまが叫ぶ。けれど俺は謎の人物に言われた通り、平然を装う。
「申し訳ありません。姫様に私の存在を知られるわけにいかないもので」
抱き寄せられていた俺は、ようやく解放された。
って、イ・オンモール王国から来たって言ったかこの人。
背中には確かに姫さまと同じ黒い翼が生えていた。でもずいぶんと小ぶりだ。
「きき、君はひ、姫さまの知り合いで?」
「よろしければそこに座ってお話を。あ、お茶を淹れましょう」
そう言って謎の人物――金髪サイドポニーの少女は、俺をなぜか客人扱いし、テーブル前まで案内した。そして食器棚から迷うことなくコップを取り出して、俺に茶を出した。
「姫様の入浴タイムは、この一週間の平均で三七分三八秒です。残り二〇分以上ありますが、余裕を持ってあと一〇分ほどでご説明いたします」
「……」
「まず、勝手にこの部屋に入ったこと、驚かせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
まあいいけど、いつからいたんだよ。ドアが開いた様子もなかったし。
少女は正座で座ると、すぐに口を開いた。
「簡潔に申し上げますと、私は国王から命を受け、クリア姫の護衛に来ております」
「ご、護衛……ですか」
「は。誰もが成し遂げられなかったというこの世界の征服、流石の国王も気になるご様子。私は姫様のあとをすぐに追って参りました」
騎士隊の副隊長と言っていたけれど、そんな風にはとても見えない。華奢な身体を部分的に覆う、鎧のようなものがそんな感じを受けさせるだけだ。ちなみに胸はそこそこある。
「ご、ご苦労さまです」
「いえ、仕事ですから」
国王に心配されるということを聞けば姫さまも喜びそうなんだけどな。
そういえば俺、気づいたのだが。
「………………と、ところで、ですね」
「は」
「ごご、護衛していたということは、俺たちのこと、ずっと見てたわけですよね」
「そうなります」
「その、四六時中、ずっと……ですか?」
「はい、姿を消しながらですが、見守らせていただきました」
「ももも、もしかしてですけど、この部屋にも、いました……か?」
「もちろん、護衛ですから。いつもそこの隅に座っておりました」
そう言ってテレビの脇辺りを指差す。
え、え?
「一号様」
「は、はひっ」
「私は姫様を護衛する身、お世話をなさってくださった貴方にはお礼を言いたいのです」
しかし、と表情を一気に暗くする。
「姫様に対するいやらしい視線、あれをやめていただきたいのです」
「い、いいいい、いやらし――」
「いくら姫様がお美しいからといって洗濯前の下着をまじまじと見るのをやめてください姫様入浴後の浴室内で深呼吸しないでください夜中に姫様の寝顔見ないでくださいよろしくお願いいたします」
「あ、ああ、あああああああああああああああああっはあああああああああ――――!!!」
叫ぶと口を抑えられた。てかなんで俺の入浴中にあんたが入ってきてんだよ!
「く……あ……」
涙が止まらないし、なんかもう人生終わった感が半端ない。もういいよ騎士さん、さっきからチラつかせている腰の剣で、俺の胸を刺しちゃってください。
俺が相当すごい表情してるのを見たせいか、いろいろとフォローしてくれているようだが、今の俺には聞こえない。
「話を、続けましょう」
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