第20話 俺氏、赤月さんの本音聞いてドン引き

 四月の下旬。学校の中庭に咲く満開の桜の木を見上げながら、俺たちは歩いた。

 すれ違う生徒たちは、俺たちのことを見て振り返っているようだ。


「ここ空いてるわね」


 中庭にある一つのベンチ。ひんやりとしたそこに二人で腰掛けた。


「もしかして君、久しぶりじゃない? 一人になるの。どうしたの? 逃げ出してきたとか」


「まあ……」


「そっか」


 足を浮かせ、前後に振る姿がどこか子どもっぽさを感じさせる。


「…………」


 そのまま時が止まったように、会話が途切れた。俺からなにか話せってこと?


「そそそそ、ソウイエバサ」


「ん?」


「おっさ――お父さん、あれから、どうなった? 大変そうだったけど」


「あー、車? キャンセルさせようと思ったんだけどね、納車がもうすぐみたいで無理そうだったの。だからこれから五年間お小遣いなしで手を打ったわ。お母さんにはお尻叩かれたみたい」


「そう、なんだ、はは」


 どうして俺の笑い方って全部愛想笑いみたいになっちゃうんだろうな。コミュ力を上げるために、嫌でも笑わないといけないって癖でもついちゃったんだろうか。


「……あのさ。この前屋上で、親との関係がどうとか言ったの覚えてる?」


「あ、うん」


「わたし親が両方公務員って言ったでしょ? だから二人共、教育には熱心なの。絶対に大学行けだとか、いい経験だから生徒会に入れとか、そんなことばっかり言われるのよ」


 あのおっさんがそんなこと言うなんてな。自分の好きなようにさせそうにも見えたんだけど。でも娘が将来いい暮らしができるようにという気遣いなのかな。


「この近く大学ないでしょ? だから進学すれば家を離れることになるんだけど、二人共付いてくるとか言ってるし」


 そんな気軽に移動できるの公務員!?


「愛されてるのはわかる。でも過剰なのよ。行き過ぎてわたしの本心を理解してくれない」


「えと……赤月さんは、将来……どうしたいの」


 すると赤月さんはしばらくの間黙り込んだ。やべぇ、変なこと聞いちゃったかな。

 しかし赤月さんは、膝の上で拳を作り、頬を赤らめてこう言った。


「わたしさ、お嫁さんになりたいの」


 おう、いい夢だ。俺の所に来るかい?


「無職。家から出ない人に」


「え」


「家事もやりたくないわ」


「え」


「無職」


 えーと。

 聞き間違いではないらしい。この人、無職願望があるらしい。


「ど、どういう……こと?」


「そのままの意味よ。ぐーたら生活したいの」


「はあ」


「ぜひ稼ぎのいい人を夫にしたいわ。わたしが働かなきゃいけない収入なんて論外」


「……」


「朝一〇時過ぎに起きて、テレビ見て、お風呂入って寝る。それだけの生活」


 あっれええええええ。なんかえらい俺の評価ダダ下がりなこと話してるよこの人おおおお!


「で、でもでも……赤月さん、いろいろと、頑張ってる、じゃないか。が、学級委員とかさ。生徒会長にだって――」


「いやいや興味ゼロだし、正直学校行くのもめんどくさいし」


 も、もしかしてこの人、俺よりも不良の素質あるんじゃないの。


「実を言うとわたし、大統領よりもあの女に生徒会長になって居座り続けてもらったほうが、楽できそうとか思ったりしてるのよ。そうすれば次回の選挙は、嫌だけど勝てる気がしないとか適当に理由つけて辞退してさ。まぁ最悪書記とかになって遊んでたい」


 書記はそんなに楽な仕事じゃないと思うぞ、多分。


 てか俺、変な汗が出てきた。


「でも、ここまでやってきたわけだし、残りの高校生活くらいはまともにやろうとも考えてるのよ? あと二年頑張れば、六、七〇年くらいの夏休みが待ってるから。だから万が一今回生徒会長に選ばれたとしても、諦めて頑張るつもり」


「そ、そう……」


 だめだこの人。親御さんが教育熱心になる理由がわかっちゃったよ俺。そりゃ大学とか行かせたくなるわ。


 この人がこんなこと考えてるなんて周りが知ったらドン引きだろうな。俺がすでにもう顔も見れないほどに引いているのだから。


「……」


 この空気、どう断ち切ってくれよう。


 それから無言タイムが一分。

 きっとアホみたいな顔をしている俺を生徒たちが見ていく中、突然キィィィイイインという甲高い音が耳を突き刺した。赤月さんも顔を歪める。


『さっさと使えるようにせんか!』


 校内放送のスピーカーから発せられた声は……姫さまのものだ。


『ガコンガコン』


 機械のようなものが落ちる音。おそらく放送委員の人が脅されているのだろう。容易にその光景を想像できる。


『一号! おい一号貴様! どこをほっつき歩いておる! はよ戻って来んか!』


「呼んでるわよ」


「……ん」


『妾を放置するでない! 恥ずかしながら迷子になってしまったではないか! どうしてくれる!』


 あの、そこは迷子センターではないぞ。


『ちょ、ランスセールさんっ。あなた一体なにをやって』


『離さんかこの無礼者! 触るでない! 妾を誰だと――』


 担任の声だ。この放送を聞いて飛んできたんだろう。早くこの姫をどこかへ連れて行っておくれ。てゆーかマイクの音を早く下げたほうがいい、ここから見える生徒たちがポカーンと突っ立っているぞ。


『我が名はクリア・ランスセール。いずれこのチキューを征服する者だ! 皆覚えておk――ああああああぁぁぁぁなんだその筋肉はああぁああ!』


 声がマイクから離れていく。もしかして俺も見たことがない、伝説のマッチョ用務員にでも引っ張られていったんだろうか。


「相変わらずなんでもありね、あの女……でもちょっとやりすぎかも」


 赤月さんが半目で呟く。確かに私的な校内放送など漫画くらいでしか見たことがない。

 こんなことをする生徒会長候補を生徒たちはどう思うのだろうか。

 ため息のようなものをゆっくりと吐き出してから、俺たちは教室に戻ったのだった。


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