第17話 生徒会長の座

 昼休み。


「長いのぉ。腰が痛いぞ」


 んな二〇万もする高級チェア使ってなーに言ってんだ。


「ひ、昼ごはん……どうします?」


「学食というところは気に入ったぞ。あそこがよいな」


 またステーキ丼買わされるのか俺は。一〇〇〇円ですよ一〇〇〇円!


「ム。レッドはどこじゃ?」


「そ、そいうえば」


 休み時間ごとにどこかへ行っていた様子の赤月さんは、再び姿を消していた。


「つまらぬのう。つまらぬのう」


 口をへの字にさせながら姫さまは言う。

 けっこう気に入ってるんじゃないか、赤月さんのこと。


「あやつの無様な姿を皆の前で晒してやろうかと思ったのじゃがなー」


 前言撤回だ。逃げ続けろ赤月さん。


「じゃ、じゃあ行きましょうか。あそこ、すぐ席埋まっちゃうんで」


「うむ……ぁああ痛ぁぁぁ、うあああ」


 腿付近がしびれたらしい姫さまはしんどそうに歩き出す。

 姫さまを先導しながら歩く俺のことを、廊下にいる生徒たちは(おそらく)憧れの眼差しを向けている。気分がいい。


「むう、席がないの。追い出すか」


「だ、ダメですって。仕方、ないです。ほかに行きましょう。天気もいいし、中庭とか」


「そうか」


 食堂は一〇〇席ほどあるらしいのだが、少し出遅れるとやはり席は埋まっている。


「生徒会室に征くぞ、一号」


「ふぇ!?」


「あそこはちょうど良いスペースじゃ。長いテーブルもあったじゃろ」


「い、いや、あそこはちょっと勘弁願いたい……といいますか」


「何故じゃ」


「いや、それはその」


 もし大統領がいたらトラブルが起こること必至。どうかそこだけはやめていただきたい。


「わ、罠を用意している、かも」


「ふむ」


「だ、大統領は姫さまと接触を図りたい、と言っていました。なにか企んでいるかも……」


「貴様の言うことはもっともじゃの」


 じゃが、と付け加え、


「今は昼時。食欲は恐怖にも勝る。征くぞ」


「ええぇ」


 この人の理屈は未だに理解できない。


 ため息が出る。


「妾の身を案ずる行為。高く評価するぞ」


 呟くように、姫さまは言った。

 別に身を案じて言ったわけではない。でもたまにこういうことをさらっと言ってくれるから憎めないのだ。


 それから俺は購買でパンと飲み物を買い、姫さまを生徒会室へ案内した。

 これが二度目の訪問。一体なにが起こるのか。


 ノックを三回。すると中から返事があった。

 ガチャリ。震える手でドアを開ける。


「しし、失礼します」


「い、一号さんっ?」


 日名子さんが目を丸くして言う。

 おにぎりを片手に、一人で資料を読んでいるところだったらしい。


「どうされたんですか?」


「あ、いやそれが……」


「鳥か。部屋を借りるぞ」


 姫さまはドアの前で突っ立っていた俺をどかし、ずかずかと生徒会室に入っていく。


「ひっ」


「すみません」


 怖がる日名子さんに一礼し、俺も姫さまに続く。


「鳥よ、大統領はおらぬのか」


「彼女は人気者ですし、食事を皆さんと摂ってから来られると思います」


「人気者じゃと?」


「この学校で一番有名だと思いますけど」


「やはりそうか。あのオバマじゃ。わからんでもない」


 オバマ違いである。


「が、その人気も今日で最後。これからは妾がこの学び舎で人気ナンバーワンに……いや、トップ支配者になるのじゃあ!」


「はあ……」


 首を傾げる日名子さん。


「ではいただくとするか」


 姫さまは買ったパンを生徒会長の机で食べ始めた。


「あ、あの、ほんとすみません……」


「いえいえ。それより、転入してきたというのは本当ですか? 制服着てますし」


「あ、まあ。はい」


「気になってたんですが、あの背中にある黒いのって……」


「あの……コスプレというやつですはい」


「コスプレですか? へぇ……すごい」


 やはり気になるのはそこか。通常は折りたたんでいる翼は、それでも三〇センチ以上は背中から飛び出している。都合よく日常生活で見えなくなる漫画とは違うのだ。

 そのうち引っ張る奴とか現れそうで怖い。

 てかコスプレで納得する人がいるとか怖い。


「その、本人も、あまり触れてほしくない部分らしいので」


「わかりました。でもそういうのにうるさい先生もいますから、なるべく外していただけると助かります」


 それから長い沈黙が流れる。

 パンの包みをガサガサとさせるのも、俺の咀嚼音も耳障りになるような気がして、動きがなんかスローになる。


 食べ終わった日名子さんは、再び資料に目を向けている。

 俺は買った缶コーヒーの原材料とかの表示を意味もなく見つめていた。


 すると、

 トントントン。

 トントントントン。


 姫さまが貧乏ゆすりをしていらっしゃる。


「遅いのー。鳥、まだか?」


「すみません」


「一号、見てくるのじゃ」


「え、俺ですか?」


 姫さまの言ったことは絶対である。俺は廊下を巡回しに行くため、席を立った。

 ドアの前に移動した、その時。


「ぶベラッ!」


 ぶち破ろうとしたんじゃないかってくらい勢いよくドアが開いた。

 運悪く、ドアの正面に立っていた俺はまたしても顔面を強打した。


「やはり、来ていましたのね」


「おお、待ちくたびれたぞ、オバマよ」


 はぁはぁと呼吸を乱しながら大統領が入出してきた。


「まさか貴方がここへ転校していらっしゃるとは。まだ世界征服など目論んでおいでで?」


「そうじゃ。それに庶民の生活もなかなか面白みがあるからの」


 大統領は自分の席に近づくが、無論姫さまは動こうとはしない。

 だから仕方なく大統領は日名子さんの隣の椅子に腰掛ける。やめろそこは俺の正面だ。


「あら、貴方もいらしてたの。ここは一般生徒が食事をとる場所ではなくてよ」

「あ、すみません」


 なんだこいつ誘ってんのか(ケンカに)……ってくらいの上目遣い。

 てか今更だけど、この人めっちゃ美人だな。胸は小さいけど。


 こんなに近く真正面で見る大統領の顔は、チート級な姫様には及ばないけれど、とても綺麗な顔立ちをしている。国民的美少女にでもエントリーしたら、いい線いくんじゃないだろうか。田舎に住まわせておくのはもったいない。


「まあまあ。いいじゃないですか今日くらい」


 日名子さんも同じく美少女の部類に入るだろう。眼鏡を外し、少し長い前髪を切ったら絶対に化けると思う。


「……まあいいでしょう。それよりも貴方、備品の代金もう払ってくださったのね」


「……は?」


「それも過剰だったわ。一〇万ほど多い」


「い、一体なんの……」


 なんの話をしている。


 確かに昨日請求書は届いたが、俺は怖くてまだ目を通していない。

 姫さまを養っているおかげで今月だって赤字なんだ。


「今度払い戻しをさせるわ」


「……」


 意味がわからなかったが、払ったことになっているのであれば、素直に頷いておこう。

 すると、


「オバマよ」


「なにかしら」


 なにか企んでいるような表情で、姫さまは言った。


「率直に言おう。セイトカイチョーの座、妾に明け渡すのじゃ」


「は……?」


 大統領は思いもよらぬ発言に驚き、立ち上がった。


「流石にコウチョーになるとは言わぬが、この学校に妾が来た以上、生徒のトップは姫である妾に相応しいとは思わぬか」


「お、思いませんわ。わたくしは去年の秋、選挙で生徒会長の立場を得たのです。今日ここに転入してきた貴方が、この学校をよりよくしていくことなど無理ですわ」


「無理? 何故決め付ける」


 姫さまはニヤリと笑みを浮かべ、脚を組み替える。


「新しい風は大事じゃ。妾ならうまいことやれるはず。よりよくすることができる……気がする」


「っ、そないなことでけへ……できませんわっ。知らないですけど」


 そーだそーだ。


「それに生徒会長の途中交代などできませんわよ。任期が終わる一〇月まで、わたくしはこの仕事をやり遂げてみせますわ」


「一〇月になれば、妾はセイトカイチョーになれるのか?」


 首を傾げ、俺の方を見る姫さま。


「い、いえ。そういうわけでは……」


 俺もそういうことは詳しくない。立候補して選挙をするということくらいしか。

 対抗馬がいなければなることは容易だろうけど、おそらく次回はあの人が名乗りを上げてくるはずだ。


「赤月緋音さん」


 日名子さんが口を開く。


「教師からも圧倒的に信頼を寄せられている赤月さんが、次期生徒会長と言われています。生徒たちもこの時期からすでにそのような空気を作っています」


「レッド。やはりあやつが立ちふさがるか」


 たしかに俺から見ても次の会長にふさわしいのは赤月さんだ。かわいいし。


「しかしの、一〇月は遠すぎる。せめて一週間後にならんのか」


「なるわけないでしょう?」


「ぬう……」


 それはどう足掻いても変えることはできないだろ。

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