第16話 姫さま初登校

「妾はイ・オンモール王国第二王女。クリア・ランスセールじゃ!」


 お決まりのセリフを言い放ち、教室内は静まり返った。


「そ、そういうことですので。みなさんくれぐれも……いえ、みなさん仲良くしましょう」


 今日の朝突然決まった転入生だ。担任だって、こんな得体の知れない人物を受け持つことになって困惑もするだろう。

 急遽用意した席に担任が案内すると、姫さまはふんぞり返るようにして椅子に座った。


 教室の一番うしろ中央。カッシーナというメーカの机に、ハーマンミラー最上位グレードのオフィスチェア。


 姫さまが黒板を見えやすくするために、不自然な形になった生徒たちの席並び。

 窓際だった俺の席も、そのせいで少し窓から遠のいた。


「うむ。よい」


 姫さまは満足そうに口角を上げた。

 俺はもう諦めた。

 赤月さんはというと、口をひくひくとさせて、教卓前の席から姫さまを睨みつけていた。


 やべえ、すんげえ怒ってる。


「ほう、レッドよ、そうか貴様もこのクラスじゃったかー!」


「だ、だれかしらぁ、あなた誰かしらぁ~?」


 担任と共に姫さまが教室に入ってきた時の表情を、ぜひ見てみたかった。たぶん世界の終わりみたいな顔をしていたんだろう。


「おい担任よ」


「は、はい。なにかしら」


「一号を隣に置いてくれ、少し遠いからの」


「一号?」


「お、俺のこと、です」


 うっわ、みんな俺のこと見てるし。見るな見るな。


「知り合いなの?」


「下僕じゃ」


 ざわつく教室内。


「わ、わかりました。じゃあ、ランスセールさんの隣に移動してくれる?」


「……」


 わかったんかーい、ってツッコミたかったけれど、俺は不良っぽく無言で頷き、移動した。

 担任はたしか教師になって三年目くらいだったか。それもこの春から担任を任されるようになったとか。

 ご愁傷様としか言えんが、これを乗り越えれば、あとはどんな生徒相手でも大丈夫だろう。


「で、では一限目はわたしの授業ね。今日はえーと、二〇ページから――」


 授業が始まる。

 すると姫さまは俺に耳打ちしてきた。


「学校がどのようなものか、妾もよくわからんのじゃ。貴様だけが頼り。よろしく頼む」


 耳元で囁かれる。

 弾む姫さまの声。

 カーテンの隙間から差し込む日光が、姫さまの銀色の髪に絡みつく。


 黒板を真っ直ぐに見据えるその姿に、日頃の行いにうんざりしている俺でさえ、再び見とれてしまった。


 黙っていれば美人とはよく言ったものだ。

 まさにこの人はその究極系なんだろう。

 すぐとなりから漂う果実のような香りを堪能しながら、俺は姫さまと学校生活を始めるのだった。


     ■□■


 一限の終わり。

 その休み時間でクラスメイトが当然行うことといえば、高校二年四月の途中という中途半端極まりない時期に突然転入してきた、変な美少女にお近づきになるということだ。


「クリアさんって呼んでもいい?」


「だめじゃ馬鹿者。馴れ馴れしい、姫と呼ばぬか」


「その、ショッピング・ららぽーと王国ってどの辺にあるの?」


「貴様とはもう口は利かぬ!」


「そ、その背中にあるのなに?」


「翼じゃが?」


「日本語うまいね」


「ム? もともとこの言葉じゃぞ」


 質問攻めに遭う姫さま。

 ちゃんと答えているようには見えないが、それでもクラスメイトは笑顔を絶やさない。

 隣に座る俺はスマホをいじっているからか、誰からも声をかけられることはなかった。

 この町に住んでいれば、外国人自体見ることも少ないだろうし、気持ちはわかる。でも少しは俺にも興味を示したらどうだい?


 周りを見渡すと、いや、気づけば見渡せなくなるほどの生徒たちが、姫さまの机の周りを囲んでいた。廊下からは別のクラスの生徒が大勢覗き込んでいる。


「はっはっは。ほれ順番じゃ」


 満足そうでなにより。友達ができるのも時間の問題じゃないか? いつ服を脱がせようとするかヒヤヒヤものだがね……。


 それにしても、赤月さんの姿が見えない。教室内にもいないみたいだ。

 あとでなにかしらの接触をしてくるだろうけど、なんか怖いな。

 肩をすぼめると、スマホが振動した。


 二ヶ月家族からも着信ゼロの男、俺の元へメール……? いや、これはLINEだ。ビビって思わず声が出たが、雑音に消されて誰も反応することはなかった。


『どういうことですの? なんであの方がこの学校へ』


 大統領からだった。

 家族からも連絡があまり来ないため、返信作業は久しぶりだ。


『転校してきました。お世話になります』


 この僅かな定型文のような文字数でも、何回も読み直し、相手に失礼ではないか熟考してから返信する。コミュ障の特性の一つだ。

 そしてすぐに返信がないと、相手を怒らせることを書いてしまったのではないか、違う人に送ってしまったのではないかと、もう一度履歴から文面等を確認する。


「も、問題ないはず」


 数分経っても大統領からの返信がなく凹む。


「ところで一号」


「え?」


「貴様、なにか忘れておらぬか」


「え?」


「妾がここにわざわざここへ来た理由。言ったじゃろう」


「ああ」


 友達作りという名の征服ですね。はいはい、そんなにもじもじしなくてもわかりますよ。


「妾は今ここで厳選しておるのじゃ。我が同胞となるにふさわしい人間をの」


「見つかりそうですか?」


「いいや。見たところ、なんの面白みのない面子じゃ」


 なんで上から目線なんだよ。


「そういえば、ここは全てで何人おるのじゃ?」


 たしか、三〇〇弱だ。俺はそれを伝える。


「む、なんとチンケな。まあよい、着実に増やしてゆくぞ」


「は、はあ……」


 そう言って始業のチャイムが鳴り、姫さまを取り囲んでいた生徒たちは各々の席へ戻っていった。

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