第14話 おっさんの正体

「お前まさか」


「……っ」


「まさか、緋音の男かああああああっ!!」


「ち、ちがうんですちがうんですううううう。俺なにもしてませんからああ…………え?」


 腕をクロスさせて顔を隠しながら弁解を図ろうとしたところ、おっさん刑事から返ってきたのは予想外の言葉だった。


 緋音の男……とは?

 思考が停止した。しばし間があって、変な声が出た。


「ぽふ」


「なになに、一体なんの騒ぎ……って……え?」


「あかかかかかか」


 今の俺の状態を見た赤月さんは、一体なにを思うのだろう。頭には下着、大事そうに抱えた衣類。プラス鼻血。


「っ変態か!」


 鳥肌を立たせながらつっこむ赤月さん。


「ど、どういうことなんだ、どういうことなんだ緋音ええええ! 俺の緋音ええええ!」   


 頭を抱えて泣き叫ぶその姿は、先日見たベテラン臭のする刑事のそれではなかった。

 てかなんでこの人がここにいる。俺や姫さまを捕まえるためにしては勝手に入ってきてるし、そもそもまだ疑ってはいるが、あの時の記憶は消されたはずだ。


 いや待て、今このおっさん「俺の緋音」とか抜かしおったな。どういうことだ。

 その前にもなんか言ってたぞ。確か「帰ったぞ」と。


 そんな言葉を発する関係。

 導き出される結論は……。


「お父さん、いい加減にして!」


 お父さん……だと!?


「あ、緋音ぇ……」


「はあ、帰ってくるとはなあ。あ、勘違いしないで、この人はただのクラスメイト。今日はその、たまたまここに迷い込んできただけ」


 すげえな俺。


「いや、だってさ緋音ぇ。こいつお前の服大事そうに持ってんじゃん、パンティだってお前のじゃん。見たことあるもん俺!」


 バチコーン! という衝撃音と共に、おっさんがテーブルを巻き込んで吹き飛んだ。


「なんで知ってんのよこの変態オヤジ!」


「調べたもん!」


 刑事の能力そんなところで発揮するな。それにパンティ言うなや。

 以前聞いた話だが、姫さまの衣類の大半は赤月さんのお下がりらしい。今日着ていた服も、元は赤月さんのもの。まあ下着までは流石の俺もわからなかった。このおっさん、どうやら娘を過剰なまでに溺愛している。


 赤月さんは顔を赤らめたままため息をつき、おっさんを蹴った右脚を下ろす。

 父親。どうやらこの二人、まさかの親子らしい。公務員なのに祝日にも出勤してるってのはそういうことか。


 俺はとりあえず何事もなかったかのように立ち上がり、吹き飛んだテーブルを元の位置に戻した。最近こんなドタバタ騒ぎが多すぎる。


「とりあえず座るんだ緋音」


「……」


「君もだ」


「は、はい」


 急に刑事面しだしたおっさんは、俺と赤月さんを食卓用テーブルに座るよう促した。


「率直に聞くが、お前たちはどういう関係だ」


「言ったでしょう。ただのクラスメイトだって」


〝ただの〟という言葉と、あえて友達という表現ではなく〝クラスメイト〟という言い回しがすごーく気になったが、俺はポジティブに、この場を切り抜けるための策だと信じることにした。


「ただのクラスメイトと、どうして二人きりでいる」


「いいでしょ別に。お父さんには関係ない」


 ピリピリとした雰囲気。どうして俺、こんなことに巻き込まれてんだろう。

「その服と下着。君、それをどうするつもりだった」


「い、いや。これはその……落ちて、いたので」


「緋音の使用済みパンティと服がリビングに落ちていたと? ほう。ほほう? では今緋音はなにも履いていないということになるが? 全裸ということになるが?」


 使用済みだとなぜわかる? 湯気でも出てんのか?

 赤月さんは、下を向いてため息をつきながら、諦めたようにゆっくりと首を振っている。


「緋音とは、そういう関係だということなんだな?」


「い、いや、ちが」


「ちゃんと答えなさい」


 どう答えればいいかは決まっているのに、本物の刑事の取り調べのような迫力に気圧され、口の筋肉が動かなくなっていた。


「俺……は、赤――」


「お父さん」


 俺の言葉を遮ったのは赤月さんだ。おっさんが視線をそちらに変える。


「わたしたちの関係なんてどうでもいいでしょ?」


「なに?」


「じゃあこれはなに? お父さんもわたしに、いやお母さんにも隠してることあるんじゃないの?」


 そう言って赤月さんがおっさんに突きつけたのは、なにかの書類だった。サインがあるし、なにかの契約書だろうか。


 おっさんの額から一筋の汗が流れる。


「これ、なに?」


「な、なんだろうなー」


「これ、外車でしょ? わたしでも知ってるわよこの会社。どっかの社長とかヤ○ザが乗り回してるようなあれだよね」


「そ、そんな高くないって。そこでも一番下らへんのグレードだし……あ」


「はあ、一体どこにそんなお金があるの?」


「り、〝臨時収入〟がありまして」


「なによそれ! わたしがタイムセールで安い食品買ってるの知ってるでしょ!」


 夫婦の会話かよ。


 この外車、新車で買うなら一番下のグレードでも三〇〇万円以上するはずだ。家族に相談なしで買うなんて、そりゃ赤月さんも呆れるわ。

 臨時収入というのが本当か嘘かは俺の知ったこっちゃないが、俺はこの隙にこの家からおさらばしよう。


 それにしてもこのおっさん。本当に俺のこと覚えていないようだった。

 姫さまの魔法、本当だったんだ。


「お、おじゃましましたー……」


 俺は足音を立てないように、ゆっくりとこの家を去った。

 しかし、俺はあることを忘れていた。


 そう。


 俺は今のゴタゴタで、奴の存在を完全に忘れていたのだ。


 そう。


 クリア・ランスセール(全裸)がとり残されているということを。


 おっさんがラッキースケベにあいそうな予感

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る