第12話 あっ……(察し)

 祝日だというのに、町は特に盛り上がりを見せてはいない。

 車がある家庭は三〇分くらいかけてデパートがある町へ出かけることもあるそうだが、だいたいの学生はいつもと変わらず家にいるかその辺でたむろっている。


 戦後間もなく建ったような老朽化が進んだ家はいくつもあるし、少し歩けば田んぼや畑があちこちに見渡せるようになる田舎住まいの住人は、休みの日だからってお洒落して出かけることなどほとんどない。行くとしたら食料品の買い物くらいだろうか。

 姫さまと外出することになった俺は、髪をきっちりセットし、厳つい感じを出しながら町の中心とも言える商店街に来ていた。


 平日の夕方より少し混んでいるくらいの、長さ二〇〇メートル程度の商店街。この町一番の買い物スポットである。


 現在午前一一時。

 七時過ぎに一度外に出たのだが、人っ子一人いない町を見て一旦帰り、出直したのだった。


「うむ。探せ」


「い、いや、そんなこと、言われても」


 商店街を見渡しても、平均年齢六〇くらいで、俺のような高校生なんて誰ひとりいない。

 姫さまは大統領や赤月さんを探しているようだけど、彼女らみたいな綺麗どころがこんなところにタイミングよくいいるわけが――。


「あ~らそうなの、わたくしそんなこと知りませんでしたわ」


 おった。


 大統領と、話しかけているのは、確か書記の日名子さんだ。二人はどうやら奥まったパン屋から出てきたらしい。


「あら貴方!」


「あ、がまま:@pああらあ」


 まずい見つかった。先日の一件から、俺は大統領から必死に逃げていたのだ。

 校内放送で呼び出されたり、赤月さんに引きずられながら生徒会室に向かわせられたりしたものの、なんとかトイレに逃げ込んで回避してきたのだ。


 今日だって見つけられっこないと思ってここに来たというのに、これじゃあ意味がないではないか。

 俺は気付かないふりをして、くるりと大統領たちに背を向ける。


「ようやく見つけましたわ、露出狂な下僕一号さん……!」


「ぐ……」


 大統領に肩を掴まれた。どうしよう、姫さまパソコンとか色々ぶっ壊したし、きっと高額な弁償させられてしまう。


「今日はあの銀髪の方はいらっしゃらないのかしら?」


「え?」


「あの方よ、わたくしを襲った」


「え、まあ……俺だけです、けど」


「そう」


 実はその姫さまは姿を消せることをいいことに、大統領に色んなイタズラを実施中であった。スカートをめくり、もう一度めくり、更にめくる。大統領本人は気付いていないようだ。


「(おい一号、この女ストッキングを履いておらんではないか。さり気なくストッキングをプレゼントしろ。鳥にもじゃ)」


 んなもん常時持ってねーよ。

 突然の怪奇現象に目を丸くし今にも倒れそうな日名子さんは、必死の思いでめくれるスカートを下に引っ張っていた。かわいい。


「お、俺になにか用があったんじゃ、ないんですか? あの、呼び出し、とか」


「貴方には特にありませんが?」


「ふほ」


「わたくしが用があるのはあの方。地球を征服なんてふざけたことを言っていたものですから、その、少し気になって」


 何故頬を赤らめる。


「大統領はあの人が気になってるんです。あのわけのわからない名前の人、真剣な眼差しで言っていましたから」


「や、やめさない日和子」


 日名子さんはそう言うが、真剣にあんな発言してる人見つけたらもう関わらないほうがいいと思う。人生を棒に振ることになるぞ。


「ま、まあわたくしが少し気にかけていたと、もし会う機会があればそうお伝えいただければ。すこーしなら話を聞いてもよくってよ、と」


 だから何故顔が赤い。


「……わかりました」


 あんな目にあってまだこの姫さまに会いたくなるなんてあれですか、ドMですか。


「よろしく頼みますわ」


 俺は頭を下げた。


「そうそう、貴方のメアド教えてもらえる?」


「メどどどど」


 メアドってなんだよ、メラゾーマの仲間か?

 大統領がスマホを取り出すのを見て、俺はようやくメアドの意味がわかった。メールアドレスの略だなそういや。


「赤外線はあるかしら」


「!?」


「そちらから送ってもらえる?」


「!?」


 今度は赤外線の意味がわかんねえ。そういうのって、ゲームボーイみたく通信ケーブル的なもんで交換するんじゃないのかよ。

 中学時代の俺は携帯電話を持っていなかった。まあ持っていたとしても、連絡先を交換できるような友達は一人だけだったし必要性が特になかった。


 今持っているスマホは親と契約しに行ったし、設定やら家族の連絡先の登録も姉がやってくれた。俺がわかるスマホの機能はネットとアプリのダウンロードだけだ。


「くっ」


「なにをしてらっしゃるの?」


〝赤外線〟とググっていたところで声がかかる。くそ、恥ずかしい。


「い、いいいや久しぶりなもんで、どうやるんだっけかなー……と」


「日和子、やってあげなさい」


「はい。一号さん、ちょっとお借りしますね」


 お言葉に甘えて俺は日名子さんにスマホを渡した。赤外線なるものの正体はまだわからないが、ひょっとして赤い光線が出るんだろうか。

 日名子さんがなにやら操作していると、


「あっ……(察し)」


 え、なにそのまずいもの見ちゃった的な顔は! ねえ、一体なにを見たの!?

 そのまま何事もなかったかのように、日名子さんは大統領の持つスマホを近くまで寄せてじっとしている。俺のデータがまず大統領のスマホに届き、次に大統領のデータが俺のスマホに入れられたらしい。ちなみに赤い光線は出ていなかった。


「くれぐれも悪用しないように。それではまた」


「さようなら、一号さん」


 大統領たち二人はそのまま人ごみの中に消え、

 てくれれば良かったのだが、数分後、大統領よりメールでこんなことを告げられた。


『生徒会室の壊された備品の弁償代。貴方の家に請求書送っておきましたので』


 ですよねー。


 ちなみに日名子さんが俺のスマホでなにを見たのか。それを訊く勇気は俺にはなかった。

 だからその晩、〝赤外線 電話帳〟でググった俺が、数日間眠れない夜を過ごすことになったのは誰にも言えない秘密である。



 俺の悲しい電話帳を見てしまったのね、日名子さん……。

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