第11話 姫さまを脱がせよう!
姫さまの朝は早い。
「ワッショーイ! ワッショーイ! うぃっ」
午前五時、謎の掛け声で俺は目を覚ました。
一体なんの祭りが始まったのかと思ったが、ただの姫さまのくしゃみだった。
最後の「うぃっ」ってなんだよ。
「一号。起きろ」
「お、起き……ました」
鼻をかみながら、姫さまは床で寝ている俺の顔を足で揺さぶる。
全身が痛い。まあそれも当然、いつも快適なベッドで寝ていた俺が、急に始まった姫さまとの同棲生活によってベッドを奪われたのだから。
枕だってない。あるのは厚さ五センチ程度の某週刊少年誌にバスタオルを巻いたものだけだ。
「着替え、いや今日はその前に風呂じゃな」
「すぐ沸かします。はい……」
姫さまが俺の前に現れてから一週間が過ぎた。
実はあの日から姫さまは俺のボロアパートに住み着いている。夢の美少女との同棲生活! と当初は少ーし期待したものだが、初日の出来事からなにも学習していなかった俺は、姫さまの無茶ぶりにすでに限界を感じている。
自分ひとりの時は自分で全部やってるはずなのに、俺(下僕)がいると、とことん使われる。本当に一国の姫という立場なのであれば、多少のわがままを言うのは理解できる。
しかし。
「早く脱がせろ」
「はひぃ!?」
「貴様下僕であろう」
三〇分が経ち、風呂が沸いたことを姫さまに告げると、意外な命令が俺の耳に突き刺さった。
「い、いや姫さまっ。きき昨日まで自分で着替えてらっしゃったじゃないですかぁ!」
「やはり自分ではうまく脱げんし着れんのじゃ。これでも努力はしたのじゃがなにか文句があるのか下僕一号……!」
姫さまの右腕がゆっくりと俺を殴るモーションに移行する。
「お、俺が、姫さまの身体に触れる……それ以上になんかその、いろいろと見てしまうという……ことに、なるのですが」
「そんなことか、別に構わん、慣れている」
「な、慣れ……」
男に、ということだろうか。
「数十人の下女にな」
俺は男として見ていないんですねそうなんですね。
「では早く脱がせろ。ここの風呂は早くしないとすぐにぬるくなるからの」
恥じらうことなく俺の前に仁王立ちする姫さま。
寝汗をかいているはずなのに、俺の鼻の中には香水のようなフルーティな香りしか入ってこない。
せっかく姫さまが直々に俺に頼んでるわけだし? 本人の同意があれば犯罪じゃないし?
緊張で心臓が口から飛び出そうだ。
俺はゆっくりと、赤月さんから譲り受けた姫さまのパジャマのボタンに手をかける。
「違う、まずは下からじゃ」
「し、下から……? え、えと」
レベル高ぇこの姫。
「一号なにをやっておる。貴様まさか緊張しているのか? まあ妾の美しい身体じゃ、仕方ないことじゃろうが、それでは下僕としては三流じゃ」
「しかし……そんな」
ガッタガタと震える手で、俺は姫さまのパジャマのズボンに親指をかける。
いや待てよ、下着まで一気に下ろしていいのだろうか。それとも一枚ずつ……?
俺と姫さまの距離はわずか一〇センチ。俺の鼻息がかからないか、変態だと思われないか。
そんな心配が頭をよぎり呼吸を止める。
一枚ずつ脱がせたとして、俺はきっと下着を見てしまうだろう。それも数秒間見続ける。姫さまは俺をずっと見下ろしている。その沈黙の間、姫さまはなにを思うのだろう。
①(こ、この変態下僕がっ……。妾の下着に興味がというのか……。まあよい、日頃の礼だ、存分に堪能するがよい)
②(ああんっ、一号のこの息遣いっ、妾まで興奮しゅるううううっ)
③(もっと……もっと見てええええええええええええんっ)
なんて思われちゃうかも!
よし決めた。
一枚ずついく。
「…………」
俺は覚悟を決ると、頷いてからゆっくりとズボンを下ろし始め――
た。
しかし。
俺は二分半の無呼吸妄想の故、いつの間にか意識を失っていた。
気絶から一時間。午前六時半過ぎ。
姫さまはあれから一人で風呂に入ったらしく、俺は倒れたそのままの場所で目を覚ました。せめてベッドへ運んでくれよと思ったが、どうやらそんなことをしてくれる下僕への愛など持ち合わせてはいなかったらしい。
「あれから一週間、妾は更なる下僕を増やすため様々な工夫を凝らしてきた。じゃが、一向にうまくいく気配がないではないか」
「……」
姫さまはバスタオル姿で狭い部屋をぐるぐると回りながら、演説みたいなものを始めた。俺はテーブルの上で正座させられている。
「妾は一刻も早くこのチキューを征服したいのじゃ。ああしたいのうしたいのうウズウズ」
「は、早く、というと、具体的にどのくらいの期間で……なんでしょうか」
「早いに越したことはない。明日でも明後日でも、とにかく早くしたいのじゃ」
んな明日買い物に行きたいみたいなノリで言われてもだな。
「大統領を倒すには、もっと人手が必要じゃ……!」
問題発言のように聞こえるかもしれないが、ここで言う「大統領」とは、我が高校の生徒会長〝小浜茉莉奈〟のことだ。
まあ姫さま本人はアメリカのあの人だと思っているのだが、勘違いであの人が世界のボス的なものだと信じている。
「あやつのバックにレッドもいた。それもあやつはシャイニング式格闘術の心得がある様子。そんな素振り、妾と共にいた時見せなかったはずじゃ……!」
まあ俺も驚いたが見事な飛び膝蹴りだった。どこで習得したかは不明だし、どこで姫さまがそんな言葉を覚えたのかは考える必要はないが、別に格闘術なんて日常生活で披露する機会などないし、姫さまが知らないのも当然だろう。
「なにかいい方法は……そうじゃ」
「?」
俺は首を傾げる。すると姫さまは歩くのをやめ、壁に貼ってあるカレンダーを見た。
「そういえば今日は祝日だそうだな一号」
「あ、はいそうです」
「敵情視察に征くぞ」
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