第10話 オバマが到☆来
この俺に職員室に入ることを命令しても無駄だ。日直で放課後日誌を担任に届けに行くのに、毎回どれだけの時間がかかると思っている。時計の長針が一周するくらいだ。
そんな時くらい不良らしくテキトーにするのが望ましいのだが、一番最初に書いた日誌の内容を褒められてから、なんか真面目に取り組んでいる。不良を目指す者としてあるまじき行為だ。
ま、今そんな話はどうでもいい。
放課後、職員室がある廊下の隅。
「コウチョーというのが一番偉いのか」
「た、たぶん」
よくドラマとかで「り、理事長!?」とかいう一番偉いっぽい役職が出てくるけれど、そんな人物見たことがない。本当に存在するのかもわからん。私立だけなの? だからとりあえず一番偉いのは校長だろう。
「でで、でも校長、今日留守にしてるみたいなんです。なんか先生言ってました」
嘘である。
「その次に偉いのは?」
「わ、わかりません」
「馬鹿なのか貴様は」
「すみません」
本当は教頭のはず。それにしても、教頭って校長以上になんの仕事してるのか不明じゃないか? 学校でなんかやってるの見たことないし。教頭って立場も、ドラマでよく見るコバンザメ的イメージがあって印象悪い。校長に媚を売ると校長になれるのか?
「なら貴様が思うこの場で一番偉い者は誰じゃ?」
「……生徒会長……ですかね」
「ほう、なにやら権力を持っていそうな役職名じゃ」
確かに生徒の代表的立場だけど、漫画とかみたいにすごい権力はない。生徒会長の言うことは先生も逆らえない! みたいな学校あれば紹介してもらいたいわマジで。俺もなるから。
「会いに征くぞ一号、そやつはどこにいる」
「え、ええっ。なぜですか」
「下僕にする」
いや言うと思ったけどさ。
「いやほら、色々と忙しいと思いますし」
「妾がそやつらの都合に合わせろと? ふん、片腹痛い」
そう言って姫さまは俺を睨むと、強制的に生徒会室まで案内させられた。
そして生徒会室前。
「こ、ここです姫さま」
「うむ」
校舎の二階の奥、そこに生徒会室はある。こんなところに来るのは当然初めてだし、生徒会役員とも当然接点はない。一体これからなにが始まるのか……。考えるだけでも恐ろしい。
心の準備をする暇を与えてもらうことなく、姫さまは勢いよく生徒会室のドアを開け放った。
「んっひ」
中から小さく短い悲鳴が聞こえた。
俺は姫さまの後ろから生徒会室内を覗き込む。
一〇畳ほどの空間の中央に長テーブルを二つくっつけて設置してあり、そこで女子生徒一人がなにかの資料を読んでいるところだった。
「貴様がセイトカイチョーか」
「いえ、今はいませんけど……」
長い髪をポニーテールにしている男子ウケ間違いなしの髪型。尚且つ眼鏡。涙目で怯えている姿がなんかたまらん。
「では貴様は誰じゃ」
「
「三下か、それに鳥のような響きの名じゃな」
突然押しかけてなに言ってんだこの人。失礼すぎるだろ。
日名子さんはキョトンとした様子で姫さまを見ている。続けて俺の方を見てきたが、俺はすぐに視線を逸らした。
「鳥よ、セイトカイチョーはいつ来る?」
「もう少しだと思いますけど」
おい鳥で通じたぞ。
「ではここで待つとしよう。よっこらせ」
姫さまは窓際にある社長デスクっぽい場所まで移動し、椅子に腰掛けた。
って、態度でかい座り方だな。机に脚を乗せるんじゃない。
「ふう」
「あのそこは……」
「この席の主は妾よりも偉いと?」
いやこの子あんたのこと知らんがな。
日名子さんは立ち上がって姫さまに近づこうとしたのだが、姫さまの鋭い眼光が突き刺さり、逆再生したように元の席に戻った。
「うう……」
かわいそうに日名子さん。助けてやれなくて胸が苦しいぞ俺は。
てかズボンのポケットに手を突っ込んで、ただ見ているだけの俺はもっとひどい奴とか思われてそうなんですが。
そのまま数分。
俺が姫さまの肩もみをしているときに、あの人は現れた。
「どなたかしら」
全校集会なんかで何回か見たことのある人物が、腕を組んで俺たちを見ている。
「貴様がセイトカイチョーか」
「そうですが貴方、わたくしの席でなにをしてらっしゃるの? 失礼じゃなくて?」
喋り方がデ○ィ夫人みたいだ! すげえ!
彼女は眉根を寄せると、腰近くまで伸ばした色素の薄い髪を、指でくるくるしながら俺たちに近づいてくる。目力は姫様にも劣っていないかもしれない。
「日和子、この方々は?」
「よくわからないです」
「わからないって貴方……」
それ以外答えようがない。
「ようやく会えたなセイトカイチョー」
「だからどな――」
「喜べ、貴様は妾の第二の下僕に選ばれた。妾のチキュー征服に協力せよ」
姫さまは両手を広げ微笑む。
俺は無心で肩もみを続ける。
「チキュー? 征服? 一体なんのこと?」
「そのままの意味じゃ。妾にはその力がある。貴様はその一旦を担えるのじゃぞ」
「……?」
会長は不審者を見る目つきで姫さまを見ている。実際不審者ですけど。
「で、貴方は?」
「おおおおおおお、俺!」
「俺! じゃわからないわ。名前を聞いているのですけど」
「一号じゃ。露出狂な下僕一号。貴様にはその二号になってもらう」
「なんてこと!?」
テンパる俺の代わりに姫さまが答える。てかその正式名称やめてくれマジで。日名子さんも俺がいつ脱ぎ出すかと身構えてるじゃないか。
「嫌よ! てゆーか本当に貴方たちは誰なんですの!」
「人に名を訊ねる前に自分から名乗るのが礼儀じゃろう。まあよい、今回は特別に妾から名乗るとしよう」
色々とツッコミたいが、まあいいだろう。姫さまは脚を組み直し、ドヤ顔で言った。
「妾はイ・オンモール王国第二王女。クリア・ランスセールじゃ」
「ショッピングモールで大安売りがなんですって!?」
こいつ、俺が脳内だけで済ませたツッコミを軽々と!
「では貴様が名乗る番じゃ」
複雑な表情をした後、彼女は観念したように口を開く。
「小浜……茉莉奈ですわ」
ああ、たしかそんな名前だった。
「オバマ……じゃと?」
「ど、どうしました姫さま」
「オバマ、オバマ……オバマああああっ!?」
突然なにかを思い出した様子で大声を上げた姫さまは、勢いよく椅子から立ち上がり、隠していた翼を広げた。
そして会長を睨みつけながら、デスクにあるノートパソコンを掴み、それで殴りかかった。
「貴様がチキューのボスかあああああ!」
「ぎゃああああああああああ」
小浜会長は叫びながら、紙一重でそれを躱す。
「大統領!」
そう言って日名子さんが会長のほうへ手を伸ばす。
「ダイトーリョー……間違いではないな。やはり貴様、チキューのボス!」
「ひひひ、姫さま! なにか勘違いしてませんか!?」
俺はすぐさま姫さまを止めに入る。
「邪魔ああああァっ」
「ごぱっ」
姫さまの肘が俺の鼻にクリティカルヒットした。漫画のごとく、鼻血が噴水のように吹き出した。
「痛っつうううう……!」
そうだ。
小浜茉莉奈。その名前と生徒会長という役職から、彼女は生徒たちからこう呼ばれている。
大統領――と。
ボっコオオオン! と、長テーブルに叩きつけられたパソコンは、レンガが粉砕するように粉々に砕け散った。あれ、パソコンってこういう壊れ方するんだっけ。
会長(以下大統領)は、ぎゃああああと叫びながら逃げ惑う。姫さまの攻撃はそれでは終わらない。
「Hun!」
武器を失った姫さまは、お得意の右フックを繰り出す。このままでは死人が出る!
「だ、だずげ」
その時。
「や・め・な・さあああああ~い!!」
聞き覚えのある声と助走のような音がした瞬間、姫さまの顔面に膝がめり込んだ。
「あピャ!」
【閃光魔術(シャイニング・ウィザード)】
片膝立ちした相手の脚などを踏み台にして仕掛ける飛び膝蹴りの一種(w○kiより)。あの武○敬司が開発した斬新な技だ。
姫さまは、生徒会室にあるいろんなものをなぎ倒しながら吹き飛んだ。そしてフラつきながらもすぐに立ち上がり言った。
「シャイニング式……じゃと?」
驚くのそこじゃねえから。
なんと姫さまに攻撃を喰らわせたのは、
「嫌な予感がして来てみれば、やっぱりこうなってたわね」
「あ、あかあか、赤月……さん!」
神々しいオーラを纏った赤月さんだった。なんで飛び膝蹴りかはわからんが、とりあえずよくやったマジで。
「た、助かりましたわ」
「だ、大統領! 大丈夫ですか!」
「護衛を付ける必要がありそうですわね……」
赤月さんは大統領にすぐに近づき、安否を確認した。日名子さんは目をまん丸にして部屋の隅っこに避難していた。プルプルと震えているかわいい。
「余計なことを……レッド」
「余計ってなによ、あんた今大統領になにをしようとしたの?」
「無論、倒そうとしただけじゃ」
当たり前のことを聞くなみたいな言い方されても。
「大統領を暗殺……ガクガクブルブル」
「わたくしを、殺すのですか……ッ」
大統領って言葉が状況を混乱させてるのがわからんのかこの人たち。いやわからんか。
「チキューを征服するには、貴様を倒さねばならん。まさかこんなところで相見えるとは思わなかったが。これも世界の意思か」
てか地球のボスがこんな田舎にることに疑問すら持たないのか。そもそも大統領って、別に世界のトップってわけじゃないよな。
「で、どういうことなの?」
俺に意見を求める赤月さん。
「だだ、大統領に二号として働いてもらおうと思ってきたんだけど……なにやら齟齬が……」
「?」
俺には二行以上の説明は無理だ。頼む、自分の頭で考えてくれ。
と、その時。
「生徒会室で乱闘だ!」
「大統領おおおおお!」
生徒会室での大きな音に反応して、多くの足音が近づいてくる。
「流石に兵が多いな大統領。とにかく妾は貴様を倒すぞ。いきなり襲いかかったのは謝罪するが、次会った時、命はないと思え」
「なんでや……」
大統領は間抜け顔でそう言い、姫さまを見上げている。いきなり攻撃を受けたのだ、いくらお上品な人でも言葉くらい乱れるさ。
「征くぞ一号」
「え、いや、はいっ」
「ちょ、待ちなさいよ!」
赤月さんの呼び止める声が後ろからしたのだが、俺は少し頭を下げて窓から退室した。
俺の鼻血で殺人現場のようになった生徒会室。あとで絶対に呼び出されそうだ。
その後、俺と姫さまは逃げるように学校から離れた。
「さ、散々だ……」
今日のような濃厚な学校生活は、人生初だ。昨日最多記録となった女子との会話数は、本日さらに更新された。だが、こんな生活は俺の求めていたものではない。
俺は不良になって女子からモテたいだけなのに。
「一号」
「は、はい」
「ケーサツ、来なかったであろう?」
空中で仰向けになりながら俺の上を飛ぶ姫さまは、抑揚のない声で言った。てか俺の真上飛ばれると、すげえ羽が顔に落ちてくるんですけど。
「そういえば……」
あのまま一日無事過ごせたのだということに、今気がついた。
警察官たちにあれだけのことをやったというのに、これまでに特に動きがない。学校も特定されているはずなのに、警察が来たなんて話は聞かなかった。
「妾の力は、本物じゃ」
「……」
「絶対に……妾は――」
これが俺に向けられた言葉なのかはわからなかった。
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