第9話 解決!ストッキング事件!

 半分ほど食べ終わったあたりで、姫さまが学食の入口に立っているのを発見した。きっとうまそうな匂いに釣られて来たんだろう。そんな顔をしている。

 俺たちに気づいたのか、姫さまは背筋をピンと張ったモデルウォークで真っ直ぐにこちらに近づいてくる。どうやら本当に俺たち以外の人間には、姫さまの姿は見えていないらしい。そして俺の隣に座ると脚を組み、


「一号、一番良いものを買ってこい。今すぐにじゃ」


「はひっ?」


「貴様下僕の分際で妾を餓えさせる気か。そもそもなんじゃ、妾よりも早く食べるとは」


 早く行け、と払いのけるような手で俺を追い出した姫さま。


「ちょっと、かわいそうじゃない!」


「……レッドよ、貴様には妾とこやつの関係に口出しできる権利はない。口を慎め愚民が」


「む……! 愚民って……」


「この町にしては大きな家に住んでいるようじゃが、それでも所詮妾の城の使用人の部屋サイズ。いや、それ以下じゃ。はっはっはー」


 どんだけでかいんだよ。使用人に贅沢させすぎだろ。


「その妾の屋敷ってのは、あんたが稼いで建てた家じゃないでしょう? 見栄張らないでよね。それにあんた、わたしの家ですっご~くくつろいでる姿見たことあるんだから。どうせ快適すぎて姿隠すの忘れてたんでしょ」


 ドヤ顔で姫さまに指さす赤月さん。それに対し、ぐぬぬ……! と赤月さんを睨む姫さま。赤くなっている姫さまなんて初めて見た。グッジョブ赤月さん!


 ……あれ。そういえば。


 俺は気づいた。伝えていいものかわからんが、教えてあげたほうが紳士的だろう。


「あああ赤月さん……」


「なに?」


 可愛らしく首を傾げた赤月さんを見て、伝える勇気がなくなった。


「な、なんでもない」


 言ったほうがよかったのだろうか。

 今赤月さんは、誰も見えていない人物と言い合いをしていたんだよ、と。





 さて、俺が姫さまに一番値段の高い〝ステーキ丼〟(一〇〇〇円)なる贅沢品を買い与え、満足そうに食べる姿を横目でチラチラ見ていると、弁当を食べ終わった様子の赤月さんが本題へ入った。


「ストッキング事件の犯人は、あんたで間違いないのね。クリア・ランスセール?」


「ふん」


 姫さまは鼻を鳴らして視線を窓の外にずらす。赤月さんの口から〝ストッキング事件〟という言葉が出てくるのがちょっとシュールだが、彼女はいたって真面目に訊ねている。


「なんであんなことするの。窒息しかけた人もいるのよ?」


 まるでいたずらした子どもに言い聞かせる母親みたいだ。この光景を見て思わず吹き出しそうになるが、ここは我慢だ。


 答えない姫さまに、赤月さんはしつこく迫る。すると、


「下僕を増やすためじゃ、うっとおしい」


「下僕……? 一体なにを言っているの?」


 めんどくさそうに答えた姫さまのこの言葉は、俺たちをかえって混乱させた。俺もよく言っていることがわからん。下僕を増やすためにストッキング事件を起こしただと?


「TVショーで見た」


「「は?」」


「ストッキングを頭に被せ、引っ張るのをな……。あれを見て妾は衝撃を受けた。暴力でもなく、拘束具を使わずに相手の羞恥心を拡大し戦意を喪失させ、従わせることのできそうなあの方法は素晴らしいと思ったのじゃ」


 どんな番組見たんだよこの人。


「一号、ストッキングはよいぞ。妾の世界には存在しなかったあの滑らかな肌触り、たまらん。たまらんのじゃ。四〇デニールこそ至高!」


「…………」


「しかし何故そんなにもストッキングを愛する妾自身が履いていないか。そんな愚問は問うでないぞ。まあ答えてやらんでもないがなはっはっはー。ストッキングは履くものではなく鑑賞するものじゃ。美しい脚を見て熱いコーヒーを飲む。嗚呼、妾のチキュー征服の暁には女にストッキング着用を命じようそうしよう」


 赤月さんは顔を引きつらせている。まあなんとなく考えていることはわかる。俺も同じだ。



 この人馬鹿なんだ、とね。



「こほん。話が逸れたが、若者なら世間の情報に詳しかろう。だからなるべく若い者を捕らえようとしたのじゃ。理屈は間違っておらんじゃろ」


 間違っていないが、他のものが間違っている。


「妾に仕える下僕を徐々に増やし、チキューを征服する。それが最終目標なのじゃ」


「はあ」


「それで、貴様が記念すべき妾の下僕第一号というわけじゃ」


「そ、そういえば、どうしてそうなったんですか。なんで、俺が」


 姫さまはムッとした表情をつくり言った。


「従僕契約を交わしたであろう。取り消しは絶対に許さん」


 そういえばさっきも言ってたなそんなこと。だけど俺がいつそんなことをした。


「忘れたとは言わせん。まず昨日屋上で落ちそうになった時、貴様は言ったはずじゃ。〝俺でよければお前に付きやってやる! だからこの娘を助けてください~!〟とな」


「……あ」


「二回目。昨日の晩、妾の色仕掛けに引っかかった貴様は、〝妾のために生きろ〟という命令に頷いた」


「……あ」


「三回目。今朝ケーサツに捕まりそうになった時、〝なんでも言うこと聞きますから!〟と叫んだ。なんでも、じゃぞ」


「……あ」


 赤月さんがなんか諦めた顔でこちらを見ている。いやいや、元はといえば……なんて言えないか。


「くく、クーリングオフ的なものは、存在しないんでしょうか……」


「それがなんだかよくわからんが、契約破棄を意味するのであればそれは許さん。一生妾に従え」


「ええ……」


 一生こんな美しい人に仕えられるのはそれはそれですごいことなのだが、なにせこんなアホなお方だ。絶対に苦労する。


「レッドよ。貴様に二号の地位を与えると言ったらどうする」


「地位なのそれ……てか絶対いやよ」


「ふん、強大な権力を持つ妾が直々に申しているというのに。まあいよいじゃろう、他を探すとするか」


 一号、と呼ばれ、俺は裏返った声で返事をした。


「この学校で一番偉い者はどこにいる」

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