第8話 謎の飛行物体

「学校……」


 その屋上だった。


「貴様、ここへ向かっていたのであろう? わざわざ送ってやったのじゃ、感謝するがよい。はっはっはー」


「え、ええと。でも」


「ええい、うっとおしい! いつまでも顔を脚に密着させるでない!」


 いつまでも脚にしがみついていた俺を、姫さまは蹴るようにして無理やり放り、ドアの辺りにぶつけられた。


「ず、ずびばぜん。でも俺、ここにいたら、絶対捕まっちゃいます……よね。まあどこにいても同じか。はは」


「……まさか貴様、あやつ等の記憶を妾が消せていないとでも?」


「だ、だって」


「まあ、あの中年は妾が直接殴っていないから若干……問題ない」


 おい、なにを言おうとした。


「本当に、消せてるん……ですか」


 殴っただけじゃ? と付け加えようとして、俺は寸前で止めた。あの理不尽な暴力が自分に襲いかかってきたらたまったもんじゃないからだ。


「疑り深い奴じゃな貴様は。あれは我がランスセール家に代々伝わる由緒正しき魔法じゃ。今までも散々使ってきたが特に問題ない」


 魔法という名の物理攻撃に見えたのだが?

 魔法なら魔法陣くらい展開してくれよわかりづらい。それにあんなどきつい殴りを見せられて由緒正しきとか言われてもだな。


「む、向こうには俺の写真もありますし……きっとまた来るでしょうね。はぁ」


 ため息が出まくってしょうがない。モテる前にストレスでハゲたらどうしてくれる。

 そんなことを考えていると、二段飛ばしでもしてるんじゃないかってくらい、勢いよく階段を駆け上がる音が近づいてきた。


「ままま、まずい。誰か来た」


「妾はひとまず消える」


 そして姫さまはスゥーっと、音もなく視界から消え去った。ずるいぞ。なんか今のは魔法っぽいけれど。


 俺も隠れようとしたが、それよりも早く、ドアは開け放たれた。


「ヒイィィィ!」


「君! なにやってるの!?」


「あか、あかかかかか」


 大量の汗を額から流し、美少女が台無しの剣幕で現れたのは赤月さんだった。こんな表情は見たことがない。


「どうしてあいつと一緒にいたのよ!」


「も、もしかして、見てたの?」


「謎の飛行物体が学校に近づいてくるのが窓から丸見えよ。わたししか見てないことを祈った方がいいわね」


 そ、それは難しそうだ。


「ところであいつは?」


「ここじゃ」


「きゃっ」


 消えた時と同じように、姫さまは赤月さんの真横にスゥーっと音も立てずに現れた。


「また今朝あの事件が起こったって知ってるわよ! もしかして彼を巻き込んだんじゃないでしょうね!?」


「うーむ。協力はしてもらったな」


「え? 俺、協力しましたっけ……いつ?」


 さっき巻き込まれたのは忘れようがないが、協力した覚えなどない。


「ストッキングを買わせた」


「あ!!」


 そういえば不可解な点があった。記憶にまったくない、俺がストッキングを購入していた件だ。


「おお俺、買った覚えないのに、どうしてです?」


「今まではレッドのものを拝借していたのじゃが、一号、貴様は何故か持っていない。だから買って来いと頼んだのじゃ。しかし猛烈に嫌がったではないか。なら無理やり言うことを聞かすしかない」


 俺がそんなもの持っててたまるか。ついに声を出しての初ツッコミをしてみたが、きっと声が小さかったのだろう、「わたしのを使ってたの!?」という赤月さんの叫びがそれをかき消した。


 てゆーか、俺殴られて言うこと聞かせられたんじゃないだろうな。記憶がないのもそのせいだったりしてな。はは、この顔のあざ……あぁ笑えねえ。


「一号って?」


「お、俺のこと、らしい。下僕一号とか、そんな感じだった気がする」


「おいレッド」


「レッドやめて!」


 姫さまにレッドと呼ばれ、本気で嫌がる赤月さん。俺も今度呼んでみよう。


「まあ、色々聞きたいことあるから、昼休みにもう一度会いましょう。わたしトイレ行くって言ってあるから、そろそろ戻らないと」


「あ、俺も、教室行かなきゃ」


「うむ。なら昼頃また来よう。妾は疲れた」


 そう言って、姫さまは翼を広げ姿を消した。


 腕時計を見ると、三限から出るつもりだったのに、すでに三限の途中の時間になっていた。仕方がない、四限から出るか。


     ■□■


 四限から姿を現した俺に、クラスの誰も反応することなく昼休みを迎えた。

 だが。


「じゃ、ごはん行こ?」


 赤月さんが俺に向けて発したこの言葉で、賑わっていた教室内が、一気に静寂に包まれた。

 カタカタと首を動かしながらこちらを見る生徒が数名。不自然な姿勢で固まる生徒が数名。弁当箱の中身をぶちまけた男子生徒が一名。


「あ。あああ」


「どうしたの? 約束したでしょう? 行こ?」


「弁当を、い、いい一緒に……ですか?」


 弁当の入った包みを抱え俺の席まで来た赤月さんは、自分がなにをやっているのか気づいていない。彼女は自分がどれほど周りから期待され人気があるのかを、気づいていないのだ。


「どこにしよっか。今日は風強いみたいだし中庭は無理そうね。そういえば君お弁当は?」


「い、急いでたから、ない」


「なら学食にしよっか」


 そういって俺は赤月さんに連れられ学食へ向かった。

 実は俺、学食に行くのは初めてだったりする。いつもは晴れていれば屋上だし、雨なら屋上の手前の階段で済ます。教室内は論外だ。


 学食で食べようと思って覗いてみた時が一回あったけれど、あそこは友人同士で行く人がほとんどだ。一人で食べていると、俺がぼっちということが多くの生徒に知れ渡る可能性があることに気づき断念した。


 それにしても、食べ終わってから話すものだとばかり思っていたから、突然のこの誘いには正直驚いた。赤月さんは人に対して大きな偏見は持たなそうな優しい人だ。マジで惚れそうどうしよう。


「わたし席取っておくから、買っておいで」


「あ、うん。ありがとう」


 メニューを見ると、ラーメンとかカレーとかあったけれど、日替わりランチ(唐揚げ)が一番無難そうだった。学食のラーメンやカレーがうまいという想像ができないし、四〇〇円も取られるくらいなら、味噌汁や野菜も付いてくる同じ値段のこれのほうが圧倒的にいいだろう。


 めっちゃ噛みながらおばちゃんに「日替わりランチ」と伝えると、すでに盛りつけが終わっているおぼんを渡された。俺のために食券のシステムに変えてくれよ頼むから。


 学食内を見渡し赤月さんを探すと、大きく手を上げている彼女の姿が見えた。すでに席は八割ほど埋まっていたが、赤月さんは窓側の隅にある四人席に腰掛けていた。相席を求める男子生徒や女子生徒もいたみたいだけど、すべて笑顔で断っていた。


「お、お待たせ」


 俺が赤月さんの正面に座ると、さっき教室で起こった現象が再び起こった。おぼんごとずっこけた奴までいる。俺、どう思われてるんだよこの学校で……。


「あ、日替わりランチ? ここの日替わりはねー。けっこう美味しいわよ」


「へ、へぇー」


「じゃあ、いっただきまーす」


 赤月さんはすでに開けられていた弁当を早速食べ始めた。小ぶりな容器に入った弁当は、一人暮らしの男が適当に突っ込む弁当とはかけ離れた美しさを放っていた。


「レッ、あかかつきさんは、じ、自分で作るの? それともお母さんが?」


「自分で作るほうが多いわね。ちなみに今日は自分ね。両親は共働きだし、朝出て行くの早いから。あとレッドって言ったら○す」


「……す、すごい、ね」


「ありがと」


 この弁当を見るだけで女子力が高いのが十分に伝わってくる。俺以上かもしれん。あとレッドって呼ぼうとするのはもうやめよう。


「ひ、姫さまは、この場所わかるかな……っていうか、ここで、大丈夫なのかな。あんな目立つ人が来ると、大変なことになりそうだけど」


「そういえば君、あれを姫さまって呼んでるの? っていうか呼ばされてる?」


「よ、呼ばされて……ます」


「姫っていうのが本当なのか自称なのか、わたしにもわからないんだけどね。まあ翼も生えてるし、変な能力みたいなのもあるし、この世界の人間じゃないっていうのは信じるしかなさそうだけど」


 能力というのはあれか。由緒正しき魔法か。


「……ここに呼んで大丈夫かって話だけど、知ってる通りあいつ姿を消せるのよ。それも特定の人物にしか見えないようにすることもできるみたい。声もそう」


 特定の人物……そうか、そういえば昨日の屋上で姫さまが赤月さんにしか見えていなかったのは、そんなことができたからなのか。


「な、なら、大丈夫そうだね」


「あいつには色々聞きたいことがあるわ。家から色々なくなってるものがあるし、ストッキング事件のこともあるし。これ以上なにか問題起こしたら警察に連れていくんだから」


「でも、昨日助けてくれたの……姫さまだって」


「……それは、ん~、そうだとは思ってたけど、それはそれでしょう? あんなのを野放しにしておくと危険よ」


 擁護できん。俺は苦笑いして、ようやく日替わりランチに手をつけた。

 うむ、学食の割になかなかうまい。こういう唐揚げの味ってどうして家で再現できないんだろうな。だが味噌汁に関しては俺が作ったほうがうまかった。

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