第7話 デン○シーロール

 タイツとスパッツの違いもわからない俺が、そんな……。


「君が買った商品と、今回使用されたストッキングが同じものだということもわかってるんだわ。まあ、色々聞きたいことがあるから、付いてきてくれると嬉しいんだが。学校には連絡入れとくからさ」


 馬鹿な。俺が、俺がストッキング事件の犯人に仕立てられようとしているのか。そんなわけあるか、だって、だって犯人を、俺は知っている。昨日のあれが夢でないのなら、犯人はあいつなのだ。


 クリア・ランスセール。


 ふざけた名の自称異世界の姫。その少女が犯人なのだ。

 いや、でも証拠はない。それに姿の消せるあの姫を捕まえて自白させるなんて……無理だ。


「お、おれ、俺」


「まあ詳しくは向こうで聞くからさ、とりあえず車乗って」


 パトカーへ誘導される。初パトカーがこんなろくでもない事件の容疑者として乗ることになるなんて思いもしなかった。

 俺は半ば諦めながら、頭をがっくり下に向けて乗り込もうとした時、うしろから透き通るような少女の声がした。


「えくすきゅーずみー?」


「? なんだ君は」


「ワタシ、その人の親戚の者デ――」


 ランスセール、と申しまス。

 そう名乗る声。俺はすぐに振り返った。


 そこには季節外れの黒いワンピースを着て、大きく胸元や腕を露出させた美少女が銀髪をなびかせながら立っていた。首には、白いモコモコとしたマフラーのようなものを巻いていて、季節感を混乱させる服装だった。


「親戚? 外国の人?」


「エエ。最近ワケアリで一人でここに越して来まシタ。今はheの家でお世話になっているのですガネ……heに何かあったのですカ?」


「まあ、ちょいとね。よければ一緒に乗っていくといい。事情は向こうで話す」

 やはり昨日の出来事は夢ではなかった。


 姫さまの登場。いきなり過ぎて、というか予想外過ぎて絶賛混乱中である。

 何故来てくれたのだろう。昨日話した感じでは、俺のことなど絶対に見捨てそうな、自分中心のわがまま姫だとばかり……。それにしてもなんだ、そのエセ外国人みたいな話し方は。


「向こう、というノハ?」


「警察署だよ」


「ケーサツ……oh……」


 姫さまは無表情でそう呟いた。警察を知っているのだろうか。


「ケーサツハ、コッカケンリョク? と聞きましタ……」


「ん、まあそうだが」


「ツヨイ……ですカ?」


「強い……って表現はどうかわからんが、まあ、市民を守る名誉ある仕事ではあるわな」


 ふーんと、若干微笑んだような表情で姫さまは相槌を打ち、言った。


「――つまり貴様らを倒せば、妾のチキュー征服に繋がる、ということじゃの?」


 突然の、いやホントマジで突然の豹変ぶりに目を丸くさせる刑事たち。

 なんのためのエセ外国人だったんだよとツッコミたいのは山々だが、あいにく俺にはこの場でそんなことを言う度胸とスキルは持ち合わせていなかった。


「一号。どうなのじゃ」


「は、はひ」


 突然鋭い姫さまの視線が突き刺さり、俺は一瞬興奮、いや恐怖を感じた。


「け、警察はやめておいたほうが、いいです姫さま。ててて、敵に回したら一切行動が取れなくなるんです。ぎゃ、逆に仲間にしたほうがいいくらい……です」


「ほう、そうなのか」


 なにを言っているんだと眉を寄せる刑事と警察官たち。そりゃ当たり前だ。警察を倒すだの仲間にしたほうがいいだのと言う少年少女を不審がらない人は誰もいない。


「で、ですが姫さま。もう、無理っす……俺、ストッキング事件の、は、犯人にされそうなんです」


「ストッキング事件……? あー……今朝のか」


 やっぱあんたかよ!


「君もなにか関わっているのか?」


 そう言って姫さまに近づく若い方の刑事。


「妾を睨むな近づくな……地上一〇〇メートルから叩き落とすぞ」


 こえーなおい。

 姫さまは不気味な睨みを利かせ、怯んだ若い刑事は一歩下がった。だがおっさん刑事は顔色一つ変えずに姫さまを睨み返した。


「どうやら嬢ちゃんからも話を聞く必要があるみたいだな」


「面倒くさいの。一号、どうすればよい」


 状況を悪化させておきながら俺に振るのかよ。まったくもう、ホントどうしたら……。


 そうだ。


「ひ、姫さま。記憶、消せるんでしたっけ」


「む。消せなくはない」


 昨日屋上での赤月さんとのやり取りで、俺の記憶を消せる消せないということを話していたのを思い出した。姫さまの答えはどうやら昨日と同じようだ。


「消せなくはない、というのは……」


「言葉の通りじゃ。やろうと思えばできる。しかし、死ぬほど疲れる」


 記憶消去なんてすごいことをするのだ。きっと強力な魔法でも使うのだろう。


「お、おおお願いします姫さま。なんでも言うこと聞きますから!」


「なんでも言うことを聞く? 当然じゃ、妾と貴様は完全なる従僕契約を交わしたのだからの」


 従僕契約とは一体。記憶にないんすけど。


「……仕方あるまい」


 姫さまはだるそうに言って、両拳を顔の前に構えた。

 幕之内コールをしたくなるような、両腕で顔を隠す構え。そして左右に揺れる軽快なフットワーク。



 ――え。



「くらえ」


 Hun! という掛け声と共に、姫さまの右フックが繰り出される。


「ぐはぁッ」


 若い刑事の左顎にクリーンヒット。身体が右に傾いたところで今度は左フック。今度は右頭部に拳を喰らい横に吹き飛ばされた身体は、数秒痙攣したあと沈黙した。


「竹山ああああああっ!」


 おっさん刑事が駆け寄り名を叫ぶ。竹山と呼ばれる若い刑事は綺麗な白目をむいていた。

 誰もが身体を硬直させた(色んな意味で)。


「ま、まさ……か」


 俺は気付いてはならないことに気付いてしまったのだろうか。記憶を消す方法――それは、



(物理)



「次は貴様――じゃ!」


 おっさん刑事は上体を反らし、間一髪姫さまの右フックを避けた。姫さまの放った拳は勢いを殺せずそのまま壁へ突き刺さる。粉々に砕ける壁。


「ほぅ。これを躱すか」


 と、とんでもねえ破壊力だ。よく竹山刑事の頭が原型を留めていたもんだ。


「貴様、こんなことをして……どうなるかわかっているんだろうな……」


「次に妾のことを〝貴様〟と呼んだら、五キロメートルほど地面を引きずり回すからの」


 ふと俺がパトカーの方へ目をやると、警察官が応援を呼ぼうと無線のマイクを掴んでいた。


「ひッ、ひひ姫さま、まずいです! あれで仲間を呼ばれます!」


「なんじゃと?」


 姫さまはどこへ隠していたのか、見えなくなっていた翼を広げると、一瞬のうちにパトカーへ辿り着く。


「うわあ!」


 警察官二名も姫さまのデン○シーロールの餌食になっていた。


 そして姫さまは、そのすぐ後方で一部始終を見ていた近所のおばちゃんたちを睨みつける。


「すまんな。なるべく痛くないようにしてやろう」


 そう言って、無慈悲な攻撃を容赦なく叩き込んだ姫さまであった。


「……一般人まで巻き込むとは、なんて下劣な奴らだ」


〝奴ら〟って、勘違いしてないか刑事のおっさん。俺はなにもしてないですからね!?


「はぁ。はぁ。逃げるぞ一号」


「え?」


「今の悲鳴を聞いて人が集まってくる。掴まれ」


 確かに遠くから人がこちらを指さしている。サウナから出てきたような大量の汗を流し、肩で息をしている姫さまは翼を再び広げると、左足を一歩俺の方へ出した。


「な、なにを?」


「掴まれと申しておるのがわからんのか!」


 こ、この生脚に……掴まれ……ということか?


 ゴクリと喉が鳴る。

 姫さまがお召しになっているのはワンピース。それもけっこうミニスカタイプだった。


 ストッキングストッキングと騒いでいるもんだから、てっきりストッキングを履いているものかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 女の子の手ですら握ったことのないこの俺に、こんな美少女の生足を触れという試練……。


「はい……」


 急がなければまずいことになる(町人の被害的な意味で)。

 俺はカバンをズボンの内側に無理やり挟んで、汗で湿った太ももに両腕でしがみついた。頬に当たる柔らかな感触が心臓を暴れさせる。


「一号貴様ぁ! 頬を擦りつけるでない! くす、くすぐった――」


「貴様ら! 待て!」


 おっさん刑事が後ろから手を伸ばす。


「死刑!!」


 姫さまは振り向きながら、俺の掴まっている左足を勢いよくおっさん刑事の方へ振り回した。


「ごほっ」


「ぐえっ」


 俺の背中がおっさん刑事の顔面を直撃した。

 おっさん沈黙。


「征くぞ」


 飛び立つために翼を何度か羽ばたいてから、姫さまは勢いよく飛び立った。


「っぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッ」


 一気に真上に飛び、風を切る不思議な感覚。逆バンジーというものをテレビで見たことがあるが、まさにそんな感じだろう。

 姫さまは、下にいる人物から顔を認識されなくなるくらいの高さまで、ぐんぐんと上昇していった。


 下を見ると緑の多いこの町が一望できる。やはりお世辞でも賑わいがあるとは言えない平凡な田舎町だ。


「お、おおおおおおぉぉぉぉちるうううううぅぅぅぅぅぅ」


「うるさい奴じゃ」


 イラっとした声でそう言う姫さまは、俺の捕まっている脚をブンブンと振った。


「がはあああああああぁぁぁやめてえええぇぇぇぇ」


 俺は滑り落ちそうになるのを必死に堪えた。脚の感触など味わっている余裕などない。


 ……あれ。


 そういえばこの浮遊感、昨日も感じた。屋上から落ちたときのあの感じだ。


「や、やっぱり、昨日、俺と赤月さんを助けてくれたのって……姫さまですか?」


「征服予定のこのチキューから人口が減るのは嫌じゃからな。それにまあ、レッドには泊めさせてもらっていた恩があるからの、うむ」


 どんな表情をしているのか、気になり顔を上げたところ、ミニスカワンピースだということに気づきすぐに顔を下に向けた。


「……それにしても貴様、妾をなんだと思っておる。死にそうな人間を見殺しにするような奴に見えるというのか」


「いいいいえ、そんなはずないじゃないですか。俺まで助けてもらっちゃって……優しい人だと思います」


 それを聞いて、ふんっ、と姫さまは強めに鼻を鳴らすと、飛び立つ時とは正反対の、緩やかな降り方で地上へ向かっていった。


「ここでよいな」


 そう言って着地した場所は、俺のよく知る場所だった。

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