第5話 少しは裸であることを恥じらってください

「妾の裸を見て倒れるとは、なんとまあ無礼な奴じゃ。我が国でそのようなことがあれば即死刑にしておるぞ」


 この前買っておいたカップアイスをちびちびと食べながら美少女は言う。

 あれから三〇分後。俺が目を覚ました時、全裸でベッド上に寝かされていた。

 それも仰向けで、いろんなものが全開(オープン)になっていた。


 俺は土下座に近い正座で、正面のソファーにのけぞりながら座る美少女をチラ見した。見た目は自分と同じくらいの年齢。スラリとした体型に見合わない胸のボリューム。

 バスタオルで身を包みながら脚を組み、食べ終わったカップアイスを遠くに放り投げる。


 湿った髪を撫でながら、彼女は俺を見た。

 俺はすぐさま目を逸らす。


 若干つり上がった、パッチリとした二重の目。鼻は高く唇は薄く淡いピンク。

 最大の特徴は、眩しく輝く銀色の髪。


 腰くらいまで伸び、毛先が若干ウェーブがかかっているその髪は、濡れているせいか、周りに輝く粒子が舞っているかのごとく幻想的で美しい。


 素直に綺麗だ、と思った。


 それ以上の感想はない。人間離れした美しい造形の顔や身体は、俺のPCの美少女画像フォルダの中にも存在しない。

 いや、そもそも人間なのだろうかという疑問が俺の中で浮上した。

 だって、彼女の背中には――


 漆黒の翼が生えているのだから!


「貴様、先から思っていたが無口な奴じゃ。一人でいる時はあんなに喋っておるのに、妾の存在に気づいてから一言も発しておらんではないか」


 まさかこの子。あの時学校で見た銀髪の女なのだろうか。赤月さんにとり憑いているというあの……。


「ふむふむ、まあ無理はない。妾のあまりに美しい姿を見て畏怖しておるのじゃろう。はっはっはー」


 眉をつり上がらせてドヤ顔する美少女。

 確かにあの時見た女は銀髪で翼が生えていたように見えた。それにしてもなんでここにいるんだ? いろんな意味でドキドキして、心臓が爆発しそうだ。


 ……いや、よく考えろ。こんな美少女がこのボロアパートにいるというこの状況を。それもこの美少女は、我が家の初のお客様なのだ。


 ――茶をだそう。


 俺は立ち上がり、台所へ向かった。

 ガッタガタと震える手で、俺はホットコーヒーを淹れて差し上げた。


「ほう、妾が名乗る前からその忠誠心。関心したぞ」


「い、イいぃンスタント、ですが」


「構わん。妾は心が広く美しい」


 安物のカップに口をつけるだけで、そのカップが高級品に見えてしまう少女のその美貌。まるでどこかのお姫様だ。まあバスタオル一枚でコーヒーを飲むお姫様がいるかは不明だが。


 見た目はどう見ても日本人ではないが、かといってこの地球上に存在するどの人種にも属さないような顔立ちをしている。ハーフとハーフが生んだ数カ国の血が流れているような感じだろうか。その国それぞれのいいところだけをうまくとったような、俗に言う、一〇〇人中一〇〇人が振り返る美しさだ。


 って、いつまで顔を褒めているんだ俺は。

 この子が綺麗で可愛いということは一秒見るだけでアホでもわかる。


「おい貴様」


「は、ハヒっ」


 ドスのきいた睨みを利かせながら、俺を見下ろす美少女。ああ、その顔のなんと美しいことか。


「見苦しい。そろそろ服を着ろ」


「ん?」


 俺が自分の姿を見直した瞬間、再びこのボロアパートに俺の絶叫が響き渡った。


     ■□■


「さて、今日からここが妾の活動拠点となったわけじゃが」


「え、いやあの……は、初耳……です、が」


「それにしても狭いの。妾の城の浴槽以下のスペース……うむ、明日には引っ越せ」


「無理……です」


 俺の激しいツッコミ(?)を華麗にスルーし、彼女はふんぞり返った姿勢で、目だけを動かし部屋を見渡している。未だにバスタオル一枚で過ごされているのは目に毒だ。脚も組み直してるし。それもこんな至近距離で……。


 てゆーか……。


「そういえば貴様、名はなんという」


「……あ、はい。俺は――」


「あー、やはりよい。どうせ三文字以上の名は覚えられんからな」


 追い払うような手の仕草で名乗りをキャンセルされた俺氏。確かに三文字以上だけどさ。


 美少女は、「んー」と一瞬考え込み、


「レッドは良いネーミングじゃった」


「レッド?」


「レッドはレッドであろう」


 お前当然知ってるだろみたいな顔はやめてください。そんな名は初代ポケ○ンの主人公と、レッド吉○しか知らないのだ。


「前に家を借りていたあの小うるさい女のことじゃ。あー、名前は……」


「も、もしかして……赤月緋音」


「ん、確かそんな名だったような……妾はあの女をレッドと呼んでいたのじゃ」


 なんでレッド……? ああ、そういや苗字と名前に〝あか〟ってついてるのか。


「あいつのような簡単な名がよいな。貴様はそうだな……露出狂な下僕一号でいいじゃろ」


「……っ」


 三文字超してんじゃねえかとかそういうツッコミはいけないんだろうなきっと。

 あんたのほうが露出狂だよというのも。


「不服か?」


「いえ……」


 不服か言われても。それよりも今俺になにが起こり、何故にこんな状況なのかを是非ご説明いただきたいのだが。

 脳内でいくら反論文を作ったとしても、決して言葉として発することができない。何度も言うようだが、それがコミュ障というものだ。ちくしょうめ。


「……ン、貴様先程からなにか言いたそうな顔をしておるな。意見があるならはっきりと申せ」


「そ、そういえば。あなたのお名前は……?」


「おお、すまん。名乗っておらんかったな。妾はイ・オンモール王国第二王女。名はクリアという。クリア・ランスセールじゃ」


 ショッピングモールで大安売りがなんだって!?


「ガぼッ!?」


 突然飲みかけのコーヒーカップが俺の顔面を直撃した。


「貴様、今なにか馬鹿にしたような顔をしたな」


「と、と、とんでもない。かかか、かっこいいなーと……はい」


「ならよい」


 むすっとした表情で俺を見るクリアという少女。一瞬考えが読まれているのではないかと思い、「可愛いなー可愛いなー」と念を送ってみたが、特に表情は変わらなかった。


「と、ところで」


「なんだ一号」


「くく、クリア……さんは、どうして、ここに」


「馬鹿者! 姫と呼ばぬか!」


「はひっ」


 知らんてそんなこと。


「妾がこの世界に来た目的はひとつじゃ」


「この、世界?」


「そう。妾はここチキューを征服する!」


 チキューを征服……だと?


 チキューとはあれか、〝地球〟のことか?


「ここチキューは妾のものになるのじゃ。光栄であろう?」


 輝く濡れた髪をかきあげながら、言ってやったぜ的な顔をする姫さま。


「ひ、姫さまは、違う世界から来た……のですか?」


「言っておろう。妾はイ・オンモール王国から来たと。そんな国がこの世界にあるのか?」


 そんな商業施設みたいな名前の国名あってたまるか。

 俺は首をブンブンと振って否定した。


「うむ。そうであろう」


 姫さまはドヤ顔で急に立ち上がり、身を覆っていたバスタオルを床に落とした。


「な、なにをっ?」


 俺は姫さまの行為に驚いて視線を横にずらす。


「ほれ、見ろ一号。この世界の住人にはこんな翼もないはずじゃ」


「つ、つば……ツバツバ翼ぁ!?」


 姫さまは背中をこちらに向けて、漆黒の翼を大きく広げて見せた。

 二枚の翼は肩甲骨付近から生えている。すべて広げるとこの六畳部屋では足りないくらいに大きい。目の前で見ているから言える。これは決して造りものではない。

 俺はどうやらこの翼を見て、綺麗だ、と呟いていたらしい。


 目を細め、満足そうな表情をした姫さまは、俺の顎に右手を優しく添えて言った。


「妾のために生きろ」


 何枚もの黒い羽が部屋を舞う。


 目の前に迫る瞳は、角度によって色の見え方が違う。紫や青、時には赤にも見える。

 吸い込まれそうな感覚に陥るその美しい瞳から、コミュ障である俺でも視線をそらすことができなかった。

 この幻想的で美しい少女の命令に即時に首肯してしまった俺を、誰が責められよう。

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