第4話 心霊現象かと思えば全裸美少女

 俺は築四〇年のボロアパートの二階、一番奥の二〇五号室に住んでいる。

 六畳ひと間の狭い空間を少しでもオシャレに見せようと、畳の上にウッドカーペットを敷き、アマ○ンや楽○ではなく、家具専門店に足を運んですべてを買い揃えた。


 これも高校生活で友人にお洒落だと言ってもらうためであり、女の子を連れてきても平気な環境を得るためだ。不良は彼女なんて取っ替え引っ変えできるものだと思っていたからな。


 一年前、引越し時に家族を入れた以降誰も入れたことのないこの部屋は、今日も美しかった。

 カバンをPCデスクの横に置き、学ランを脱いでからまずやることは風呂掃除。引越し当初はカビだらけだったこの風呂も、毎日磨いていたら汚れ一つない、今では潔癖症の人でも入れるんじゃないかと思うくらい綺麗に変化した。


「うし」


 掃除が終わると一人で頷き、風呂にお湯を入れる。沸くまでは夕食の準備だ。


「ケーキの代わりに、ちょいといいもん作るかな」


「妾の分も頼む」


「了解だ」


 冷蔵庫を開けると、半分にカットされたキャベツと少量の豚肉が目に入る。あとは味噌汁の具材があるくらいか。


「んー、野菜炒めと味噌汁……まあいいか。じゃあまずは米を研いで」


「牛肉はないのか?」


「そんな贅沢品あるわけがない」


 米を研ぎ炊飯器のスイッチを入れる。早炊きモードで炊き上がりまで三〇分弱。その間におかずの準備をしなくては。

 時計を見るとすでに一九時になっていた。いつもであれば学校が終わったあと速攻で家に帰るため、どんなに遅くても夕食は六時には出来上がっている。先程からしつこいくらいに鳴り続けている腹の音はそのせいだろう。


 二〇型の小さなテレビから、芸人がゲストに町のグルメを案内するという、地方に住む人間にはまったく意味のない番組の音が聞こえてくる。そこまで行く旅費があれば、万超えの高級料理が食えるっちゅうの。


 それにしても。


「テレビつけたっけ?」


 まあいい。疑問よりも食欲を満たす方が先だ。俺はこの一年の一人暮らしで鍛え上げた包丁テクニックで食材を刻んでいく。

 オリジナル調味料を生成できるほどの腕前はつけた。これでいつ嫁に貰われても大丈夫だ。


「おっと」


 風呂のお湯がいい感じの高さまで入る時間だ。俺は炒め始めた野菜と肉の火を止め、台所のすぐ横にある風呂場へ向かった。

 このボロアパートの風呂は、お湯の温度設定が曖昧すぎる。同じ温度で設定しても毎日違う湯温なのだ。俺は湯船に腕を突っ込んでかき混ぜて、丁度いい温度になっていることを確認してから、再び台所に戻った。


「んん……?」


「どうした?」


「いや、なんかさっきと違うような」


 炒めていた野菜と肉。明日の朝と弁当用にと三人前作っていたのだが、明らかに半分ほど量が減っている。炒めすぎて蒸発でもしたか?


「なかなかに美味かったぞ。あとは米とスープを早くよこせ」


「え、ああ」


 差し出される一枚の皿。その上に箸が一膳乗っている。俺はそれをなにも考えずに受け取った。


 どう見ても食べ終わったあとの状態なわけで、当然俺はその皿を洗い始めた。


 おかしい。

 俺、食ったっけ?


 疑問を抱いていると、突然後ろのテレビの音量が上がった。おまけに先程までバラエティ番組だったはずが、今は録画してあったはずの、この地域唯一の深夜アニメ『魔装少女エクスペンダブルズ』が再生されている。ハードなアクションと消耗品のように次々と魔装少女たちが死んでいくという、毎回ハラハラさせられる今期覇権と言われているアニメだ。

 俺は若干の疑問を浮かべつつも、振り返らずに皿を入念に洗い続けた。




 ってあれ、ちょっと待って! さっき俺なにかと喋ってなかった!?




 別にエア友と喋ってたわけじゃないはずだ。俺にはそんなものはいない。

 独り言が多発する一人暮らしでは、確かに誰かと喋っているような感覚に陥ることがある。それなのか? ああ、きっとそれだ。

 同時進行で作っていた味噌汁も完成間近。最後の味見をしている時にご飯が炊き上がった。


「うし」


 出来上がった三品を盛り付け、狭い六畳の部屋にお盆で運ぶ。テーブルに食べ散らかしたスナック菓子が散乱しているが、特に気にしない。昨日の夜に食べた気がしたからだ。


 そして何故か再生されているアニメを最初から再生させて、俺は食事を始めた。

 でもつい赤月さんとの会話を脳内で再生させてしまい、アニメに集中できなかった。


 赤月さんは学校で男女関係なく人気があるということは知っている。中学時代も人気があったらしい。実は俺も教室などでチラっと見てしまうほどに、可愛いのだ。

 そんな彼女に今日急接近してしまったのだから、興奮せずにはいられない。


「はあ、また明日……か」


 嬉しさから出るため息などついたことがあっただろうか。いやないだろう。

 気づけば、せっかく作った料理を味わうことも忘れて食事が終了していた。


「風呂、入るか」


 マジで独り言多いな俺。

 そんなことを思いながらトイレを済ませ、替えの下着と部屋着のスウェットを持って、風呂場へ向かった。


 服を脱ぎ浴室のドアを開けると、何故か風呂場が水浸しになっていた。そしてまるで誰かが直前まで入っていたかのように暖かい。


「んん?」


 流石の俺でも、自分がさっきまで夕飯を食べていたことは覚えている。

 てかすげえ、いい匂いなんですけど。


 自分が入ったあとでは絶対にならない甘~い香り。それはまるで、女の子が自分の真横を通った時にする、あの謎の良い香りをもっと濃厚にさせたような……つまり幸せスメルだ。


「この部屋に、誰か……いる? 女……の人? いや、なにを考えているんだ俺は……! あああるわけないだろ」


 自分の部屋に、他の誰かも一緒に住んでいた。

 ネットで好奇心からついつい見てしまう怖い話系のサイトにも、こんな話があったような。



 ――それはある女子大生が住んでいるアパートで起こった話。

 彼女はかなりの几帳面な性格の持ち主で、自分の予定を手帳だけではなく、部屋に掛けてあるカレンダーにも記載していたらしい。それも何時にどこでなにをする。そんなことを事細かに書いていた。

 計画は必ずその通りに行なう。大学に入ってからの一年はずっとこのスタイルで貫き通していた。

 だがある日、隣の住人と階段ですれ違った時に声を掛けられたのだ。

 毎日来るね。彼氏さん。もう長いの? ――と。

 鳥肌が立った。

 だが誰かが入った形跡なんてない。なにかの見間違いだろうと、そう思うことにしたのだ。

 しかし、急に午後の講義が休みになり、バイトも休みだったため、彼女はまっすぐ家に向かった。

 そこで出くわしたのだ。もう一人の住人に……。

 彼女はその数日後、遺体で発見されたのだという――。


 カレンダーに書かれた予定。それを見て、もう一人の住人はアパートを訪れていた。

 だから互いに会うことなく、女子大生はなんの疑問も抱かず生活を送っていたのだ。唯一不思議に思ったのは、光熱費が少し高いことくらいだったろうか。


「いかん! 変なこと思い出してしまった!」


 こんな密室で怖い話を思い出すとかなにしてんだよ俺は。

 天井から湯船に落ちる水滴の音が恐怖心を煽る。


「て、あれ? ボディーソープがきれてる」


 ポンプを押してもスコスコと虚しい音が響くだけ。

 いや、


「すーすーすーっとっきんぐ~♪」


 微かに聞こえるよくわからない歌詞の歌。


「透け感絶妙六〇でにーる~♪」


 若い女の人の声だ。

 てか、なんか音が近づいてませんかね。テレビは消したはず。こんな近くから音が聞こえてくるのはおかしい。それに隣の部屋は空き部屋のはずだ。


「タイツとスパッツを間違える愚か者~♪」


 その違いについては少し興味があったが、歌声が自分の真後ろまで近づいていることに気付いた瞬間、俺のそんな可愛らしい好奇心は跡形もなく消え去った。


「……おい貴様、タオルが見当たらんのじゃが」


「え」


 歌声とは真逆の低い声。

 その時、俺は喉が破けるほどの絶叫を上げた。

 こんな大声を出したのは、人生初だろう。

 なにしろ振り返った先に、

 美少女が全裸で立っていたのだから。

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