第2話 初めてのパンツは鼻血とともに
「お、俺別にホント、なにも見てない、からさ。電話してたの、かなって、そう思ったんだけど」
「――っ」
赤月さんは今の俺の発言を聞いて驚愕の表情を浮かべる。
そして引きつった笑顔でノってきた。
「そ、そうなの! 電話してたのよ! ハンズフリーってやつね、便利よねー、はは」
「そ、そそそうだね。はははは」
「あっはははぁ――――――――――――――――って無理があるわあああッ!」
赤月さんはくわっと目を開くと、両手を高く突き上げ、天に向かってノリツッコミをした。
そういえばこの学校、携帯電話持ち込み禁止だったな。
俺や他の生徒のほとんどは、見つからない程度に休み時間などに使うため持ってきているが、実はこの女子赤月緋音は次期生徒会長候補と言われている優等生。つまりは校則違反は絶対にしない。今の俺の必死に考えてあげたフォローも無意味であったということだ。
「もうダメ……死ぬしかない」
そう言って虚ろな目でフラフラと屋上内を歩き出した。
フェンスに向かい一直線に――。
「んままま、マジか」
まさかと思い、俺は塔屋から勢いよく飛び降り、彼女の方へ駆け寄ろうとした。着地時に足首からすごい音がした気もするが、今はそんなことを気にしてはいられない。
しかし近づいたところでなんと言ったらいいのかわからず途中で躊躇してしまう。ドラマみたいに「早まるな!」とかいった決まり文句で止めればいいのだろうか。
赤月さんはフェンスまで辿り着くと、ため息をつきながら口を開いた。
「もういいのよわたし。最近なんかいい事ないのよね。生徒会長になれって先生とか周りからのプレッシャー半端ないし、親との関係も微妙だし。男子たちからはしょっちゅう変なアプローチされるし、おまけに一ヶ月くらい前から変なのには取り憑かれるし、今も君にあんなところ見られちゃったし、もう……最悪な気分よ。そもそもこんな田舎の学校で優等生ってなによ、生徒会長とかいうステータス、ぶっちゃけあっても意味なくない? 逆になんらっぽおおお#rkぱkpんつ」
最後は早口でなに言ってるかわからなかったが、俺もこんなことに巻き込まれて最悪な気分だよ。
俺は相槌も打たずそのまま赤月さんの話を聞いていた。
なにか答えてやりたいという気持ちは山々だが、いかんせん俺はコミュ障だ。瞬時に脳内で何パターンかの会話文を形成することに成功しているが、やはり声として吐き出すことができない。
「まあ、君にはわからないでしょうね。どうせ不良仲間と楽しくやってるんでしょ? いいわね、なにも考えずにわいわい楽しんで生きていられて」
腕を組みながらめんどくさそうに語りかける赤月さん。
「今もサボリなんでしょ? 君、名前忘れたけど、最期に生徒会長になるはずだったわたしからの注意をするわ。まずそのもみあげ部分だけの刈り上げ、似合ってない。どっかで流行ってるの? あと制服着崩し過ぎ。いつの時代の不良? まあ、絶対にやめたほうがいいわよ。それといくら友達ではない人だからって、人の話は無視しないほうがいいわね。そういうの印象すっごく悪いから」
何故か淡々と説教をされ始めた俺氏。色々と反論したいところがあるが、うまく発声できるかの問題があるため、ここはあえて聞き流すことにした。
それにしても、今この人――。
「なに? 聞いてるの君。まあいいわ、不良になにを言っても無駄よね。あ、そうそう、わたしが飛び降りたら、ここにいた君が犯人扱いされる可能性があるから、今のうちに教室に戻ったほうがいいわ、さあ早く。ドアの指紋も消しておいたほうがいいかも」
「し、し死ぬ前に一つ、聞いていいか、な」
赤月さんはひどく顔を歪ませながら小さく「どうぞ」と俺に質問を促した。そして俺は緊張しながら声を出した。
「俺は、ふふっふふ不りょうにみえ――?」
「……は? もっとハッキリ喋って」
「おおお、っれは不良に見える……かな」
世界から音が消えた。そう感じるほどの見事な沈黙が続く。
「なにを言ってるの? 不良でしょ? よく授業サボるしそんな格好だし無愛想だし……」
「あ、あ所じぇmうございます!」
「ひぃっ」
俺はその答えにひどく感動し、頭を下げればいいだけなのになぜか額を地面に擦りつけながらの美しい土下座をかましていた。
「しかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれ――」
「な、なんなのよ一体っ。怖い! 気持ち悪いんだけどおおお!」
叫びながら一気に赤月さんは俺との距離を空け、目に涙を浮かべて身体を震わせていた。
嬉しいのは当然だ。だって俺の好きな子はいつもそうだった。不良と付き合ってたんだ。だから俺は中学までの自分を捨て、高校では不良として〝生まれ変わること〟を決意した。地元を離れて俺のことを知ってる人がいないここまで来て。そうすれば絶対にモテると信じて……。でもなぜかそんな気配が全く……ないんだよ。
「この髪はつ、ツーブロックって言って、都会では流行っているるるんだけども!」
「は、はあ。そうなの? 知らなかったわ……」
「この町ではリーゼントとかパンチパーマとか、そっちのほうが格好良く、見えるかな」
「いつの時代のヤンキーよ……」
そうかわかった。田舎と少し都会の地元では価値観的なものが違うのであれば、モテないのは当然だ。だから今話しかけることに成功した赤月さんとの会話を十二分に活用して、今後に繋げていかなければ。
「……髪型は、その人によって似合う似合わないがあるものよ。とりあえず君のそのツーブロック? ってやつは似合ってないわ。それだけはハッキリ言ってあげる」
「おお……!」
「ちなみにわたしは短くて爽やかな感じの髪型が……ってなに言わせてんのよ!」
「おお!」
メモだメモ! 一字一句聞き逃すなよ俺。
赤月さんの述べたモテる極意を、必死にポケットティッシュの中に入っていた広告の裏に書き綴った。
「君、馬鹿な人なの?」
ジト目で俺のことを見ているが気にしない。もっと情報を聞き出さなければ。
「そそそ、それで――」
「もういいわ。最期の会話が君ってのが気に入らないけど、わたしはもう逝くわ」
「行くって、どこに?」
「死ぬってこと!」
そう言って赤月さんは、女子でも簡単に登りきれそうな、そこまで高くないフェンスに足をかける。
「いやいや、ほほ、ほんとに死ぬの?」
「本気よ! この変な奴が消えてくれればここまで悩まずに済んだんだけどね!」
空中にいるらしい〝なにか〟を睨みつけながら赤月さんはフェンスの最上部にまたがった。
「あ! ぱぱ、ぱんつ――ごファぁ!」
日光に邪魔されながらも、俺は初めて見たパンツという布(白)を赤月さんが丸見えにしていることを紳士的に教えてあげたのだが、その瞬間顔面に衝撃が襲った。
吹き出す鼻血は女子に向かってパンツという発言をした罪なのだと瞬時に悟った。
同時に、赤月さんが小さく叫んだ。
俺を蹴った反動で、身体の重心がフェンスの向こう側へ移動したのだ。
「危な――!」
せめて脚を掴めれば! そう思い必死に俺は右手を伸ばす。
左足首を掴むことに成功したものの、赤月さんの身体はすでにフェンスの向こう側だった。左手も加勢し両手で赤月さんの足首を掴むことができたが、見かけ倒しの不良にはいかんせん、筋肉というものがほとんどない。細い腕をブルブルと震わせながら必死に引き上げようとしても、数センチですら動かせる気配がない。
自殺願望者はというと、
「うぎゃああああああ死にたくないいいいいっ。じにたくないいいいいいいいいっ」
「…………!」
散々死ぬ死ぬ言っておいてこの発言。優しさの塊で出来ている俺ですら一瞬手を離そうかと思った。が、頭を振りなんとか思いとどまった。ここで手を離してしまえば確実にこの娘は死ぬのだ。
「……フェンス、掴める?」
「む、無理、届かない!」
空中で暴れている赤月さんの手をフェンスに近づけたいが、思った以上に俺の身体もフェンスの向こうへ乗り出していて、自力でどうにかしてもらうことなど到底無理そうだった。
下はクッション性のカケラもないコンクリート。ここから見える校庭には、不運にも体育の授業を行っている生徒たちの姿は見えなかった。つまり今赤月さんの命を救えるのは自分だけということ。
筋トレしとけばよかったと強く後悔。不良にはごついガタイが必須だろ!
自分のひ弱さを後悔したその時、大きな風が吹いた。
「――あっ」
赤月さんの身体が横に大きく揺れる。そして俺の左腕の体力が尽きた。
残った右手からずるずると、赤月さんの足首が離れていく。このままいくと靴が脱げてしまい、一緒に彼女も落ちる。俺の右腕もせいぜいあと一〇秒が限界だろう。
「パンツ見ないでええええっ。鼻血垂れてるし! 変態っ! 死ね!」
「なぜっ? てか、うごッ、動かない、で!」
ここで更なる追い打ち。赤月さんは、重力通り地に向かって垂れ下がっていたスカートの中身、そしてへそとかその上とか、とにかく色んなものが俺に丸見えだったことに気づいたらしく、顔を真っ赤にさせながら突然暴れだした。てか鼻血はあんたのせいだ!
「もう、だめだ……」
体力が尽きかけたその時、俺はある存在を思い出し、叫んだ。
「な、なあ! そこにいる〝なにか〟! いるなら助けてください! お、お願いです!」
自分でもなにを言っているかわからなかった。目に見えない〝なにか〟にお願いしているなんて馬鹿らしい。ただ、この時はとにかくなんでもいいから助けが欲しかった。自分の命を引き換えに助けてくれ――なんてかっこいい台詞は言えないけど、正直それでもいいと思った。
沈黙が続く。それでも俺は本当にいるかもわからない〝なにか〟に叫び続けた。
「あんたはこの娘にとり憑いてるんでしょう!? それでこの娘は迷惑してるんだ! 死にたくなったんだ! 目的はなにか知らないけど、俺でよければお前に付きやってやる! だからこの娘を助けてください!」
珍しく滑舌よく発声できたものの、その問いかけに返事はなかった。
「無理よ」
「え?」
「さっきから姿見えないし、わたしもあいつの正体がよくわからないの。きっと、助けてくれない」
「そんなっ」
「だからありがとう。死ぬって言ったのわたしだし、冗談でも言っちゃいけなかったんだね、こんなこと」
彼女の行動が冗談であったことを理解した時、俺の体力が限界に達した。すでに右手の感覚がなくなっており、赤月さんが自分から離れていくのがわかった。
「――っ」
こういう時の人間は理解できない行動を取るものだ。
俺は再び感覚のない右手を伸ばし、屋上のフェンスから飛び出していた。彼女が落ち始めて一秒以上が経っている。彼女までは絶対に届かない。物理的に無理だと理解はしているが、何故か跳んでしまった。
せめて彼女の下敷きになれば――そんなことを思ったのかもしれない。しかしそれは無駄な行動であり、これこそ自殺である。
――面白い。実に馬鹿な奴じゃ。
落ちるまであと二秒くらいかな……。そんなことを予想する余裕があるのは死ぬ直前に起こるといわれるスローモーション現象の一つだろうか。
一六年の人生。彼女もできずに死ぬとは情けない。いっそ勢いで、初めて高校で話した女子赤月さんに告白でもしとけばよかったかな、とか考えてみる。綺麗だし、頭もいいし。あんな彼女がいたら幸せなんだろうな。いや俺にはそんな度胸はない。パンツ見れたしそれでいいか、はは、ははは。
「は!?」
あまりにも長い滞空時間。感覚にして一〇秒。
身体がふわふわと浮かぶ感覚。そして、
「翼!?」
漆黒の翼が目の前にあった。何度か翼が羽ばたくのが見えると、少し視界が上がった気がした。上昇しているのだろうか。
横には赤月さんが気を失っている姿が見え、俺たち二人は誰かに襟を掴まれていた。無論鳥ではない。人間二人抱えて飛べる鳥などいたらそれはそれですごいが、翼の持ち主は人のかたちをしていた。
「ふっ……」
鼻で笑うような女性の笑い声。逆光で顔は見えない。ただ風になびく美しい銀色の髪だけが網膜に焼き付いた。
――次は貴様じゃ。
脳内に声が響く。高くも低くもない中性的な心地よい声。
飛び降りた極度の恐怖に加え、体力が限界に達し、その言葉の意味を聞き返す間もなく俺の目の前が暗転した。
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