第43話:鬼との激突・後編

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 人間と鬼の戦いは、持久戦になれば人間側が不利になっていく――というのは、その手の戦いに精通したものであればよく分かっていることだ。単純な体力的な問題もあるし、生命力・すなわち治癒能力の高い鬼と長引いた戦いになれば、じり貧になっていくことは自明の理なのである。ゆえに、彼らは鬼との戦いを早期決着させる必要があった。

 そんな常識の中で、鬼・頬白が仕掛けてきた攻撃を、満仲が躱す。相手側から仕掛けてくるという好機を、しかし満仲は焦ることなく冷静に対処、いち早く敵に大打撃を与えるための隙を見計らうために、あえて無理はしない。


 一方で、そんな彼の攻撃を隙と見て動いたのは満季だ。

 鬼の背後に陣取っていた彼は、満仲が攻撃を後退して回避する中、音も気配も断って滑るように、しかし雷霆の如く鋭く間合いを詰める。それに気づかず、頬白は攻撃の手を満仲から彼と並び立つように陣取った晴明たちにも伸ばす。射程距離の長い腕を伸ばした頬白は、勢いよくそれを横に薙ぐ。大木が転がって来たかのような鋭い一撃に、晴明たちはその場を転がって回避、泥を纏いながらあまり後ろへ下がることなく攻撃を躱しきった。

 それを見て、頬白が第二撃を逆の腕で放とうと振り上げた時、満季が鬼の背後に到達する。放たれる一閃は、頬白の脚部を切り裂く斜めの閃撃で、バシュッと小気味よい音と共に頬白の体勢を僅かに崩す。


 攻撃を受けて足踏みする頬白は、すぐさま振り返って満季に反撃を試みる、晴明たちに放とうとしていた腕をそのまま満季に向け、勢いよく振り抜いた。斜め気味の横薙ぎに、満季は最低限の斜め後方への跳躍で躱す。そして腕が空を切った瞬間、反発して前進、がら空きの胴部へ刺突を放った。切っ先は鬼の腹部の横へ突き刺さり、血飛沫を上げる。満季はそれを確認すると、太刀を横へ引っ張って傷を抉り広げた。太刀は頬白の腹部を横一文字に裂き、傷口から血潮を噴きださせる。

 追加の攻撃に頬白はうめくと、同時に満季を叩こうと、腕を振るう。それに対し、満季は深追いせずに太刀を引き抜くと後方へ素早く退却、頬白の射程範囲より瞬く間に離脱した。

 完全に頬白を翻弄して攻撃を与えた満季に頬白は怒号を上げるが、背後から迫る物体の気配に気づいて振り返る。

 後ろを向いた彼の目に飛び込んできたのは、今まさに小鳥から稲妻へと変化する晴明の式神の姿だった。


 直後に稲妻は、頬白の顔面に突き刺さる。晴明の放った式神による攻撃は頬白の視界を白く焼き、同時に彼の思考を一瞬で奪い取った。

 反射的に顔を覆ってよろめく頬白へ、満仲が迫り、道満が五指に挟んだ術符を投射する。曲線を描きながら頬白へ迫った四枚の術符は、直撃の瞬間に爆裂して頬白の肌を砕いて肉の一部を弾き飛ばす。それに頬白が低い悲鳴を漏らす中で、満仲は頬白に飛びかかり、一閃。黒鬼の肩口から腹部までを深々と切り裂き、赤い飛沫を宙に撒き散らした。

 連続した三名の猛攻に、頬白は膝を折る。

 それを見て、頬白の反撃を警戒して後退する最中の満仲が叫ぶ。


「今だ! 畳み掛けるぞ!」


 その声に、最速で反応したのは満季だ。

 彼は再び頬白の背に回り込むと、その背に向かって飛びかかる。そして、背後を向かない頬白の首裏に、斬撃を叩きこんだ。鬼とはいえ急所であろうそこに斬撃は駆け抜け、衝撃に頬白は体勢を揺らす。痛みに悶える頬白はすぐさま反撃に出ようとするが、晴明から受けた攻撃の影響で視界を悪くしていたために、振り向いた先で満季の姿を見失う。

 頬白が惑った瞬間を、武者二人は見逃さない。

 彼ら兄弟は頬白の横手へ駆け巡ると、互いに位置を入れ替えるように、その側を駆け抜けながら斬撃を薙ぐ。左右の脇腹に刺さった一撃は、左右から掛かった負荷によって頬白の身体を回転させた。ぐるりと旋回した頬白は、反撃に移ろうにも移れず、そのまま駆け抜けて間合いを抜ける満仲の背中を見ることしか出来ない。


 直後、背を向けた頬白の背後に術符の雨が突き刺さる。

 晴明、ならびに道満が放った二枚足す八枚の術符が、頬白の背中に広範囲でぶつかり、炸裂する。閃光と火炎による呪力が暴れ狂い、頬白はその爆撃によって体勢を崩し、前のめりに地面へ倒れかける中、彼はかろうじて両手を地面について転倒を避ける。


「弓、構えろ!」


 そんな頬白の耳朶を打つ、号令。

 顔を上げると、残心のように駆け抜けていた満仲が身を翻しつつ、太刀を振り上げて声を張っていた。

 その声に応じるのは、頬白を周囲半分囲む武者たち――満仲配下の郎党たちである。彼らは弓に矢をつがえると、それを一斉に頬白に向けていた。


「放てぇぇええ!」


 満仲が太刀を振り下ろすと、郎党たちは矢を斉射する。矢は僅かな弧を描きながら、ほぼ直線的に頬白へ肉迫、次々と頬白の身に突き刺さった。

 普通であれば、鬼の固い身体には矢は効き辛い。しかし、満仲たちや晴明たちによる猛攻で弱ったことにより、頬白の身体には今充分に矢が通じる状態になっていた。

 続々とその身に刺さる矢の痛みに、頬白は叫ぶ。頬白の巨大な身体は、かえって矢の格好の的になっており、一本とて外れることなく的中していた。

 痛みに悶える彼は、やがて横転した後、その勢いのままに、満仲にも満季にも、晴明たちにも向かわずに駆け始める。包囲を突破しようと考えた――つまり事ここに来て逃げ出そうとしたのだろう、囲む武者たちの間隙に向け、彼は走り出す。


「逃がすか!」


 その動きに、最速で応じたのは道満だ。彼は手に握っていた術符を鋭く投擲、駆ける頬白の足に向けてそれを当てる。刹那爆裂したそれは、頬白の体勢を崩して彼を転倒させ、同時にその足を深く炙る。多大な痛みが伴うだろうそれは、頬白の移動力、延いては逃亡を阻むものであった。

 倒れ、両手で地面を掻く頬白へ、満仲が近づく。

 そして、頬白が振り向く中で、太刀を持ち上げる。瞳に映った満仲の構えに、頬白は、鬼の目に焦燥を浮かべた。


「ま、待て――」

「誰が待つか」


 鬼の癖に懇願か、とも言わず、満仲は有無を言わずに太刀を振り下ろした。その直後、頬白の首は断頭される。

 鬼の倒し方は、決まってそれだ。

 高い治癒能力を持つ鬼も、首を刎ねられてはどうしようもないらしく、古今首を刎ねることで息の根を止めると言うのが常套じょうとう手段であった。

 その例に倣い、満仲も頬白の息の根を止めにかかった。


 断頭の衝撃で、頬白だった鬼の首はくるくると回って宙を舞う。

 追い詰められ、鬼と化してまで抵抗を試みた頬白であったが、相手が悪すぎた。鬼と対しても全く引けをとらない武勇の持ち主である満仲とその弟である満季、また彼らの配下でありこの手の状況にも恐れず立ち向かえる郎党たち、そして、道士として高い実力を持つ晴明に道満を前にしては、鬼も形無しであった。

 こうして、鬼と化してまで抵抗を試みた頬白という元・道士は、あっけなく彼らの前に打ち取られてしまったのであった。

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