第25話:帰路での弁護

25、


 死骸の山が見つかった屋敷から、晴明たちは源邸への帰路についていた。

 樹神の嫌疑がますます濃厚になった中で、それを受けた一同の顔には険しさや暗さがある。主に、厳しい顔をしているのは晴明と満仲で、肩を落としているのは梨花だ。三人は一様に重い空気を醸しながら、何か考えるように徒歩で六条通りへ向かう。晴明と満仲が並び歩くのに、やや後ろを消沈した様子で梨花がついてくるといった形であった。

 屋敷からだいぶ離れた、人通りの少ない道に入ったところである。

 満仲が、おもむろに口を開いた。


「晴明」

「なんです?」

「検非違使の説明、納得がいったか?」


 問いかけに、晴明は視線を返す。満仲はじっと、横目で晴明の意見を待ち受けている。

 それに対し、晴明は首を振った。


「いいえ。まったく」

「ほう。それは何故なにゆえに?」

「隠し部屋で、攫った人を秘密裏に連れ込み殺していたというが、あの部屋の位置は屋敷の最奥、そこまで連れ込むには梨花殿たちの目に触れざるを得ないはずだ」


 冷静に指摘すると、それを聞いて俯き加減だった梨花が顔を上げる。二人は続けた。


「分からんぞ。殺したのは別の場所で、梨花殿たちがいない時や寝ている間にあの場所に連れ込んだのやもしれん」

「その時一斉に、か? そのような芸当、樹神殿のような女性に出来るとは思えない。たった一人で、それらを運び込むなど」


 反論を返すと、それに対して満仲も「確かにな」と頷いた。樹神の体格を思い出すに、彼女の華奢な身体つきで、あれだけ大量の死骸を、白骨化しているとはいえ秘密裏に運び入れたとは考えにくい。

 晴明の推論に、満仲も同意する。


「お前とは違う視点だが、俺は違う見方も出来ると思っている」

「どのような?」

「もしあれが本当に行方不明者の死体なら、中途半端な腐敗状態で見つかるはずだ。ところがあの死骸は、白骨化しているうえに死臭も少ない。つまり、死後から相当の日数が経っている公算が高い」


 言いながら、満仲は顎に指を当てる。


「鬼に喰われた、とでも言うならまだ多少は言い訳が立つがな。樹神殿が鬼の可能性は?」

「鬼ならば、もっと霊気を強く放っているはずだ。不肖ながら俺も陰陽道を学んだ身、近づけば分かる。彼女が『鬼神』ならばまた別の話だが……」

「鬼神……鬼ではあるが、そこらの『野良のら』とは違い、人間に格段に近い自我と不死性を持つ、神通力を有する化生・鬼のこと、だったな。戦闘の面でいえば、野良の数倍以上の強力な能力を持って相手を手こずらせ、知能の面でもそこらの人間よりは遥かに優れた、学者並みの物を持っているだとか」


 説明に満仲が詳しく言葉を語って確認すると、晴明は「あぁ」と頷く。きっと保憲やその周囲から講釈を受けたことがあるのだろう、その辺りの情報はきちんと伝わっており、間違いがない。


「だが、そうであるのならば、この前襲撃を受けた時に受けた軽い火傷など、すぐさま癒えてしまうはずだ。数日前に見た時は、まだ完治していなかった。彼女は人間の身だ」

「……となると、あの死体を樹神殿が喰ったという線はないか。そうなってくると、浮かんでくる可能性は一つ」


 言いながら、満仲は後ろをちらりと見やる。そこでは、梨花が二人の話に顔ごと耳を傾けていた。彼女がしっかり聞いているのを見ながら、二人は意見を交わし続ける。


「樹神殿ではない誰かが、あの部屋に死骸を持ちこんだ。それによって、樹神殿が犯人であるかの如く見立てさせたということだな」

「可能性としては、充分ありえる」

「本当に⁈」


 二人が出した結論に、梨花が声を出す。屋敷を出てからずっと沈んでいた彼女だが、二人の推理を聞いて希望を見出したような色が見受けられた。

 その様子を見て、二人は顎を引き、同時に僅かに頬を緩める。会話は、少しでも彼女を励ます意味もあっての確認であったからだ。


「あぁ。それに第一、梨花殿たちも知らなかった部屋の存在を、樹神殿だけ都合よく知っているのは不思議なことだ」

「動機も不明瞭だ。京に来てからあれだけの大量の殺人を行なう訳も分からない。衝動的なものであるのならば、何故これまでの旅で梨花殿たちに全く察知させなかったのかも不明だし、計算で行なうにしても狙いや意図がまるで分らない」


 晴明と満仲は、口々に更なる疑問点を挙げて論理を補強する。

 その言葉を聞いて、梨花はパッと顔を明るくさせ、しかしすぐにそれを翳らして、探る様な目で二人を見た。


「ふ、二人は樹神様を疑っていないの?」


 少し恐る恐る訊ねた彼女に、晴明たちは顔を合わせる。そして、示し合わせたように微笑みながら振り向いた。


「全然」

「疑う要因がない」


 短くとではあるがはっきりと、二人は断言する。それは、偽りのない真の言葉だ。彼らは、心の底から、少したりとて樹神のことを疑っていなかった。理由は、すでに彼らが理知的に語っているので改め語るのは冗長だろう。

 その言葉を聞いて、梨花は安堵の色を浮かべる。二人が自分たちの味方であることに、胸を撫で下ろした様子だ。

 そんな彼女へ満仲がニヤリと笑う。


「逆に訊くが、お前は樹神殿を疑っているのか?」

「そんなわけない! でも、非違の奴が決めつけた風に言っていたから、その、不安で」

「……そうか。安心しろ」


 珍しく弱音を吐く彼女に、満仲は足を止めて梨花へ歩み寄り、その頭をポンと撫でる。


「奴らが樹神殿の嫌疑をはっきりさせようと言うのなら、俺たちは樹神殿の無実をはっきりさせるだけだ」

「非違の連中よりも、俺たちの方がまだ樹神殿の人柄を知っている。あの人が、人殺しなんて物騒なことをするわけがない」


 今度は理屈ではなく信頼から、二人は口々にそう自信を持って告げる。その言葉は、今この場においては、梨花にとってこの上なく力強いものであった。

 そうやって梨花を励ますと、晴明たち二人は再び顔を合わせる。


「ここからは非違の連中と勝負だな。奴らが樹神殿を見つけ出すのが先か、それか俺らが真の犯人を見つけ出すのが先か」

「樹神殿探しなら、俺も協力できる。俺の式神は、探索向きだ。たぶん師匠や保憲さんたちよりも、その点では優れている」

「なら、お前は樹神殿を探し出せ。彼女がどうして失踪などしたか……あるいは真犯人とやらに捕まっている可能性もある。探し出して救い出せ」

「あぁ。任せろ」


 満仲からの指示に、晴明は異論なく頷く。人探しが得意なのは、偽りでもない事実だ。自分が自由に動ければ、樹神を探し出す可能性は一気に強まる自負があった。

 その言葉のやりとりは、梨花をとても安心させる。同時に、彼女をとても勇気づけるのであった。

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