第24話:隠し部屋
24、
晴明が検非違使に連行され、満仲に保護されてから一日が経った。
屋敷へ晴明を匿った満仲は、配下の郎党たちを使役して調査を開始していたが、未だに樹神の情報は入らずじまいであるようだ。
その話を朝に聞き、晴明もそろそろ自分も何か手伝いをしようかと考え始めたところで、変化があった。
屋敷を検非違使が訪れ、何やら満仲に協力を求めてきたようなのである。
その動きは、屋敷の縁側で待機していた晴明たちにもすぐに満仲本人から伝えられた。
「何か動きがあったようだ。樹神殿たちは以前泊まっていた空き家に関して確認が行ないたいということだ」
そう説明をすると、満仲は晴明と、その場にいた梨花を見回す。
「晴明、来てくれ。それと、梨花殿たちの中でも一人、案内でついて来て――」
「私が行きます」
満仲の言葉を最後まで聞かず、答えたのは梨花であった。その反応に、満仲は気分を害することなく頷いた。
「そうか、分かった。すぐに出るから、仕度は早くしてくれ」
「はい。分かりました」
梨花は頷き、すぐさま自分たちの部屋へと向かった。仕度と、桃花や梅に説明しに行ったのだろう。
そんな彼女の様子に、晴明は目を細める。
「随分と、責任感強い顔をしていたな」
「あぁ。年長の山吹殿がいないから、自分が一座のまとめ役だという意識を持っているんだろう」
晴明の言葉に、満仲は頷く。元々、梨花は一座の中でも中心人物と言える立ち位置であった。一座の少女の中では最も大人びていた山吹がいない以上、彼女が先頭に立って皆を引っ張ろうとするのは、別段おかしくない。
そんな彼女の心中を慮りつつ、晴明は満仲を一瞥する。
「一体、何があったんだろうな?」
「さぁな。確認を頼むということは、何かが見つかったということなのだろう」
「……だろうな」
調査内容の仔細はまだ伝えられていないのだろうと、晴明は満仲の返答から察した。
なお、敏いものは気づいているかもしれぬが、先ほどから晴明の満仲に対する口調が以前までの丁寧口調から変わっている。これは、昨日の一件やこれまでの付き合いから、満仲にはもう改まった口調をする必要はないだろうと判断してのことだ。
余談ながら、晴明のこの変化に、昨日満仲は喜んでいた。やっと対等で本心を言葉にしてくれた、と。その言われ方は、少しならず恥ずかしくもあったことは、晴明もまだ覚えている。
「せめて、彼女が心傷を負わぬものであることを願うのみだ」
「不吉なことを言わないでくれ」
満仲が少し苦っぽく言うと、晴明も苦い顔で言う。
それに対し、満仲は「すまん」と謝罪した後で視線を晴明から外す。新たに向けた先では、部屋に戻ってから帰ってくる梨花の姿が視認できた。それを見て、満仲は顎を引く。
「よし。行こう」
「あぁ」
言葉身近ながら、晴明は満仲同様に頷いた。
*
「ここが、お前たちの泊まっていた家で間違いないのだな?」
右京にある樹神たちの旧滞在先に着くと、同道した検非違使は梨花に訊ねる。すでに門をくぐり、家の中に入った晴明は、中の様子をぐるりと見回す。つい数日前まで樹神たちが滞在していた室内は、
検非違使の問いに、梨花は頷く。
「えぇ。間違いありません」
「そうか。では、こちらの部屋の存在もご存じか?」
厳然と頷く梨花に、検非違使は部屋の奥へ進む。そして、やおらその果てにある壁をこんこんと叩いた。その行為に、梨花だけでなく晴明や満仲も不審の目をする。
「部屋? そこは壁ですが?」
「そう見えるだろう。だが、実はな……」
そう言うと、検非違使はその壁をぐいっと押す。するとそれに連動し、壁が奥へと引っ込んだ。がたっと何かが外れた音と共に今度は横へ引くと、そこから新たな空間が開かれる。
その光景に、梨花と晴明は目を開く。
検非違使は振り向く。
「ここに、隠し部屋が一つあったのだ。御存じないのだな、その様子では」
「……知りませんでした」
驚きながら、梨花は言った。まさか滞在先にこんな隠し部屋が存在するとは、露ほども知らなかったし思い至らなかったのだろう。
一方で、それを見た晴明は満仲と目を合わせる。その表情は、互いに渋いものになっている。共に、何やら嫌な予感を覚えていたためだ。
それを証明するかのように、横暴な者が多い検非違使の一人である男も、少し遠慮がちに口を開く。
「ここから先は……あまり少女には見せたくないのだが」
「っ。構いません。行きましょう」
検非違使の善意に、しかし梨花は侮られたと思ったのだろう。強気な言葉を返すと、前へ進む。それを見て、検非違使は道を開け、梨花だけでなく晴明たちも中へ通す。
隠し部屋はさほど大きくはない。四畳ぐらいの小さな空間で、ただ明かりが入らないためにひどく暗かった。
そこへ足を踏み入れて、目を凝らした途端、晴明は息を呑んだ。同時に、それに気づいた梨花を満仲が素早く目隠しする。
隠し部屋の中にあったのは、人の山だ。
否、人の山というのはあまり適切な言い方ではない。
有体に言えば、骸骨と化した死骸が大量に散乱していたのである。衣服を纏った者たちの、死骸死骸死骸――それが積みに積まれていた。
暗がりの中にぽっかりと浮かぶ不気味な死骸の山に、梨花は悲鳴をあげかけてこらえる。満仲が視界を覆ったおかげでしっかりと正視する暇を奪ったおかげもあるが、彼女の幼き矜持がそれを拒んだのだ。
息を呑んだ晴明は、満仲を一瞥する。彼は顔色を変えず、目を隠した梨花を自然と背後へ追いやる。
そして、この場ではあまりに冷静な口振りで検非違使に訊ねた。
「これは、誰の骨だ?」
「分かりません。ですが、一つ分かることが」
「なんだ?」
訊ねながら、しかし満仲はあまり興味もなさそうだった。というより、彼は回転の速い脳は、すでにこの死骸に山の正体に気づいている。晴明も、最初は死骸の群れに驚愕したが、人少ない通りに時たま庶民の死骸が放置されていることもある平安時代の人間とだけあって、すぐに思考を次の段階へ移行していた。そして、この死骸の正体をすぐに察していた。
「ここが樹神という女がいたということ、そして彼女に人攫いの容疑が掛かっていること、加えて――」
「御託はいい。はっきりと言え」
「……ここに転がっている人骨は全部で六つ。現在行方不明と訴え出られた人間の数と一致します」
「そうか」
検非違使が険のある顔で答えるのを聞くと、満仲は渋い顔で頷く。
それを見て、検非違使も顎を引いた。
「やはり、樹神という女が誘拐したと言うことは間違いない――」
「っ! そんなはずない! あの人がそんなことをするわけない!」
検非違使の推測に、最初の驚愕と恐怖から思考を冷静なものへ戻しつつあった梨花が反発した。樹神がそのようなことをする人間ではないということは、梨花がよく知っている。その大前提がある以上、検非違使の言葉は無視できなかった。
彼女の反論を、しかし検非違使の男は目を向けただけで、無視する。
「ここを、連れの娘たちに教えていなかったことからすると、秘密裏に人を攫っていたのでしょう。そして、何かしらの手で殺害し、放置した、と」
「それがお前さん方、検非違使たちの考えか?」
満仲が、確認のように問うと、検非違使は頷く。
「はい。長官たちを含め、検非違使はそう判断しております」
「……分かった。俺たちに確認したかったのは、ここが彼女の宿泊先だった件だけだな?」
「えぇ。その通りです」
だからここに来て部屋を見させたのだ、といった按配で、検非違使は首肯する。それを見ると、満仲は頭を掻いた。
「なら、俺たちはもう帰っていいな」
「構いません。御足労をおかけしました」
特に引き止めるようなことをせず、検非違使は顎を引く。
満仲はさほど気に掛けてはいないが、しかし目の前の光景はあまり長々と見ていられるものではなかった。人の死骸を嬉々として、あるいはずっと飽きずに見ていられる者など少数だろう。このような不気味な人の成れ果てを肯定的に観察できるような嗜好は、晴明たちにはない。
検非違使から用件が終わった旨を聞き、満仲は晴明に顔を向ける。
「よし。帰るぞ、晴明。梨花殿」
「……うもん」
帰りの合図を出す満仲だったが、その後ろで、梨花が顔を俯かせて何かぼやいた。
その声に、全員が振り向く。
激情は、その直後吐き出された。
「違うもん! 樹神様が私たちに黙ってこの部屋で人を殺していただなんて、違うもん! きっとこれは――」
「梨花殿。帰りますよ」
憤りと焦りの感情の高まりのままに言葉を発す梨花を、晴明が宥める。少しながら取り乱した様子の彼女を、晴明は部屋から遠のかせた。
その際、梨花の肩が震えていることに晴明は気づく。彼女のことだ、ただ怖いからこうなっているのではなく、樹神に掛けられた嫌疑を晴らしたいという使命感もあってこのような反応をしているのだろう。その気持ちは、晴明にも痛いほど伝わる。
懸命に晴明が宥める中で、梨花は口惜しげに下唇を噛むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます