うろこ雲

“ 明日、いつもの場所に10時集合でどう?”

そうメールが来たのは 昨日の夜11時だった。

すぐに返信を返して、それからすぐ寝た。


────ピピピッピピピッ

けたたましく鳴り響く目覚まし時計を止め、

目を覚ますと、朝8時をすぎた頃だった。

本当は 7時に目覚ましをセットしたはずなのだが、寝過ごしてしまったらしい。

駅行きのバスが出発するのは、9時20分。

少し急がないといけない。


朝の支度を終え、外に出ると 空にうろこ雲が浮かんでいた。もうすっかり秋だ。

この間まで 夏の面影が強かったのにと考えながら、バス停まで歩き出す。

そういえば、小野寺さんは大丈夫だろうか。

あの人は寒さに弱いから、いつもの待ち合わせ場所で待たせていたら 凍えてしまう。

私たちはいつも 私の家の最寄り駅にある

大きな花時計の前で待ち合わせをする。

季節ごとに違う花が咲く その花時計は

その駅のシンボルだ。


小野寺さんとは、今まで何度も2人で出かけたことがある。勉強を教えてもらいに図書館へ行ったり、気になるんだよねと話していた本を買いに書店へ行ったり、服を買いにアウトレットモールに行ったり。水族館や映画館、遊園地など普通なら恋人と行くような所にも。

友達に彼のことを話すと、付き合ってるの?と毎回聞かれるが、別に付き合ってる訳ではない。

彼には 好きな人がいるのだ。

会う度に その人のことを話してくる。

「自分より年上なんだけど、何だかほっとけなくて。大人なんだからと気を張ってるけど、全然大人らしくないから 笑ってしまう。」

「怒ったら凄く怖いんだけど、後から怒ったことについて1人反省会とかしてるんだぜ?」

そうやって 好きな人のことを話す小野寺さんは、いつも優しそうな顔をして、少しはにかんでいた。しかし、楽しそうに話した後は 決まって少し口数が減り、外をじっと見つめる。あえて何も聞かないけれど、もしかしたら その人とはあまり上手くいってないのだろうか。

そんなことを思いながら、2人でいるのに1人でいるようなその静かな時間は、毎回 意味もないのに携帯をいじってみたりする。


バスに揺られて20分程で 駅に着いた。

時計を見ると、9時40分を少し過ぎていた。

大丈夫、小野寺さんよりは はやく着いたはずだ。そう思いながら 花時計の傍までいくと、既に小野寺さんはそこにいた。


「すいません!待たせちゃいましたか?」


「いや、俺も今きたところだよ。」


予想外のことで少し驚いた。彼は遅刻常習犯だから、今日もきっと 10分、20分程待たされるのだろうと思っていたのに。


「なんか、珍しいですね。小野寺さんが遅刻してこないなんて。」


「え、何それ。俺って そんなに遅刻してくるようなやつだっけ?」


「はい。」


ごめんごめんと言いながら笑いかけてくる彼に 私はめっぽう弱い。それが顔に出てしまわぬよう、あえて冷たくあしらってしまう。

彼は陽気で、とても優しい人だ。私の態度が少し冷たくても それが不機嫌ゆえの事ではないことを 分かっていてくれる。そして構わず 楽しく話し続けてくれる。


「そういえば、今日はどこに行くんですか?」


「んー、実はさ。そんな具体的には

決めてないんだよねー。」


「何ですかそれ。」


なんだか、少し嬉しかった。

行きたい所もなしに何故、この人は会おうと言ったんだと 笑ってしまう。


「笑うことないだろー。莉子ちゃん。」


そう言って 少しふてて見せる彼に

またさらに 笑ってしまった。


「あ、じゃあさ。この前、莉子ちゃんが行ってみたいって言ってたカフェに行こう。」


「いいんですか?やったー!」


彼といると心が軽くなる。1人でいるよりもずっと楽だ。いつも笑っていられる。

ずっと前から一緒にいるような感覚になれる人。出会いは偶然だったけど、本当にあの時 出会えてよかった。

そう思いながら 空を見上げると、さっきと変わらずうろこ雲が浮かんでいた。

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ヤマアラシのジレンマ 松永エマ @cielmale

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