.suburb

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 九条はうたた寝から起床する。微睡みのなかで、喫煙への欲求がむくむくと起き上がる。上体を起こし、自分以外に乗客のいないことを確認すると、胸元からハイライトのメンソールを取り出す。火を点ける前に車掌が通りすがり、咎められる前に仕舞った。


 北へ北へと伸びるローカル線に揺られて、二ツ山村へ向かう九条。眼鏡を架け替え、オーグメントを開きながら手許の端末をいじくる。クリップした記事が一斉に展開される。有力な地方紙の電子版からネットのウワサまで。そこに共通して現れる、一人の男の名。


 匿名で奇妙なフォーラムばかりを追いかけていたネットライター、藤崎ふじさきかおる

 悪徳業者の母胎や、薬物売買の温床となっているフォーラムをすっぱ抜く。そう云えば聞こえは良いが、実態はさしたるウラも取らずに誹謗中傷を書き散らかすネットイナゴの類だ。


 九条が〈フギン〉と〈ムニン〉を走らせて集めた情報は彼の変死にまつわるものだった。いくつかのペンネームを使い分けていたから、捜査は難航するかと思ったが、さして苦労もなかった。我ながら優秀なソフトを組んだものだ。


 面倒な事案だ――けれど、面白そうではある。


 二ツ山村の調査を集中して行なっていた藤崎が、東京の某所で殺害された。見通しの悪い路地で、目撃者はほとんどいない。後頭部に強い打撲の痕があり、それが死因とされているが、事件当時藤崎は泥酔しており、転倒によるものとされた。


 人望の薄い人間だった彼に、フォーラムのフレンドやビジネスパートナーたちは、みな口さがない様子であった。初対面で素性も怪しい九条に対して、溜まったストレスを発散するがごとく故人に罵詈雑言を浴びせる彼ら。フォーラムを通して知り合ってあの様子なのだから、周囲のリアルな知人友人の気が知れない。原因はどこにあれど、本当にこの世の悪をすべて引き受けたような――誘蛾灯の男であったのだろう。そういう男は稀にいる。


 九条が彼を悼む間もなく、電車が目的の駅名をアナウンスした。

 オーグメントを閉じて、かけていた眼鏡を襟元に挿し、無人駅に降り立つ。初夏にはまだ程遠い、寒空が待っていた。煙草を咥えて、足を踏み出す。


 最寄り駅から二十分ばかり、慣れぬ山道を根気良く歩く。マップ・アプリを開くも、この地域の最新更新は四年も昔だ。一抹の不安がよぎるも、それだけ平和な土地であるという証拠でもある。ローカル線に乗る前のターミナルで、駅員にも訊いていた。


 寂れたトンネルを抜けて、忘れられた国道らしき道路に沿って、えっちらおっちらと登っていった。「熊出没注意」の看板が蔦に絡まって風化を待っている。車両とは一度もすれ違わない。


 全球通信網、スープ、フォーラム、第二次情報革命。この山道を歩いていくと、それがどうしたといった感じに思えてきた。ここは日本、寒村が寄り集まってできた島国だ。いく度年号を重ねようと、本質は変わらない。我々は太古の昔から、歩いてきたのだ。それを如実に感じる。


 耳許に届くのは鳥のさえずり、鼻孔をくすぐるのは木々の匂い。

 次第に、国道沿いに穿ったような切り通しが現れる。手前に二ツ山村の案内板。急な坂に段々が出来ており、そろそろと降りる九条。まるで蟻地獄に突き落とされるように。藤崎が覗いた深淵に導かれるように――



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