13
たった一月分、それも市役所が担う一地域だけで、ファイル数枚が埋まるほどにフォーラムの数は多かった。誰かが、誰かに伝えたいことが、これだけある。これ以上にある。そう考えると、許子は奇妙な感動すら覚えた。何をそんなに語り合いたいのか。話しておきたいこと、話してもらいたいこと。それらが光に乗って、光の渦になって、この星を駆けずり回っている。
ぐぐぐ、と身体を伸ばし、吐息を漏らす。時計は正午に差し掛かろうとしていた。休憩も兼ねて、切りの良いところで珈琲を淹れよう――許子は、手許のプリントを終わらせにかかった。その週の分もさして異常は見つからない、はずであった。
通信量に比して色分けをする。その繰り返しだけで、目立った動きなど無いはずだった。しかし、許子が次に手をつけたフォーラムのD率を追うと、市の中心地から飛び石状に数値が高く出る。これだけなら駅やバス停ごとに多くなる現象と似ているが、その色はさらに駆け巡り、市を四方で囲む山の一端へと伝っていった。そして最後に、ある一点に白い染みを書き加えた。
「……あれ?」
何か手違いがあるのかと許子が手元のファイルを参照し直す。弾き出される数値を基準にすれば、妥当な色であった。しかし在り得ざる光景でもある。山の中に、県庁所在地や大都市圏と比類するD率を持つフォーラムが存在している。
異常が、ひとつ見つかった。
これだけが間違っているのかと思い、許子は以前のファイルを参照する。さすがに膨大な量の情報までは目を通さず、完成したトラフィックマップしか見てこなかったが、こればかりはフォーラムの方も参照する。すると、そこに記載されているのも、数値上では考えられない程に大きいものだった。
それでも許子は努めて冷静に事態を推測する。
例えば、何か重要な研究所が山の中にあって、それが解らないように地図の方には細工がしてある、なんて話を聞いたことがある。
一旦、珈琲を諦め、ファイルを改めて開く。
仕事中の余計な好奇心とは思わないでもないが、許子は記載されたフォーラムの情報を詳しく参照する。記されている文字は「おらが村ソーシャル」。昨日、小野とサエコさんが話していた、高齢者向けフォーラムの一つだった。人口過疎地域や限界集落などで、村人同士、さらに村を出た同郷人で作る連絡網のような役割も担っている。決して、研究所などではない、全国的にありふれたフォーラム。
そして、その横に当該地域が記されている。
許子が不審に感じたこの村自体が、限界集落でありながら、異様なD率の上昇を示していた。工業区並み、県庁所在地並みに。全体としては、異常を知らせる七割五分の閾値は超えていないが、ほとんど首都圏並みのD率を叩き出していた。併記してある村の情報を見れば、人口もさして変わってはいない。交通量も日に片手で数えられる程度だ。ということは、人間が出入りしたわけではない。大規模なイベントが催されていれば、特記事項として脚注が付く。それもなかった。
――明らかにおかしい。
許子の脳内が、ざわつく。二ツ山村の文字が、不気味に踊る。
「おかしい……」
ファイルを閉じ、珈琲を淹れるも、意識はその異常から離れそうになかった。
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