12

「記載されているのは主だったフォーラムと、そのディペンド率。これをウチの管轄地域ごとに色分けする。トラフィックマッピングっていう方法だけれど、通信量が多い地域は当然色が濃くなる。これを数か月分のデータと比較して、異常な動きが無いかをチェックする」

「異常な動きとは、なんですか?」


「異常な動き、としか言いようがないな。通信量が乱高下しているとか、逆に一切の動きが無いとか。この辺の見極めは慣れて貰うしかない。大方はスープ上の流行り廃りに影響された結果だが、中には法に触れることを企てているものもある。それを事前に発見する。まさしく、電脳犯罪を抑止するお仕事だよ。かなり地味だけど」

「私にその仕事を?」

「後ろの棚に去年の分があるから、真似してやってみて」


 許子に席を譲り、はじめて笑みを浮かべる上司。


「ここだけの話、面倒くさくて今月分の溜まってるんだ。頑張れ」


 やる気に燃える許子を残して、九条はすぐに出て行った。




 三つほど誤算があった。

 まず九条が指定するマニュアルは抑止課内のローカルスープ内に保存されていること。加えてトラフィックマッピングを行うのに必要なアプリケーションも、同時に中に組み込まれていること。そして最大の誤算は、未だに許子がそれを使いこなせないでいること、だ。


 しかしどうあれ、許子にとってはこれが上司からもたらされた、最初のまともな仕事である。やり遂げようという意思だけは挫けず、どうにか昨年までのファイルを参考にし、同じものを作成しようとしていた。


 その結果、手書き出力というものを選んだ。


 許子向けに紙媒体で出力されたD率の情報を元に、ペンで実際に白地図へ書き込んでいく。主要フォーラムのD率は地域によって密度にばらつきがあり、住宅街や商業地区といった変化にも対応している。これらを地域ごとに塗り分け、それを何度も繰り返していく。


 傍から見れば、いい大人が塗り絵に興じているようにしか見えない。だが、これを基に後でパソコンの中に移していけばいいわけで、別に遊んでいるわけではない。


「こんなもんか」


 それから二時間ほど、許子は一心不乱にD率の差異を色分けしていった。未だ完成してはいないが、既に白地図上には模様が描き出されていた。新綾部駅を中心に、市庁舎付近から白と黄色の花弁が放射状に広がっている。外延部は赤に染まり、一方で住宅地に入るとまた黄色くなっている。それが山間部や、離れた集落に入ると紫、さらには暗く藍色へと変わる。まるで都市の熱を視覚化させたようなものだ。


「達成感あるなぁ」と一人呟く許子。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る