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 一夜明けて。午前九時。抑止課の棚から分厚い入門書を数冊引っ張りだして、珈琲片手に制覇しようと目論む許子。昔のアイドルらしき人が微笑んでいる、比較的読み易そうな雑誌からチャレンジする。意味がわからないページには付箋を貼っていく。一枚、二枚、三枚と。


「あ、これって」


 接続ケーブルについてのカタログ記事が載っていた。先日やらかした苦い失態を思い出す。あれくらい出来るようになっておこうと思い、近くにある端末の裏からケーブルを引っ張って、挿れられそうな穴を探した。意外とわかりやすいところにあるものも、側面に隠れているものもあった。


 十数分格闘し、許子は一通りの接続が行えるようになった。自身の躍進に思わずガッツポーズを取る許子。

 ――半刻ほど過ぎ、集中が切れてきたところで、抑止課の戸が開いた。九条が昨日よりも髭を伸ばして、大欠伸とともに入ってくる。許子は弾かれたように立つ。胸に抱いた雑誌からは付箋の短髪がわさわさと生えている。


「お、おはようございます!」

「ああ、おはよう……どうしたの、週アスの増刊号なんか読んで」


「勉強しようかと思いまして」

「まあ、『カオスだもんね!』は面白かったね……それはさておき、ちょっとやってもらいたいことがあるんだ」

「何なりと!」


 九条は積まれた端末の上に、奇跡的なバランスで、バッグから取り出した分厚いファイルを取り出す。見慣れたA4サイズ。俄然、やる気が出る。


「〈D率〉ってわかる?」

「聴いたこともございません!」

「だよね」


 落ち着け、許子。覚えればよいのだ。


「ネット・ディペンド率のことさ。個人法人格問わず、どれだけひとつのフォーラムに、集中的に通信がなされているかの割合だ。主に企業がマーケティングに使う指数で、広告展開を行う際の指針になる。人が多く通っている十字路に看板を立てるのは、ウェブ上でも同じことだ。抑止課の常勤のひとつに、この監視が含まれている」

「監視ですか」


「スープだって万能じゃない。負荷のかからないメモリなんてないからね」

「何がかかるんですか?」


 九条は質問には答えてくれず、ファイルを開いて一枚目を取り出した。数字が踊る紙面に面食らうものの、活字であるから問題はない。


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