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言葉を濁す。機械に弱いからといって、確かに取り立てて生活に影響が出る程ではない。その辺は小野に言わせると――スープは社会の基盤になってるからこそ、使えなくても困らない――のだそうだが。
そういう問題ではないな、と許子は自問する。
便利さに憧れる主婦じゃあるまいし、周囲の人が掃除も炊飯も機械任せになっている現状を羨んだりしない。そんな中でも自分は、
ただあるとすれば、自分と他人の見えている世界が決定的に違うという、不安のようなもの。
そんな許子の感慨など気づきもせずに、駅についた小野が声をあげる。
「あ、今になって不安になったけど、もしかしてイノちゃん、スープのオーグメント機能も使ってなかったりする?」
「なにそれ?」
やっぱりか、という諦念めいたものを感じさせる笑みが返ってくる。
「僕も普段は切ってるけど、初めて行く場所で情報が欲しい時は使うようにしてるよ。ここなら職員IDでログインできると思うけど」
小野はそう言って、自身の携帯端末を何度か操作する。「出た出た」と嬉しそうに呟き、今度はそれと同じようなことをやるように許子に勧める。
「え、わかんないんだけど」
「メールが使えるならいけるでしょ、端末の右上のオーグメントモードをタップして……ああ、押してって意味だけど、そうそう、そしたらIDの入力を求められるから職員証の番号、ほら、最初の研修で教えて貰ったヤツ、あれ打ち込んで」
同期から、まるで生徒に教えるような態度を取られるとは。若干の居心地悪さを感じつつ、許子はそれでも操作を続け、小野の言う所のログインを済ませた。
その途端、全身にぞくりとするような感覚。海辺でさざなみに足を浸した時のような、言い様の無い圧迫感と引き寄せられる感じを受けた。それは、最初は静かな変化であったが、次第に許子の中で大きな驚きに変わりつつあった。
普段から利用している新綾部駅の改札付近の風景といえば、灰色の駅舎に、薄ぼんやりとした照明。黒塗りのタクシーが並んで、区別のつかないサラリーマンが行きかうだけの味気ないものだ。しかし今、許子の視界に溢れて来るものは無数の色の組み合わせ、そして視えるかと錯覚するような心地よい音楽。
空中に浮かび上がる文字の群れ、輝度を増す窓ガラス上の広告、案内板にはリアルタイムで各地の天候情報や電車の運行情報が見える。視線を移せば、駅ナカの商業スペースの案内が、次々と空中に現れる。
「うわ、キモ」と、あまりの情報量の多さに一歩退く許子。
「みんなそう云うよ、最初は」
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