「そうですね。あとは……この技術、近年の〈デバイス家電〉とも相性がいいんですよ。あの、冷蔵庫や窓にブラウザやモニターが付いている家電製品ですけど」

「あら、それだったらうちも最近導入したわよ。ほら」


 サエコさんがバーカウンターをトントンと叩くと、平面上に小洒落たメニューが描かれ出した。小野が面白そうに、それを右へ左へめくっている。


「フィルム型のデバイスですね、こういうのも便利ですよね。はは、飲みたいお酒とか、タグ情報でウンチクまで出てくる訳だ」

「メニュー表をいくつも用意しなくて済むのと、お客さんと話すネタが増えるのは、本当に助かるわ」


 そういえば、いつの間にか紙のメニューが無くなっていたな、と許子は思い出す。こういうタッチするだけの物なら平気で使えるなあ、とも思う。


「あとは冷蔵庫に入れておくだけで在庫とか管理してくれるっていうじゃない。この歳になると何を頼もうか忘れちゃうもの、便利よね」

「まったくですね。介護認定を受けていると、薬局とも繋がっていますから、不足した薬をデイサービスが届けるといった密な連携も取れます。少なくともフォーラムに接続さえしていれば、不慮の事態は免れます」


「そうね、年寄りは社会に支えて貰わないとやってられないもの」

「本当、スープさま様ですね」


 またしても感じる疎外感。自分がバカなだけだろうか。許子はカクテルを見つめる。氷がころん、と沈んでいく。




 メゾン・ド・モダンを出る頃、お会計を済まそうと許子が財布に手を伸ばしたのを小野が制した。そのまま慣れた様子で、携帯端末をカウンターにかざす。電子マネーの遣り取り、これにてお会計終了。


「今度はおごってくれよ」


 許子の顔が引きつっていたので、小野がそうフォローする。

 許子は小野ちゃんのドヤ顔をウザがっているわけではなく、未だに電子マネーすらろくに使いこなせない己に、いくらか嫌気が差したのだ。


「本当にイノちゃんは、奇跡的なまでに情報社会に取り残されてるね」


 駅に向かう帰り道での言葉。


「それ、ひどくない? 私だって、メールとか、あと、文書作るのとか、文字打つのとかはできるし」

「実質一つしかできてないよね」


 その指摘には、言い返せなかった。


「今まで良く困らなかったもんだ」


 酒が入ると、予想以上に遠慮がなくなるタチのようだ。


「困っては、ないけど」

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