「紙の本だよね?」それならイメージが沸く。

「そうだね。そこには九分九厘、引用した別の本の書誌情報が載っているだろう。詳しく研究するにはその引用元にも当たらなくちゃいけない。しかし、その本が絶版になっていたり、大学の図書室に入ってなかったりするかもしれない。スープではこれが有り得ないんだ。一冊の本に、皆が持ち寄ったすべての情報が詰まっている。わざわざ別の本に飛ぶ必要がない。まるでアカシック・レコードだね」


 明石レコードが何かはわからないが、世の中、相当にとんでもない技術がはびこっているらしいことは伝わった。


「掻い摘んで説明するとこういうことかな」


 パソコンの使い方を教えてくれるかと思ったら、近代史の講義であった。許子は苦虫を噛み潰した顔をして、礼も言わない。


「……今の話わかった?」


 許子の視線を感じ、サエコさんは包丁を扱う手を止める。


「老い先短い婆さんには難しい話だわ」

「ですよね」

「あなたはちゃんとわかってなきゃダメでしょう? お仕事で使うんでしょうから」


 あはは、と乾いた笑いを漏らす。

 小野が青髭を擦りながら、話を続ける。サエコさんも巻き込むつもりらしい。


「いえね、女将さん。意外と年配の人も使ってるんですよ」

「あら、そうなんですか。私もパソコンで仕入先と連絡ぐらいは取りますけど」


「スープの最大の功績といえば、フォーラムの発展に著しく貢献したことですね」

 あ、それ。と許子が声を出す。たしか九条も同じようなことを。

「フォーラム自体は色々な種類があるんですけど、注目されてるのは高齢者向けのサービスですね」


「それならテレビで見たことがあるわ。ネットを使って、寂しい老人同士で集まって皆でお喋りするんでしょう?」


 小野が笑っていいものか迷っている。


「……まあ、そういうことです。基本的には。都市部で流行っていた没入性の高いSNSの、孫みたいなものです。厳密には、過疎化が進む限界集落などに住む高齢者の孤独死を防ぐために、政府や自治体主導で始めたサービスを指します。言ってしまえば、老人たちの生存確認のために彼らに携帯端末を持たせたら、思いの外使い熟す人たちも出てきたってことですねえ」


 二杯目のカクテルを注文し、小野の話を自分には関係ないものと聞き流す許子。


「土曜の囲碁会を、パソコンでやるみたいなものね」

「最近じゃ、フォーラムの管理も人工知能――AI任せのところもあるなんて聞きますがね」

「人間が働かなくて済む社会なんて怖いわね。まあ、そういうときこそサービス業は気合入れなくちゃ」

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