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退屈をやり過ごした許子は、小野を半ば強引に引き連れて、いつものバーに出向く。叔母さんの友人が道楽で始めたそのバー『メゾン・ド・モダン』は、駅前に店を構えているというのに、大学時代に誘った許子の友人か、叔母さんの周辺の人間しか軒をくぐらない。京野菜を格安で仕入れられなければ、明日にでも店を畳むと公言してはばからないが、そろそろ十周年を迎える。
学生の財布でぎりぎり贅沢できる価格帯なので、見栄を張りたいときはよくお世話になった。
許子がテーブルに溜息をぶつけていると、上からお通しが降りてくる。皿越しに、サナエさんの笑み。
「新しい彼氏さん?」
隣の小野が日本酒をこぼす。
「まさか! そういうんじゃないの、サエコさん」
「浮いた話どころじゃないって顔ね」
「うっ」
人生いろいろね、と言って私の目前にピーチカクテルを置く。ストローを噛み、言い訳をこねくり回す。が、言葉にはならない。
「……勉強し直すか、同期よ」
小野が言葉を選び選び、ずいぶんとキツい一言を放ってくれた。
「うちって土木作業課とかないの?」
あるわけないでしょ、と答えたのはサエコさん。十二ある席に、今夜着席しているのは許子と小野だけであった。
小野の咳払い。どうやら講釈が始まってしまうらしい。
「スープはわかるよな?」
「聴いたことなら」
「いままでプロトコルっていったら、HTTPが主流だった。行きたいサイトのアドレスを打ち込んで、サーバから情報を受け取り、こちらでそれを表示する。もちろん、ページに情報がなければ、リンク切れになる。何度試してもそのサイトには行けない。それを改善したのがスープ、ソーシャライゼーション・オブ・アンリミテッドネス・プロトコル。略してSoupだ」
「すでにわからない単語がいくつか」
「まあ、名前はどうでもいいよ。構造だけ理解すれば……とにかく、スープの台頭で全世界的にネットワークのアレコレが改新されたんだ。
「それで何が変わったの?」
「さっき言ったリンク切れが事実上なくなった。世の中のほとんどの情報は開示され、誰でもどこからでもあらゆるメディアから、ネットにアクセス出来るようになったんだ。そうだな、たとえばイノちゃんが何か学術的な本を読むとするじゃないか」
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