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約三ヶ月前、就活で蹴落とされ続け、口から魂を垂れ流している許子の肩を叩いたのは、名前も朧気な母の兄。にこにこと脂汗を拭きながら、色々とレールを敷いてくれた伯父さんだが、生理的に無理な人ではあった。
就職氷河期、いや、漂流記の真っ只中、岸辺に辿り着いただけでも幸運と思い、がむしゃらに頑張ろうとガッツポーズを取るも、その拳でもって初日の午前中に映らないディスプレイを叩いて直そうとたことから、流れるように今日の惨事に至る。
どこかで間違えたのか、たかがこの薄情なプレートと仲良くできないだけじゃないか。その他の社会人としての適性は十二分に備えているはず。これは試練だ。
そんな風に許子は自分に言い聞かせる。見てみろ。一週間、いや、一ヶ月以内にはこいつをバリバリ使いこなして、鼻を明かして職場復帰してやる。こんな窓際でいつまでもくすぶっている許子ではない!
……と、意気込んではみるものの、視線は宙に浮くばかり。
小野のヘルプのお陰で、何となく色調が変わった画面を見つめても、許子の頭の中のぱそこんにはクエスチョン・マークしか浮かばない。仕方なく、許子は通称抑止課、蔑称バ課の「サイバーテロ抑止課」の隔離された一室をぼんやり眺める。
机は二つ。
一般のオフィスのものより少し横に長く、そういう意味では好待遇ではある。けれど、恐らく型の違うコンピュータであろう四天王じみた四つのデカい箱が部屋を圧迫し、意地でも本来の広さと明るさを感じさせない。書類をまとめておくボックスは見当たらないし、お茶を淹れるにも別の部屋に行かなければいけないようだ。これ、コーヒーミル置いたら経費で落ちるかな。
歪といえば歪な部署だ。紙媒体が死にたえつつあるというニュースぐらい流石に知っているが、ここまで書類を廃してしまうと仕事をしている実感が沸かないのでは。
いや、そういう問題じゃない。
上司が居ないのだ。
異動書には、
激増しているネット犯罪とイタチごっこをするため、去年の法律改正に合わせて無理矢理作らされた新設の窓際部署に、何かを期待していたわけでもないけれど、せめて後輩の顔くらい見に来ないものか。それとも、抑止課の業務特性上、わざわざ部署まで足を運ぶ許子のほうが愚かで、自宅からメールでやり取りするスタイルが常識なのか。
許子は受付の華と呼ばれて輝いていただろう自分の未来を、ぐにゃりと潰した四角い機械たちをキッと睨み付ける。もうダメだ、今すぐハイボールか、又は仕事を――
だが、わかっていた。明日も明後日も、にっくき端末様の頭に薄っすら積もった埃を、日がなハンドモップで払ってさしあげることになるのは。
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