第11話 スカート丈が短すぎます②

 残念ながら、女性が嫌な思いをする事件はなくなりません。私が赴任するこの高校でも、通学途中の電車内で痴漢被害にあったという声はしばしば耳にするし、校内に不審者が侵入したこともあります。今のところ、クリティカルな被害がなかった、ということだけは救いですね。


 人は、人を見た目で判断する。――女性同士だって、そう。


 この高校には、微妙な上下関係が存在します。それが、どういうわけか彼女たちの身なりで決まっているらしい、というのが私たち教師からすると、不思議な事のように感じるのです。


 スカートが短い子たちは、いつもクラスの中心で笑っている。


 スカートが長い子たちは、教室の隅でおとなしくしているか、気の強い、頑固な優等生キャラとして敬遠されるか。


「あのグループの子たちってさ、暗そーじゃん。スカートもやたら長いし」


 クラスメイトに対し、そんな理不尽な悪口を言う生徒を見て、嘆かわしく思ったこともあります。あなたたちは、人の内面を見ようとすることすらできないのですか、と。


 ――だからいっそ、全員が校則通りの格好をしていればいい、と思うのです。そうすれば、偏見も、勘違いも、誤解もなくなるのに、と。





「出席番号1番。相坂さん」


 服装検査が、始まります。一人一人、そのスカートの裾を見る。


「はい、OKです」


 そして、ノスタルジーに耽るのでした。中学校から6年間、この子たちはこの学校で大きくなる。私たち担任は、彼女たちの成長を6年間、見守る。


 中学入学の時はあんなに小さい女の子だったのに、今では一人の女性として、立派に成長している。自我も、意志も、より強固なものになって、未来へ羽ばたこうとしているのですね。


「出席番号2番。井上さん」

「3番。遠藤さん」


……


 一人一人の顔を見るたび、いろんな思い出が蘇ります。数学の定期テストの採点基準に抗議をしてきた子。補修の末、ようやく二次関数を理解してくれたあの子。この子は、授業中、結構寝てましたね。……なんて。


「出席番号20番。――桜井さん」

「はい」


 桜井 美緒さん。――この子は、ちょっとだけ、特別に記憶に残る出来事がありました。


「OKです」

「ありがとうございます」


 何と声をかければいいのか、分からなかったのです。彼女はぺこりと頭を下げ、早々に私の元を去りました。


 ――どうして、あんなことをしたの?


 訊きたいことはあります。しかし、今ではない。


「出席番号、21番。篠田さん」


 そして、出席番号の並ぶ、この生徒。――篠田 透子さん。


「スカート……OKです」

「はい。先生、6年間、ありがとうございました。……あと、お疲れ様です。生徒が言うのは無礼なのかどうかよく分かりませんが」

「無礼なんて、そんなことないわ。……ありがとう」


 お疲れ様、それは労いの言葉。の当事者だったから言ったことだったのか、それとも、単純に私が今年で定年退職するからなのか、その真意は不明です。だけど、前者なら、言ってあげたい。


 ――あなたは何も悪くない、と。

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