第二十二章:大願
昭和四十六年
二人で晩飯を食べている。ふと、テレビに目を向けると話題の若手デザイナーが紹介されていた。日本の着物を洋服に取り入れる斬新なデザインが紹介されている。
「へぇ~、そういえば過去に和服を世界にって言ってる子がいたな・・・」
「子? って事は女だね? なに、ハルの元彼女とか?」
「違うって、そんな人いないよ。俺は月世と奈美しかお付き合いしたこと無いから」
「私はハルだけなんだけど」
奈美は少しふくれ気味の表情をしている。
「奈美、あ~ん」
俺は奈美に竹の子の煮物を食べさせごまかすことにする。
するとテレビに見た顔が出てきた。舞だ! 間違いない。すっかり大人びているが間違いなく舞だ!
「ああああ! 舞だ!」
俺は食いつくようにテレビを見つめる。
「何? 知り合い?」
「うん・・・月音の同級生。呉服屋の娘さんでね、みんなでよく遊んだりしてたんだ。本当に夢をかなえたんだな~すごいや。他のみんなどうしてるかな・・・」
「ね、ハル、今度行ってみたら? 顔は会わせられなくても、どうしてるか見るだけならいんじゃない?」
「そうだよな・・・うん、みんなどうしてるか知りたい!」
「よ~し! じゃ今度の休みにでも行ってみようよ! 私も付き合う」
「奈美、ありがとうな、色々考えてくれて」
「これでもハルの奥さんだからね~」
奈美は常に俺の事を考えてくれている。昔から奈美はずっと変わらないな。
そして奈美の仕事は今回土曜日が休みとなった。土曜日が休みはかなり珍しい、忙しいからこそ休みなさいと社長の心遣いらしい。ありがたいことだ。俺は予め下調べを行っていた。二年前にプラネタリウムも開館していたという情報をつかんだ。電話で問い合わせたところ栗山という名前の解説者がいることも分かった。これは間違いないだろう。そして、北川の美容院が今も流行っているらしい。たぶんいるはずだ。二人ともいるはずだ! 俺は期待に胸を膨らませ奈美と一緒に電車に揺られている。
みんなと話したい気持ちを抑えられるかな・・・。楽しみな気持ちと話せない辛さで頭がごったがえしている。そんな不安が顔に出ていたのか、奈美が隣で手を握ってくれる。
午前九時半、駅に到着する。俺はマスクと帽子、念のためメガネもかけて電車を降りた。ああ、あの頃と大して変わっていない風景が広がる。懐かしい・・・。奈美の手を引き地図を見ながらプラネタリウムへ向かう。そこにはものすごい立派な建物が建っていた。一番高い部分がドームのような形になっている。この施設はプラネタリウムだけではなく、様々な催し物も開催されている様子だった。市で運営している施設なのでたぶん栗山は市の職員になったのだろう。それにしても栗山の夢が叶ったのだからすごいことだ。どういう経緯で建てられたのか気になるところだ。
建物の中に入ると受付の女性が丁寧に席へ案内してくれた。お客はまばらな感じで座っている。時計を見ると丁度十時、栗山の解説でプラネタリウムが始まる時間だ。照明が消えて音楽が流れはじめる。とても良い感じの雰囲気だ。そして栗山の声が聞こえてきた。間違いない、あの時のあの声だ! 少し大人びた感じにはなっているが間違いなく栗山の声だった。ああ、目頭が熱くなる。あいつ本当に夢をかなえたんだ。すごいよ栗山、おまえは本当にすごいヤツだ。絡めるように指の間に指を入れ奈美の手を握る。星の説明は頭に入らないが栗山の心地よい声が耳に入ってくる。あの夜に聞いたあの声が。
残念ながら栗山の姿を見ることはできなかった。解説室のようなところで説明をしているのだろう。俺たちは会場を後にした。その後サロンド北川を目指す。お店の場所は大体知っている。今回は奈美の予約を入れてある。俺は付き添いという事で待合席でお留守番の予定。そして店に到着。何ともお洒落で場違いな雰囲気に奈美が止めようと言い出す。それをなだめお店に入店した。きた! 遥香だ! ああ、すっかり大人な遥香になっている。当たり前か、しかしかわいい、当時からかわいいとは思っていたが・・・ふと後ろを見ると、いたー! 永井だよ! 長井がいた。やっぱりいたか・・・涙が出そうになり太ももを自分でつねて耐える。永井は先客の対応をしている。永井とは思えないほどの饒舌だ。彼は彼なりに努力してきたんだなきっと。そうこう考えていると遥香が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ! お客様ご予約はされてましたでしょうか?」
「はい! 予約してる山来です」
奈美はトーンが上がった変な言い方をしている。思わずプッと吹いてしまった。それを見て奈美があとで覚えてろ! とでも言いそうな流し目をしている。
「こちらのお客様は?」
遥香が俺の事を聞いている。
「ああ、私の付き添いです。終わるまで待たせてください」
「分かりました。ではそちらのお席でお待ちください」
遥香が俺にそう話しかける。俺は答えないが軽く会釈をした。まるで話しをした気分になりなんかうれしい。遥香が笑顔で奈美に話しかけている。夢のような風景だ。あの仲間達が今もこうしてこの町で暮らしている。みんな今でも会ったりしてるのだろうか? そういえば、月音が消えた当初、アパートで留守番をしていた純子さんの元へ毎日のように友達が来ていたらしい。たぶん遥香、永井、栗山、舞のことだと思う。皆で捜索活動を行ったりしたとも聞いている。みんなのことだ、相当心配してくれたんだろう・・・みんなごめん、ありがとう。
遥香は奈美とあれこれ話している。奈美もすっかり緊張が解け、こうしてああしてと注文をつけていた。そのうち話題が変わり世間話を始める。女性のコミュニケーション能力ってほんとすごいよな、年齢とか関係なしに誰とでも話せるし、ま、ここは美容院で奈美は客だから当たり前なのかもしれないけど。何やら舞の話もしているように聞こえる。何を話したのか後で聞いてみよう。
奈美のセットは約二時間くらいで終わった。正直ビックリだ、奈美が奈美じゃなくなっている。いやいや、悪い意味ではない、とても良いのだ。白髪は染められ少し明るい色に変更。いつもボーイッシュなショートカットではあるがお洒落なショートになっている。近所のおばさんの名前が付いた美容院とはわけが違うな~とつくづく思わされた。心なしか奈美の表情も明るく感じられる。もっと永井と遥香を見ていたいが奈美のセットは終わってしまった。後ろ髪引かれる思いでお店を後にした。
「ありがとうございました~またお越しください」
「ありがとう。また来るわね」
奈美は上機嫌でお店を後にする。
「奈美、すごい綺麗だよ」
「え! ほんと? 私もそう思う~なんちゃって」
「お世辞抜きで綺麗になったと思うよ。また来ようよ」
「そうね、たまにこういうのもいいかもね」
「ああ、そうそう、舞さんの話になってね、自慢の友達なんだって話してた。でね、着付けつながりで舞さんとお仕事したりしてるそうよ、これから益々すごいお店になるんじゃないかな、ね、そう思わない?」
「ああ、きっと日本一の美容師になるよ」
「あとね、隣で作業してたのが旦那さんだって」
「何―――! やっぱり結婚したのかあの二人!」
あの幸せ者め!
「ハルも仲が良かったのね」
「ああ、特別なんだ、彼らは」
「っていうか、お腹すかないか? どこかでご飯食べていこうよ」
「そうね、私もお腹がすいた」
丁度昼時だ、俺達はどこか食べられる所を探しながら駅方面に向かうことにした。
「みんなすげーな・・・ちゃんと夢叶えてた・・・」
「月音の夢は医者になる事だった。そして俺の体を治すって・・・あ・・・」
ふと気づく、ここはかつて住んでいたあの場所だ。俺は変な汗をかきはじめていた。ああ、まずいかも。横目で恐る恐るその場所へ顔を向ける。
「ハル? どうしたの? 顔色が・・」
そこはすでにアパートが無くなり売り地の看板が立てられていた。
ああ、だめだ、息が苦しい、俺は過呼吸を起こしてしまった。
「はっ・・・ひっ・・・」
「ハル、落ち着いて、ここへしゃがみましょ、ゆっくり落ち着いて呼吸するの」
奈美はなれた手つきで背中をさすりゆっくりリズムを取ってくれる。道行く人たちが何事かと見ている。
「大丈夫、私がついてる。ハル、私がいるわ」
その声に反応し俺は奈美にしがみつく。時間にして十五分ほどだろうか、少しずつ落ち着きを取り戻していく。何度も経験してきたので俺も奈美もなれたものだった。しかし久しぶりの発作、ここ最近は全く起こしていなかった。
「ごめん・・・治ったと思ってたんだけど」
「いいの、気にしないのハル、悪いことじゃないのよ」
「ああ、ありがとう。もう大丈夫だ。落ち着いてきた」
俺達はその場所を早々に離れた。
「もう大丈夫だよ奈美、食事をしよう」
「食べられるの? あまり無理しないでね」
「ああ、お腹すいちゃって力が出ないよ、食べよう」
その後食事を済ませこの地を後にした。みんなの成長は目まぐるしく、しかもあの時語っていた夢を本当に達成させていた。舞は全国放送されるほどの実力を見せ、永井と遥香は結婚して二人で店を切り盛りしている。栗山は天文の解説者になると言って本当になっていた。彼らの夢はそうそう簡単に達成できるものではない。影でそれなりの努力をしてきた結果であろう。
俺はいったい今まで何をしてきたのだろうか? 俺が普通の体だったら何かを達成できていたのだろうか? ふと、自分の無力さに気づき情けない気持ちになっていた。俺にも何かできる事があるかもしれない。彼らを見て少し勇気をもらえた。そんな気がしていた。
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