第十九章:寂滅

 九月五日

 この日は俺にとって記念すべき思い出の日だ。月世の誕生日、生きていれば俺と同じ年齢だった。三十六歳の月世ってどんな感じなんだろう。月世は美人だからきっと綺麗な奥様って感じなのかもしれない。それに比べて俺はどうしようもない。鏡を見る。何も変わらない幼い顔をした男がそこにいる。何とも間の抜けた顔だ。白髪も生えないし髭も薄い。いい加減この姿も見飽きてしまった。成長した自分の姿が全く浮かばない。年をとったら少しは父さんみたいになれたんだろうか? 残念ながら父さんほどの知能が俺には無かった。出来の悪い息子で申し訳ない。こんな不釣合いな旦那で月世が不憫だ。そんな事を思いながら今夜は月世がよく作ってくれた鶏のから揚げにしようと予定を立てる。


 帰宅後いつもの肉屋に行く。から揚げに使う鶏肉とハムを少し買い、ついでに揚げたてのコロッケを一つ食べながら八百屋に向かう。

 レタス・トマト・ジャガイモ・にんじんを購入、鼻歌を歌いながらアパートへ向かう。その途中、俺が通りかかるのを見計らい悪ガキたちがピンポンダッシュして逃げる。そこへ住人と出くわした俺が疑われ必死に言い訳をする。ああいう悪ガキはいつの時代にもいるもんだ。俺のときもいたな、たけしどうしてるかな・・・。


 今や台所は俺の職場のようなものだ、にんじんとジャガイモは茹でてポテトサラダにする。ハムはこのポテトサラダに入れるのだ。レタスとトマトは切って盛り付けるそこに揚げたてのから揚げをのせて出来上がりだ。

 口に付いたコロッケの衣を見つけた月音が何を食べたのかと食い下がるが最後までとぼけて見せた。月音は納得していない。今度コロッケを買っていこうと思う。

 味噌汁とご飯を並べ月音と二人で楽しい食事。今日あった出来事を話しながらああでもない、こうでもないと話す団欒のひと時。ここに月世がいたらどんなに幸せなんだろうとつい考えてしまう。月世がいれば一家が揃うんだ、そう考えると何かが込み上げてくる。しかしそんな顔を月音に見せるわけにはいかない。俺は味噌汁を飲み、込み上げるものを無理やり押し込む。


 食事も終わり後片付けを済ます。アイロンがけした洗濯物をタンスにしまう。洗濯物で思い出したが以前俺が間違って栗山のワイシャツを着てきたことがあった。なぜ栗山のワイシャツだと分かったかというと裏側の裾部分にキヨシと書いてあったからだ。それを見た月音は大笑いしていた。それ以来、俺のワイシャツの裏側にも全てハルと記入されている。月音に書かれたんだ。まるで小学生だよ。

 月音は明日の学校の用意をはじめる。ついでに俺のもやってくれている。その後月音は寝転がりながら本を読む。俺は明日の弁当の仕込みと朝食の段取りをしておく。これをしておくだけでかなりの時間が短縮されるのだ。それが済むと月音の布団を敷き、俺の布団も敷く。月音は布団に寝転がり幸せそうにニコニコしている。何となく月世に似ている。月世も布団が大好きでゴロゴロ転がっていたっけ。


 夜も更けて寝る時間、月音に一声掛けて電気を消す。俺はいつも通り机の前に座りスタンドの明かりで読みかけの本を開く。しかし月世の事で頭がいっぱいな俺は月世の形見である小さな宝石箱を取り出す。オルゴールなのだが壊れていて音は出ない。曲は確かリスト愛の夢第三番、こいつもいつか直してあげたい。その中には俺たちの結婚指輪が入っている。

 ふと写真に目を移す、写真の中の月世はいつも笑顔だ・・・我慢できずに涙を流してしまった。月音に悟られないよう背を向け静かに、起こさないように・・・でも今日は我慢できそうにない、月世、会いたい月世に会いたい・・・。

 すると俺は暖かさに包まれた。月音だ。月音は俺の頭を小さな体に抱える。もう限界だった。俺の糸はぷつっと切れて子供のように咽び泣いてしまった。月音の首にはあのネックレスが光っている。その光景がまるで月世に抱かれているような錯覚を覚える。俺は自分の娘に救われる小さな存在、本当にすまない。

「月音ありがとう」



 昭和四十年元旦

 あれほど長く辛く感じられた日々が月音と暮らした途端早く楽しく感じられるようになっていた。子供の成長の早さは異常だ。もっと長くじっくり感じていたい、そう思えるほど月音との生活は充実であり幸せな毎日だ。

 今日は女子三人、舞の家で着付けをして初詣、そして記念に写真撮影をする。舞の着物姿はさすがとしかいいようがない程すばらしかった。しかし、娘の着物姿が何より最高だ。月世と俺の娘は最高にかわいい。親バカなのはよく理解している。それでも自分の子供が一番かわいいと思うのはどの親も同じだろう。今の俺ならそう思える。

 撮影を済ませ、皆で初詣に行く。それぞれが願い事をして笑いあう。そんな何でもないことが当たり前に楽しく幸せに感じる。ああ、他の人たちもこうやって暮らしているんだ、ふとそう思う。もしかしたら俺は不幸な人生を歩んできたのだろうか? 母を早くに失い、父を失い、妻を失い。いや、そうではない、時間の長い短いではない、月世に怒られてしまうな。俺は母さん父さんの子に生まれて幸せだった。何より月世との幸せな日々、結婚してこんなにかわいい娘まで授かった。何故か辛い日々ばかりが思い出されてしまうが、それと同じくらい俺は確かに幸せな日々も送ってきたんだ。それを忘れてはいけない。そして、今、月音との日々は幸せで怖いくらいだ。


 そして、今年も三月二十四日がやってくる。

 月世のお墓参りは曜日の都合で数日前に済ませていた。今年の月音の誕生日は仲良し会の皆でやろうと提案していたが何故か月音に断られ、俺と二人で祝いたいとのことだった。早い時間から皆でできればと考え墓参りも早くに済ませていたのだが、何か思うところがあるのだろうか・・・。


 俺は朝から支度に追われていたがそれが楽しくて仕方がなかった。月音に彼氏でもできたらきっと出来なくなってしまうだろうし、そんな事を考えながら支度を始める。と言っても、今年も変わり映えしない物ばかりが並ぶように感じる。しかしこれが俺の精一杯だ。お昼前には大体の準備は整った。後は夕方にでも調理に掛かればすぐに出来あがる。お昼ごはんを軽く済ませ、月音を連れて街に出ることにした。


 外はまだ寒さが残っている。月音の負担にならないようたまに月音をコートで包む。そしてある時計店にやってきた。これから何かと腕時計は必要になるかと思い月音を連れてきた。今年の誕生日プレゼントにと。

「月音、これから大学にも行くことにもなるし、腕時計くらい持っておかないとだめかなって」

「誕生日プレゼントにどうかな?」

「ありがとう。一緒に選んでくれる?」

「ああ、もちろん」

 月音は女性らしい小さな腕時計を選んだ。うれしそうにつけている姿から少女らしさが消え始めていることにふと気づく。いつまでも子供のままではないことに寂しさと、成長しているうれしさとが半々の微妙な気持ちだ。

 プレゼントも無事買うことができアパートへ戻ることにする。しかし月音の様子がどうもおかしい。よそよそしいというか、何というか、どうも距離感を感じる。そもそも、みんなと誕生日会をしないと言っていた段階で様子がおかしかった。何故断ったのか? しかしそれを聞ける雰囲気ではない。そうこう考えをめぐらせていると月音が俺に腕を組んできた。うむ、よく分からない。


 家に到着し用意していた晩御飯の支度をはじめる。いつの間にか外は雨が降り出していた。時折ミゾレ交じりなのかシャリっという音が小気味よくガラスに当たる。さて、今回ケーキは作らずプロにお任せした。さすがと言うか何と言うか、俺が前回作ったケーキはケーキではないと言うほどすばらしい出来、月音の名前も入っている。あまり誕生日っぽい食事ではないが、今回は筑前煮やコロッケなど少しずつ品数を多くしてみた。見た目だけは豪勢にみえるかもしれない。ま、月音が喜んでくれさえすればそれでいい。

「月音、誕生日おめでとう」

「ありがとう。お蔭様で十七になれました。やっとハルに追いついたね」

 あっそうだ・・・俺の年齢が止まったのが十七だった。月音が言う十七が意味深に聞こえてしまうのは何故だろうか?

「追いついたか、俺も月音のようにみんなと年を取りたかったな・・・・ああ、ごめん」

「ん~ん、私がいつかそれを可能にしてみせる」

「ああ、期待してるよ」

「じゃ、カンパイ!」

 ジュースでカンパイする。俺は酒でもいいのだが、今までも何となく飲む習慣がなかったので飲んではいない。父さんはよく飲んでいたが、たまに荒れるのを見ていた俺はあまり酒に対して良いイメージは持っていなかった。月音は酒に興味があるようで飲んでみたいらしく実は焼酎を買ってきた。ジュースで割って一杯くらいなら構わないだろう。

「少しだけだぞ月音」

「分かってますよ~お父さん」

 こういうときだけは都合よくお父さんを使い分ける。しかし月音にお父さんと呼ばれるのがうれしくて照れくさい。月音の顔が少し赤みがかる。どうやら酒には弱いらしい。ま、強すぎる女性よりはいい。いや、実にいい、赤い顔がかわいらしい。娘でなければ襲っている。

「月音? 大丈夫か?」

「さすがに一杯じゃ酔わないでしょ」

 顔が赤いだけで中身は大丈夫そうだ。月音の赤い顔を触ってみる。暖かい、体温が上がっているようだ。体温が下がったら酒を飲ますのもいいかもしれないな・・・と考えていた。月音は俺の手をつかみ頬ずりしている。酔ってるんだろうか?

 食事も一通り食べ、ケーキを出してきた。月音はケーキを見て目が輝いている。

「月音、ケーキ大好きだもんな~」

「生クリームが大好きなの」

 ケーキを切り分け月音に渡す。喜んで食べ始める。ワンホールと言っても二人なので小さめのものにしてもらった。俺は笑顔で月音を見つめている。まさか一緒に暮らせる日が来るとは思いもしなかった。あのまま木谷さんの家で成長し、いい人と結婚し命をつないでいくんだと、年をとらない父親など障害でしかないと思い込んでいた。それがこうやって一緒に暮らせることができ、木谷さんには感謝してもしきれない。そして、自分の娘がこんなにも愛おしい存在であることを教えてくれた月音と月世にも感謝の気持ちでいっぱいだ。


 食事も終わり風呂を入れながら後片付けを始める。月音はもらった腕時計を眺めながら笑顔を見せる。気に入ってくれてうれしい。後片付け、風呂、布団敷きといつものルーチンでいつもと変わらず仕事をこなす。そして、いつものように月音に声をかけ蛍光灯を消す。俺もまた同じく机の前に腰を下ろしスタンドライトを点ける。今日は不思議と悲しさよりうれしさが増している。

 月世の命日でもあり、月音の誕生日でもある三月二十四日、今は月音の成長が楽しみでうれしさが強いんだと自分なりに考えていた。そんな思いにふけっていて最近は開いた本がほとんど進まない。そもそも眠れず睡魔が襲うまでの時間つぶしに読み始めた本、眠気をいざなうための呪文のようなものなので内容はどうでもいいのだ。そんな事を考えていたら月音がやってきた。月音の表情がどうもおかしい。

「どうした月音?」

彼女はその言葉と同時に俺に抱きついてきた。

「どうした? 寂しくなっちゃったか?」

 甘えたいのだろうと俺も月音を抱っこしてあげる。すると月音は正面へ移動しきつく抱きつく。どうしたのだろう? いつもと様子が違うことに俺は焦りを感じていた。そもそも一般の親子は抱きついたりするのだろうか? 少なくとも俺は男だしそんな事は無かったが女の子はそうなのだろうか?

 月音の体は華奢で柔らかく、まるで月世を抱いているような錯覚さえ覚える。しかし明らかに月世とは違う。すると月音が俺を見つめる。なんだ? どうしたんだ?

 月音が目を閉じてそっと、くちづけをしようとした。

「えっ・・・・」

 俺はとっさに避けてしまった。頭の中が混乱している。俺たち・・・親子だよな・・・。すると月音が俺の両肩を強くつかみ小さく震えている。鼻をすすりながら月音が語りかける。

「突然若い男が・・・父親だと言って現れて・・・私の為に一生懸命世話をしてくれて・・・」

月音は俺の両肩を強く握りしめ前後に何度も揺らす。

「いつも私を助けてくれて・・・いっぱい抱きしめてくれて・・・・たくさん愛してくれて・・・・」

「どうしろっていうのよ私に!・・・どうしろっていうのよ・・・」

月音は下を向きむせび泣いている。

「ハルが大好き・・・なんであなたは! あなたはなんで父親なの!」

 月音はそう叫ぶと俺を突き飛ばし外に飛び出してしまった。

 俺は見開いた目で天上を見つめている。お、俺は間違っていたのか・・・俺は間違った愛しかたをしていたのだろうか。今までの事が走馬灯のように頭を駆け巡る。ああああああ・・・俺は、娘の愛しかたを間違っていたのか? 俺は、ただ、月音に知ってもらいたかったんだ。娘を愛してる、それを知ってほしかった。ただそれだけなのに。娘を愛することは間違っている・・・のか・・・。俺はしばらく動けなかった。どうすればいいのか分からなかった。時間が流れる。目の焦点を天井にあわせる、外の揺らめきが映る。

「はっ!」

俺は飛び起きる。外はミゾレ交じりの雨が降っている。

「月音!」

 そのまま外に飛び出す。外は激しく雨がふり吐く息が白い、まずい、この気温じゃまずい!

 俺は靴を履き月音の行方を追う。アーケード街なら屋根がある、まずはそっちを見に行く、アーケード街は照明が消え街灯が数メートルおきに点いている程度の暗さ、しかし月音の姿は見当たらない。俺は逆方向である学校へと走り出す。途中も探しながら走るが全く見当たらない。まずい、俺は寒さは全く感じていなかった。むしろ汗をかきながら走っている。

「月音――――! つきねーーーーーーー!」

 何度も叫ぶが夜道には誰もいなく真っ暗だ。近所のおばさんが何事かとカーテンの隙間から見てる。橋の前まで来た。しかし気配も何も感じない。そのまま学校へと急いだ。当たり前だが学校の玄関は閉まっている。とても入り込める高さではない。ここにも月音はいない。星座を見に行った裏山へ行ってみる。すでにこの時点で一時間以上が経過している。汗が油汗に変わっていく。思い出の場所に到着する。この時点で二時間が経過している。まずい、やばい、これ以上は月音が危険だ!

 いくら見渡しても月音がいない! 俺は急いで戻る、もしかしてアパートに戻っているかもしれない! 急いで戻る。

「月音!」

勢いよくドアを開けるが月音の姿はない。思わず膝をつく。

「お、俺が月音を受け入れなかったからだ・・・俺の責任だ・・・」

「月音―――!」

 俺はまた探しに戻る。雨はいつの間にかあがっていた。自分から湯気が上がっているのが分かる。また橋の上までやって来た。ふと、下に流れる川に目がいく。しかし月音の姿は見当たらない。ん? 橋の下にもいけるようになってる。気づかなかった。はしごをつたい橋の下に入る。人影が見えた。月音だ!

 俺は月音を抱き上げ月明かりの下へ移動する。しかし月音の意識がない。体はずぶ濡れで体温が感じられない。まずい! 月音を肩に抱え上にあがる。前に抱きかかえなおしアパートへ走る。死に物狂いで走る。ひたすら走る。抱きかかえる月音の顔は青白く冷たい。ドアを開け月音のパジャマを脱がし体を拭く、ストーブを点け月音の体を毛布でくるむ。すぐに風呂場へ向かい熱湯を湯船に入れはじめる。時計を見るとすで深夜を回っていた。三時間以上もパジャマ一枚で外にいたことになる。前回は一時間ほどで家に担ぎ込まれてあの状態だった事を思い返す。これはまずいかもしれない。月音のからだを抱きかかえ背中を何度もさする。月音の意識は戻らない。風呂場を見に行く、お湯は足りないが一刻を争う事態だ、俺は迷わず月音をお風呂に入れる。お湯は止めずに流しっぱなし。次第にお湯はあふれ出し十分湯船にたまる。月音の額におでこを当てる、しかし一向に体温が戻らない。お湯に触れている部分は暖かいが表面上だけの温まり方だとすぐに分かる。首や頭に全く熱が感じられない。そして前回疑問に思っていたことが真実だと分かる。抱きかかえた時に気づいていた。月音が軽くなっている事を。顔に幼さが戻ってきている事を。数分経過、月音に声を掛けるが前回のような反応が無い。月音を湯船から出し体を拭く、服を重ね着させ、また毛布でくるむ。

 震える指で木谷さんへ急いで電話をかける。呼び鈴が鳴る、時間が時間だけになかなか木谷さんが出ない。数分すると眠そうな声で木谷さんが電話に出た。何かを言いかけているが俺は叫ぶ。

「木谷さん! 月音の体温が戻らない! 熱湯で暖めても戻らないんだ! 助けて!」

「月音が小さくなっていく! 助けてくれ木谷さん!」

「ハル君、落ち着きなさい、これから私は車を出す。いつもの道順だ! 分かるなハル君! 君もバイクでこちらに向かってくれ、途中で落ち合おう。いつもの道だ! 絶対に間違うな!」

「分かりました! 俺もすぐに発ちます!」

 すぐに月音を毛布ごと抱きかかえ一度玄関前に月音を置く、下駄箱の上に置いてあるバイクの鍵を取り出しエンジンを掛けに行く。しばらく動かしていないのでエンジンが掛かるか不安だった。案の定だ、バイクのエンジンがなかなか掛からない。気温も相まって掛かりが悪い。チョークを引く、何度もキックするがなかなかエンジンが掛からない、諦めかけたそのときエンジンが掛かった。

「やった!」

思わず声が出てしまう。

 急いで月音を抱きかかえ、バイクの荷台にぐるぐる巻きになっているロープをはずす。そのロープで月音を結び俺としっかり結びつける。前に抱えながら木谷さん指定の道に向かう。

「月音、しっかり、木谷さんが向かっているから大丈夫だ。安心しろ月音」

 月音が落ちないよう慎重にバイクを走らせる。バイクを走らせながら俺はまた思い出してしまう。俺が月音を受け入れていればこんな事にはならなかった。全て俺の責任だ。月音にもしものことがあったら俺は生きていく自信が無い。自責の念に押しつぶされそうになっている。

「月音! 月音! しっかり! しっかりしてくれ! 俺は月音を愛している! 聞こえるか月音!」

「俺と一緒に暮らそう! ずっとずっと一緒に・・・月音」

 木谷さんの場所から電車だと二時間ほどだが車だと三時間は掛かる。しかしこちらも遅いがバイクで移動しているので電車並みに時間を短縮できると思う。木谷さんに渡せさえすれば何とかなる、そんな期待を抱いていた。

「月音! 聞こえるか! 月音!」

 俺は何度も月音に声を掛ける。何度も何度も月音に、聞こえているかは分からないが一時でも伝えられたらそれでいいと叫び続ける。

「月音! 愛してる! 目を覚まして一緒に帰ろう! ずっと永遠に一緒に暮らそう!」

 悔やんでも悔やんでも悔やみきれない、あの時避けずに受け入れていればこんな事にはならなかったのに。俺が悪い、全て俺の責任だ。俺の愛しかたに問題があったんだ。ああ、どうすればいんだ・・・。

 月音の体がどんどん軽くなっていく。顔を覗く、月音の顔は十四歳くらいに見える。俺が見たことがない十四歳ほどの月音、月音・・・・。

「月音――――! 起きてくれ! 俺とずっと暮らすんだ月音!」

「ハ・・・・ル・・・ハ・・・・ル・・・」

「はっ!」

俺は急いでバイクを止める。

「月音? 月音の声か?」

静かに月音に語りかける。

「ハ・・ル・・・」

 月音は俺の名前を言いながら手を出そうとしている。俺は毛布を緩め月音の手を出す。

 月音は震える腕を一生懸命俺に伸ばす。その手をとり俺の頬につける。しかし月音の手は冷たく熱が感じられない。月音は俺の顔に近づこうとするが力なく届かない。それを察した俺は顔を近づける。月音は唇を出している俺は迷わず月音にキスをする。口に、頬に、首筋に。愛しくて愛しくて。月音は幸せそうに笑顔を見せてくれた。

「月音、愛してる。元気になって一緒に帰ろう。ずっと、ずっと一緒に暮らそう」

「聞・・・こえてた・・・よ・・・ずっと・・・」

「わたし・・・しあ・・・わせ・・ハル・・・あ・・・・・」

月音は声にならない、しかし口はありがとうと言ってることが分かった。

「月音! 月音――――!」

 月音が動かなくなった! 俺はあわてて緩んだロープを閉め直しまたバイクを走らせる。月音! しっかり! 絶対助ける。がんばって月音!

 片方出した腕がすでに十歳ほどの子供の腕だ、心の中ではただただ焦りの叫びが永遠に響いている。何も考えられない、ただ声にならない叫びに支配されている。頭がおかしくなりそうだ。呼吸が荒くなる。時折呼吸の仕方が分からなくなり吐き気がする。ロープが緩み月音をうまく抱えられない。月音と俺を縛りなおすためにバイクを止める。月音を見て驚愕する。月音はすでに七歳ほどになっていた。俺が始めてみる七歳の月音、月音はどんどん小さくなっていく。

「うそだろ・・・月音! やめてくれ! 止めろ! 止めてくれ!」

 俺の声など届かない、六歳・・五歳・・・四歳・・・俺が初めて見る月音の幼少期。俺はあわてて抱きしめる。どこかに行ってしまう気がしたからだ。

「月音! 月音をーーー月音を助けてくれーーーーー月世、助けて、たすけてお願い・・・」

 月音はどんどん小さくなっていく。やがて月音は手のひらに収まるほどに、両手で月音をつかまえるように抱える。淡い光をあげ、手のひらから全ての重さが消えてなくなった。俺の意識も・・・・夜に吸い込まれていく。

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