第十四章:愛寵

 昭和三十八年四月一日、高校入学式


 俺の娘は誰よりかわいい。無論、親としての気持ちは大きいだろう。自分でも親ばかと堂々と言えるんだから間違いない。親としての気持ちを引いても月音はかわいい、親じゃなければ口説いてるくらいだ。そして、見た目は十七歳だが中身は三十五歳の俺も月音の双子の兄として入学したわけだ。少しややこしいが見た目が十七で中身は三十五、しかし十五歳として生活する。俺としては高校に通えるのが非常にうれしく期待に胸をふくらましている。何だかんだ言って青春時代は人生において全盛期ともいえる時間。それを過ごせるんだからうれしくないわけがない。しかもだ、これを娘と過ごせるんだからたまらない。


 高校の玄関にはクラス名簿が掲示されていた。月音は二組、俺は三組だった。さすがに同じ組にはならないんだな~とがっかりする俺、そして入学式が始まる。校長の長い話に始まり何やらゴタゴタと進行していくが俺は左斜めに見える月音にしか目がいかない。月音はたまに隣の子と一言二言話をして微笑んでいる。もう友達ができた様子だ。すると左隣の男が月音達の会話に口を挟む。しかし月音はあからさまに嫌そうな表情を向けている。ざま~みろ! うちの月音はガードが固いのだ! と、心の中でつぶやく親ばかは私です。もう入学式の流れなど耳には入っていない。すると後ろから話しかける声が聞こえる。

「君さ、さっきからあの子見てるけどなに? 好きなのか?」

同じ組であろう後ろの男が話しかける。

「ああ、かわいいだろ、俺の娘だよ」

と、思わず言ってしまった。

「娘っておまえ、頭大丈夫か?」

「あ、いやいや、そうじゃなくて双子の妹だよ」

入学早々下手こいた。

「おまえ・・・本物だな」

そう後ろの男が話す。何が本物なんだよ。

「俺の名前は栗山清くりやま きよしよろしく、シスコン君」

ああ、そうですとも、もう言い訳は止めよう。

「俺の名前は木谷春、よろしく」

「で、あの子の名前は?」

紹介しろと言わんばかりに食いついてくる。

「俺の妹で岩石岩子がんせき いわこです。以後宜しく」

「すげ~名前だな! ・・・ん? 苗字違うじゃね~か!」

「こら、そこうるさいぞ静かにしろ!」

怒られてしまった。

 入学式も終わり皆それぞれの教室へ向かう。三組の担任は三十代後半くらいの女の先生だった。ちなみに独身だそうだ。俺的にはストライクゾーンに入る。ま、同じような年齢だしね。教室では名簿順で座らせられている。かきくけこで栗山かと考え振り向くと彼と目が合いニコッと笑われた。うむ、気持ち悪い。

 教室で今日の説明を一通り受ける。もう一度体育館に集まり教科書やらジャージやらを渡すと言う事で皆で移動してきた。体育館は一年生でごったがえしている。渡された引換券を手に各自番号順に受け取りに行く。すると遠くに月音が見えたので俺は笑顔で手を振った。すると月音の周りにいる女子達が誰だと言わんばかりに月音に聞いている様子だ。月音は顔を赤くして俺から目をそらしてしまった。ああああ、無視されたよ・・・。その様子を見ていた栗山が寄ってきた。

「あははは~岩石岩子ちゃんに無視されちゃった~お兄さん辛いね~」

「岩子じゃね~し! 月音だし!」

あ、言っちゃったよ。

「月音ちゃんって言うのか~かわいいな~、ね、お兄さん」

「お兄さんって言うな!」

 そうこうして一日目が終わった。一緒に帰ろうと待っていると月音がやってきた。

「月音、一緒に帰ろう」

という俺の言葉を無視して月音が通り過ぎる。あらら・・・

「あれ? 月音さん?」

 もう完全無視である。

 しばらく月音の後ろを歩いていると月音がスピードを落として俺の隣に来る。

「恥ずかしいから学校で話しかけないで!」

 そう言って月音はすたすたと行ってしまった。

 ああ、完全に失敗してしまった。やはり学校で家族に話しかけられるというのは恥ずかしいものなのだろうか。

 こうして俺達の高校生活が始まった。


 学校が始まり一週間、あれから学校では月音に距離を置かれている。それでもめげずに愛情をこめて毎朝朝食とお弁当を作る。どんなときでも朝食だけはきちんと食べていくのでやりがいがあるんだ。もちろん弁当も必ず空にして帰ってくるからかわいらしい。そして毎日お決まりの体温・体重・身長を測りノートに記録していく。それが俺にとってまるで母子手帳のような感じになりつつある。


そしてその日のお昼時間。

「やっと昼だ~お腹すいた~」

そう話すのは月音の同級生、北川遥香きたがわ はるか

「お腹すいたね~早くお弁当食べよう」

月音はそう言うとカバンから弁当を出した。

 すると前の座席に座る遥香は後ろを向き月音の机に自分の弁当を用意する。

 月音はいつものように恐る恐る弁当の蓋を開け隙間から確認する。それを見ていた遥香が月音の蓋を取り上げる。

「ああっ!」

 月世が思わず声をあげる。月音の弁当は卵焼き・ウインナーほうれん草のバター炒め、豚肉の生姜焼きが少々。そして問題はゴハンだ。ゴハンの上には桜でんぶと炒り卵でハートの形が作られている。それを見られた月音の顔が赤くなっていく。と言う流れは大体のお決まりになっていた。

「ほんっと、月音は愛されてるよね」

「もう~毎回蓋を取り上げるのやめてくれる!」

「はは、ごめんごめん。でもさ、ありがたいことじゃない? 私は正直うらやましいよ」

「私なら毎日こんなお弁当渡されたらお兄さんに毎朝チューしちゃうけどね」

「はは・・・ありえないでしょ、ってか、ハルは兄だからね。家族だから」

と言いつつ月音の顔は赤くなっている。

「お兄さんがシスコンってのは見てて分かるけど、月音もまんざらでもないよね?」

「はぁ~? どう見たらそうなるわけ? 遥香の目は節穴か」

「じゃ~さ~・・・ハル君紹介して」

「友達が私の兄と付き合うの? 遥香がお姉さんになっちゃうってこと? ありえないんだけど」

「ええ~いいじゃない、ハル君ってさ、結構いい男だよね、私はタイプだな」

「え?・・・そう・・なの?」

「うん、っていうか、ハル君って人気だよね? 月音知らなかった?」

「入学早々女子の間で誰がいいかって話題になってて、ハル君結構人気だったよ」

「あと、うちのクラスの永井将太ながい しょうた。あいつもかなりの人気ね、むかつくけど」

 月音は永井に目を向ける。すると永井と目が合いすぐに目をそらす。視線を感じた永井が弁当を持ってやってきた。

「お邪魔します。遥香もっとそっちに寄れよ」

 永井将太ながい しょうた、北川遥香とは幼馴染で仲が良い。中学時代は陸上部で名を馳せていた。かなりのイケメンである。

「ってか、くんな将太! ただでさえ狭いのに」

「俺、永井将太、木谷月音だよね? よろしく」

「あ、よろしく」

月音は緊張している。

「しょっぱなから月音を呼び捨てとはいい度胸だな永井君~」

遥香の話し方からかなり仲が良いことが伺える。

「はは、別にいいよ遥香。二人は仲がいいけど、付き合ってるの?」

月音がそう聞くと二人同時に

「付き合ってない!」

将太と遥香はシンクロしている。

「こいつとは腐れ縁で幼稚園から一緒なんだよ、別に仲がいいわけじゃね~よ」

「別に悪くはないじゃん・・・」

遥香は少し寂しそうに答える。

「ってかさ、その弁当毎日自分で作ってるの?」

「あ、これ? はは・・・兄が・・」

「へぇ~家事をする兄貴か、しかもハートって・・」

「あはは・・・」

月音は恥ずかしそうにしている。

 その後三人でわいわいガヤガヤと楽しい昼休みが過ぎていく。


 同日夜

今夜も手の込んだ料理がテーブルに並ぶ。

「あのね、お弁当の事なんだけど・・・」

「ん? まずかった?」

「いや、おいしかったよ! すごくおいしかった」

「そっか~それは良かった~」

「いや、あの・・ハートとか・・・・・なんでもない」

「明日も弁当お願い」

一生懸命作ってくれるハルに申し訳なくて月音は言えなくなってしまった。

「もちろん! 期待してて」

うれしそうに月音に答える。

「あ、話は変わるんだけど、あの~・・何て呼んだらいい?」

「ああ、俺のことか、そうだな~、お兄ちゃんでいんじゃないか?」

「お兄ちゃんとかこっぱずかしいんだよね」

「じゃ父さん!」

「学校でそれが出ちゃったらまずいでしょ」

「それでね、ハルって呼んでもいいかな?」

「ああ、俺は全く構わないよ」

「じゃ、ハルで統一。これだと学校でも問題ないだろうし。恥ずかしくないし」

「分かった」

 そして就寝、月音は電気を消して布団に入る。俺は月音が寝てしばらくはスタンドの電気で本を読んでいる。大体そんな感じで生活のリズムが出来つつあった。しかしたまに月世の写真を見て涙を流していることがある。月音に知られないようにと必死に隠しているが、襖の隙間からかちょくちょく視線を感じていた事は内緒だ。

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