第十三章:始動
という流れで始まったわけです。一気に流れが変わったというか、どうなっていくのか不安な気持ちもあり、月音と暮らせる喜びもあり、様々な気持ちが入り混じり複雑そのものだった。とにかく月音は俺が守る。それだけはこの先も変わらない。
月音は中学の卒業式を終え、早々に引越し作業をしてしまうことになった。月音に会えるというのが何よりうれしく期待に胸をふくらましていたが・・・早々に打ち砕かれる。
「あぁ・・・月音・・・」
一目見た月音はまさに月世そのものと言ってもよいくらい似ており思わず涙が流れてしまった。しかし、完全無視である。
「月音、以前に話したお父さんのハル君だよ」
「私の父は木谷総一郎、母は木谷純子です」
何度話してもこの調子らしい。俺は全く部外者扱いなのだ。ハハハ・・・。
「木谷さん、いんです。いきなりお父さんですと言われても無理な話ですよ」
「とりあえず、学校では兄という事でやっていかないといけないので・・・お願いします」
「私に兄はいません」
先が思いやられる・・・見た目が似てて月世に怒られている気分だ。
引越しは早朝から行い、夕方近くには何とか完了できた。アパートの外には職場の同僚から安く購入した赤いスクーターが止めてある。ボロボロだが愛着があり大切に乗ってきた俺の愛車だ。
学校から歩いて数分のアパートつきみ荘202号1LDK。
もちろんだが一部屋月音が使用、俺は居間の端、窓側に布団を敷いて寝ることになった。ま、当然の措置です。だいぶ時間も遅いので食事は外で済まそうという話になり近所のそば屋で食べることにした。
「あ、あのさ、別にお父さんと思わなくていいから、一応学校のこともあるし兄でお願いね」
「・・・そこは理解してるわ」
「ああ、良かった・・・じゃ、いただきます」
前途多難だこりゃ、月世を想像していただけになんというか、これは二郎さんの血が強いのか? と言うかやっぱり奈美の影響なんだろうな、先ほどから一切目を合わせてくれないし。
「そういえば、奈美と知り合いなんでしょ?」
「何で奈美さん知ってるの?」
「奈美とは幼馴染なんだ。小さいときからよく助けられてね」
「あ~、何となく分かる気がする」
上から目線で月音は話す。
「あはは、分かっちゃうか~・・・」
やっぱ気弱に見えるのかな~。
ま、初日だし、少しずつでも距離を縮められれば・・・とは思うのだが、時間が掛かりそうだ。
「あ、そうそう、これだけは悪いんだけど毎日やってもらおうと思っているんだ」
「体温、身長、体重。以前もちょくちょくやってたとは思うけど」
「は? 体重も?」
月音はあからさまに嫌な顔をしている。
「そこを何とかよろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
「はぁ~めんどくさ」
めんどくさがってはいるが何とかやってくれそうだ。食事を済ませ帰ることになった。
帰宅早々月音は部屋に入り襖をぴしゃり。無理も無い、いきなり見た目が同じくらいで中身はおじさんな男が今日からお父さんです。なんていわれても、俺でも拒否するよ。まして年頃の女の子だしこの対応はむしろ正常だ。
翌日の朝
「月音さ~んおはようございます。朝ですよ~」
「うっさいな~今日は休みでしょ、なんで起こすかな」
不機嫌そうに起きてくる。
月音の目の前には煮物や魚、卵焼きなど朝食が用意されている。それを見た月音は驚きの表情で見つめている。
「これ、あんたが作ったの?」
「はい、お食事の用意ができておりますお嬢様」
「へ~特技ってあるもんだね」
「失敬な。ま、これぐらいしかないと言えば確かに・・・」
「いただきます」
意外にも月音はちゃんといただきますを言って食べ始めている。パジャマ姿がかわいくてついつい見とれてしまう。
「ちょっと気持ち悪いからじろじろ見ないでくれる」
「すいません・・・」
「・・・・えっ、うまい」
月音は驚いた表情でゴハンを食べている。
「俺さ、家事は得意なんだよね」
「ま、そこは認めてあげる」
月音は相変わらず上から目線である。
世間じゃ胃袋をつかめと言うが意外と本当かもしれん。いや違うか。それは男か。いずれにしても月音が喜んでくれてよかった。
「月音、後で買い物一緒にいかないか? コップとか歯ブラシとかもろもろ微妙に足りない物があるんだ。自分で使うものは選びたいだろ?」
「めんどくさ・・・でも、あんたセンス悪そうだから行くわ」
「失礼な・・じゃ十時頃に出発という事で」
月音は食事が終わるとさっさと部屋に閉じこもってしまった。俺は残ったおかずにラップをかけ冷蔵庫にしまい、食器を洗い食器棚にしまう。そしてテーブルを拭く。粗方昨日掃除は済ませているが目に付きにくい場所の掃除を始めた。その様子を襖の隙間から月音が覗いているがあえて知らないふりをするのだ。少しは俺の株があがってくれればいいな~と期待。そして俺は用意してた物を荷物から出す。ガムテープに予めメモリを記入しておいた。スケールできちんとメモリを合わせて柱に貼り付ける。即席の身長計測た。あとは体温計と体重計をいつでも計れるようにそばに置く。我ながら完璧だ。
そして、月世の写真を窓辺に置く、数少ない月世の白黒写真。写真の中で彼女は笑顔で笑っている。
出かける時間になり月音が部屋から出てくる。写真を見つけまじまじと見つめていた。
「この人が・・月世さんなの?」
「ああ、月世、月音のお母さんだよ」
「私にそっくり・・・」
「美人だろ? 月音も負けてないけどね」
「月音が生まれた日、その日に亡くなってしまったんだ。月音の名前は俺がつけたんだよ」
「俺は満月の夜が大好きでね、夜の静かで澄んだ空気、虫の鳴く声、その音に月世の月をもらったんだ」
「きれいな名前だろ? 自画自賛だけど」
「ま、私が名前負けしていないとこが一番重要だけどね」
「ごもっともで」
月音は顔を赤らめドヤ顔をしているがどこか恥ずかしそうだ。かわいい。
二人でああでもない、こうでもないと大概は月音の意見を通し生活に不足な物を買い足してきた。帰りに近所の商店街で食材も買い足す。もちろん月音のご希望通りで揃えた食材だ。月世とは違い月音の食欲は旺盛だ。若さと言った所か。
そうこうして、今年も三月二十四日を迎えた。
月音と初めて月世のお墓参りに行く事になっていた。朝、駅から二時間ほどで到着。そのままお墓に直行することにした。到着するとすでに花と線香があがっていた。長門夫妻が来たのだとすぐに分かる。花を追加で生け直しお墓に水を掛ける。そして月世に報告だ。
「月世、ただいま。今日は月音も一緒だよ」
喉の奥が詰まりこれ以上言葉が出なかった。月音も無言で手を合わせている。その時間はとても長かった。月世に語りかけてくれたのならとてもうれしい。二人は無言のままお墓を後にした。帰りに木谷さんの家に顔を出そうと話したが月音は今日は寄らないと言い出した。何か思うところがあるのか? お年頃はよく分からない。そのままとんぼ返りで戻ることにした。木谷さんにはあとで電話でも入れておこう。また二時間掛け戻ってきた。
「月音、お腹すかないか?」
「あ~・・・お昼ごはんはいいや」
「そうか、じゃお腹すいたら教えて」
「うん、分かった」
住めば都とはよく言ったもので、まだ数えるほどの日数だがすでに我が家として二人は認識している。たまに近所を散策してみたりこの辺はだいぶ土地勘がつかめてきた。ま、歩いて数分のところにアーケード商店街があり、そこで大体の物は揃ってしまうので困る事はまずないだろう。
三月二十四日は月世の命日であり、そして、月音の誕生日でもある。夜は月音の誕生日を祝おうと実は朝四時に起きて色々と用意していた。早朝からうるさくしてしまい月音には悪い事をしてしまった。今夜は月音の誕生会をするという事はあえて言わない。言わなくても早朝のごたごたで気づいているのは確かだ。そのつもりでテーブルへ料理を並べ始めた。襖の隙間から月音が覗いていることには気が付かない振り、これはお約束だ。というか、隣の部屋からお腹が鳴る音がずっとしている。昼飯を食べなかったのはたぶん夕食を沢山食べるためのことなのだろう。ああ見えて実は考えてくれるいい子なんだ。
この約一ヶ月で月音の事がだいぶわかってきた。月音は月世にも負けないほどやさしい子なんです! それがうれしくてうれしくて、まさにたまらない気持ちとはこういう事を言うのだろう。そして、声を掛けると白々しく部屋から出てくるのだ。かわいい。
「月音さん、ゴハンですよ~」
「聞こえてます」
「やけに豪勢ね」
白々しくも顔が赤いぞ月音さん!
「はい、今日はお嬢様のお誕生日ですから!」
すると月音は早く食べようとジェスチャーを出している。
「では、月音さんの十五歳の誕生日を祝いましてかんぱ~い!」
「ハッピバ~ス・・・」
途中で歌をさえぎられる。
「ああ~もう~歌とかいいから、子供じゃないんだから」
「そうか・・・こういうのやった事がなくて、よく分からないんだ。ごめんな」
「じゃ、早速食べようか、お腹すいただろ」
「いただきま~す」
「しかし、すごい作ったわね。もしかしてケーキも?」
「そうだよ、全部作った。ケーキもね」
「ホントこれだけは毎回関心するよ」
「褒めてるのか?」
「そのつもりだけど」
「ありがとう」
月音マジ天使!
ある程度食事も済ませケーキにを切る。月音はケーキが大好きらしい。なんてかわいらしいことか!
月音はケーキを頬張り満面の笑みを浮かべている。
「おいしいか?」
「すげーおいしい」
俺は月音を食べちゃいたいけどね。とは声にださない。
ケーキも食べ終わりそろそろお開き、と、その前にプレゼントを月音に渡す。
「月音、これ貰ってくれるかな? お母さんの形見なんだ」
そう言って俺は月の形で中に小さなダイヤモンドが散りばめられているネックレスを渡した。そう、俺が月世の二十歳の誕生日に渡したプレゼントだ。
「月世が二十歳になった時に渡したネックレス、無理にとは言わない。良ければでいいから」
「すごい綺麗・・・私がもらっていいの?」
「月音にもらってほしんだ」
「ありがとう。大事にする」
良かった。嫌がられたらどうしようかと悩んでいたが気にする必要は全く無さそうだ。
「もう一つ、月世から月音に手紙」
月世が亡くなったあと病室の引き出しから見つかった。それは物心がついた頃に渡してほしいと書かれていた。きちんと封がしてあり俺も中身は見ていない。これはあくまで月音宛だから。手紙を渡すと月音は月世の写真の前に座り封を切り読み始めた。そこには、肩を震わせ涙を流している月音がいた。その涙から少しでも親として認識されたのではと俺はうれしく感じていた。
翌日、月音の首にはネックレスが光っていた。
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